第53話 夏の離宮 海だ!
マーガレット王女の精神攻撃に撃沈したが、10歳の肉体に引っ張られたのか立ち直りは早い。そう、近頃だんだんと若くなっている。精神的にだよ。2回も思春期を体験するのは嫌なんだけど……ああ、前世の失敗の数々を思い出したよ。
気分が乱高下しているのも思春期の傾向かも知れない。ああ、なんでこんな馬鹿な事を考えているか? キース王子が馬車に乱入してきたからに決まっているじゃん。
「マーガレット姉上、何故リチャード兄上が怒っているか分からないけど、一緒の馬車には乗っていられません」
昼食後、途中で休憩の為に馬車が止まった時に強引にキース王子が乗り込んで来たのだ。今、シャーロット女官は怒れるリチャード王子と同じ馬車なんだ。お気の毒様だよ。
「キース、前から言おうと思っていましたが、貴方は人の気分を悪くする発言が多いわ。リチャード兄上は特に失言に反応しやすいから気をつけるように」
そう、その通りだよ。でも、機嫌が悪くなったキース王子をどうにかして下さいよ。えっ、私にふるのやめて。
「マーガレット様、夏の離宮は海に近いと聞きましたが、私は海を見たこと無いのです。本当に見渡す限り水がいっぱいなのですか? それに海の水は塩辛いのも本当なのですか?」
無邪気な10歳児のふりをするは、精神年齢25歳にはキツいよ。
「お前、海を見たこと無いのか? もしかして泳げないのか?」
私を小馬鹿にしてキース王子の気分は浮上したが、そういう所をなおさないとまたリチャード王子の逆鱗に触れるよ。
「あら、ペイシェンスは泳げないの。それはいけないわ。キース、教えてあげなさい」
「ええ、姉上。ジェーンでも少しは泳げるのだぞ。それに水に落ちた時、泳げなかったら死ぬぞ」
張り切ったキース王子に水泳を習うのは避けたいが、前世で泳いでいたから何とかなるでしょ。
「おっ、海の香りがしてきた。ほら、ペイシェンス、海が見えるぞ!」
メアリー、馬車から身を乗り出しても叱らないで。キース王子が悪いんだからね。
「ああ、あれが海ですか? 小さくないですか?」
「馬鹿だなぁ、まだ遠いから小さく見えるだけだ。どんどん近くなったら大きさに驚くぞ」
キース王子、私に海の自慢をして機嫌上昇ですね。良かったよ。
海は大きかった。知ってるよ。でも、異世界の海は初めてだからさ。それに綺麗なんだもん。
「そんなに見なくても海は逃げませんよ。ほら、着くわ」
海ばかり見ていたが、夏の離宮に目を向けて驚く。デカいよ!
馬車の行列が止まり、王妃様が離宮の中に入る。勿論、私達もそれに続く。メアリーは他の女官やメイド達と荷物と一緒に各自の部屋へと急ぐ。ジェーン王女やマーカス王子は、ここでも家庭教師や子守りと一緒なんだ。
部屋が整うまで、サロンで待つ。勿論、王妃様の部屋はすぐに整えられ、女官と部屋に向かわれた。残されたのは機嫌が悪いリチャード王子と気分上昇したキース王子と、マーガレット王女だ。何とかしろと私に目で指示するのやめて下さいよ。
「本当に海って広いんですね。でも、本当に塩辛いんですか? あっ、だから塩は海で作っているんですね」
3人の呆れた目が向けられる。あっ、わざとらしかったですか?
「ペイシェンス、塩は岩塩に決まっているでしょ。本当に世間知らずね」
マーガレット王女に叱られる。
「ええっ、海水を炊けば塩ができませんか? 岩塩も知っていますけど、海塩はまろやかで美味しいみたいですよ」
リチャード王子が食いついてきた。
「海水から塩が取れるなんて、何処で聞いたのだ?」
「ええっと、それは……何処かで読んだ気がするのですが、違うのですか?」
キース王子に馬鹿にされた。
「塩はハルラ山の岩塩採掘場で採れるのだ。勉強はできても物知らずだな」
あっ、そうなんだね。ハルラ山は知らなかったよ。
「でも、ハルラ山で岩塩がとれるのは、昔、そこが海だったからでしょ。海が隆起して山になり、そこの海水が固まったからだわ。だから、海水から塩が作れるのですよ」
リチャード王子が真剣に考え出す。
「そうか、海水は塩辛い。それを熱すれば水は蒸発して塩が残るのだな!」
えっ、異世界では岩塩だけだったのですか? しまったな。
「ペイシェンス、実験してみよう」
まぁ、リチャード王子の機嫌がなおったので良いか、なんて簡単なものでは無さそうだ。塩の専売とか国の利権だよね。莫大な利益も有りそうだけど、免職になったグレンジャー家なんて関わったら、吹き飛ばされちゃうよ。だから、ほんの少しアイディア料で良いから欲しいな。
ああ、お金が欲しい。夏の離宮では内職はできないんだよ。それに裏庭の畑もジョージ任せだし。
『そっか、塩を作って持って帰れば、少しは節約できるよね。保存食には塩も必要だもの』
国の為に塩を作ろうとしているリチャード王子と違いすぎてみみっちいけど、グレンジャー家は貧乏なんだよ。
マーガレット王女の部屋の用意ができ、王子達も去り、やっとメアリーが呼びに来た。
「お嬢様、お待たせしました」
「そんなに急がなくても良いわよ。窓から海を眺めていたから」
そう、金の元になる海水を見ていたんだよ。少なくとも、グレンジャー家が使う塩ぐらいは作りたいな。問題はそれをどうやって持って帰るかなんだよね。衣装櫃にどれくらい入るかな?
どうも私の悩みはちっぽけだ。異世界に来たのに、冒険もぼろ儲けとも縁がない。やはり生活魔法しか使えないからかな?
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