第11話 無ければ作れば良いのさ

 エバが貰って来ているハムを手に入れるにはお金がいる。

「お金が欲しいわ!」

 上品にペイシェンス変換しても、言葉は無情だ。

「タンパク質がいるのよ!」

 高いハムでなくても良い。肉系の物か、魚系の物、卵は高級品だとペイシェンスの記憶が騒いでるので無理そう。

 王都ロマノは内陸部にある。つまり、魚は川魚しかいないし、干し魚もそんなに流通していない。つまり、タンパク質を育ち盛りの弟達に食べさせるには、豆しかないだろうと考えついた。

「豆なら庭で作れると思うけど、冬だし……」

 ペイシェンスの記憶に引っかかる物があった。温室だ!

 学園に行くまで、新品のコートはメアリーが管理しているので、ぱつんぱつんのコートを着て、庭をぐるりと一周する。

『ああ、お母様が生きておられる時は、冬でも温室で薔薇を育てていたのに……』

 ペイシェンスの感傷で、ありし日の温室と薔薇の花が浮かんだが、今はガラスは壊れて、骨組みだけ残っている。温室の残骸を眺めて、これを修復できれば、野菜とか作れるかも? と期待にときめく。

「薔薇はいらないな。食べられないもの」

 頭の中のペイシェンスが『薔薇は素敵よ』なんて騒いでいるが、今は食料の方が大事だ。

「弟達を飢えさせたくないの!」ペイシェンスが黙った。ブラコン気味のペイシェンスは弟達に弱い。

 メアリーに冬野菜の苗と種、そして本来は夏に撒くのだけど、豆も買って来て貰う。そのあいだに、温室の修復だ。

「ガラスだけ、綺麗になれ!」

 薔薇はいらないよ。と強く願って生活魔法を掛ける。

「おお、温室は修復できたね。後は中だよね」

 温室の中は、暖かい。当たり前だよね。でも、枯れたバラの残骸が残っていた。このままでは野菜を植えられない。

「クワで耕すのは無理だわ。ジョージにこれ以上は無理させられないし」

 私はできるかどうか分からなかったが、土に手をついて「薔薇の残骸は粉末になれ!」と唱えてみた。

 パラパラと枯れた薔薇の木が、粉末になって地面に落ちた。

「生活魔法って、何でもありだね」

 もしかしてチートなのかもと、真剣に悩んでいる暇なんか貧乏人にはない。メアリーが帰って来るまでに、畝とか作っとかなきゃいけない。私は都会育ちのOL、つまり農業経験は無い。小学校の頃、生活科の授業でサツマイモ掘りしたぐらいだよ。でも、常識として、何か植えるなら、畝が必要だと知っている。

「畝になれ!」ええい、ままよ。唱えてみたら、畝になった。

「良かったわ。手に豆を作るのは令嬢らしくないもの」

 かなりペイシェンスの常識が私を侵食している。困ったもんだ。種や苗を植えるのは、メアリーに任せた。絶対にさせてくれそうになかったから、諦めたのだ。ちなみに、薔薇や花なら良いそうだ。これから生活改善するにあたって、メアリー基準も考慮しなくてはいけなさそう。

 苗を植えた次の日、ええい、チート祭りだ! と、できたら良いなの下心満載で「大きくなぁれ」と唱えてみた。まるで、アニメの一シーンのように、苗は大きくなり、種からは芽が出た。

『やりたい放題じゃん。生活魔法って!』

 こうして、野菜の栽培の見込みができ、エバと話し合う準備ができた。

「どうやって話せば良いのかしら?」

 自分の家が情けないから、使用人に内職させたり、働きに出させているのだ。それを咎める事なんてできないけど、間違っていると思う。エバを責める事なく、市場で働くのをやめさせたい。それも10歳の子供が言うのだ。難しいよ。部屋で悩んでいたら、控え目な音のノックが聞こえた。

「お嬢様、ワイヤットでございます。お時間、宜しいでしょうか?」

 執事のワイヤットが私の部屋に来た記憶は無い。何だろう? もしかして、変な生活魔法がバレた? まぁ、バレるよね。ナシウスなんか一発で変だと分かったようだし、メアリーもすぐに分かった。分かってないのは、幼いヘンリーと父親だけだと思う。

「ええ、お入りなさい」

 お嬢様は使用人に命令口調なのだ。年上のワイヤットに偉そうだと思われないかな。

 父親よりも白髪が目立つ茶髪を、一筋も乱れることなく纏めたワイヤットが部屋に入ると恭しくお辞儀した。

「お嬢様、お時間をいただき、ありがとうございます」

 何を言われるか心臓バクバクだけど、優雅に微笑む。相手の出方を見なきゃね!

「このところお屋敷が綺麗になり、とても嬉しく思っております。それに温室まで手入れがされ、野菜が育っているのには驚きました」なんて、少しも驚いて無さそう顔で言うんだ。

「エバの件、お願いしておきます」

 だから此方も問題を押し付ける事にしたよ。だって、私から言うより執事が言った方が良いもの。

「瑣末な事でご心配をおかけしました。つきまして……」

 やはりワイヤットには敵わないよ。エバの件は引き受けてくれたけど、やはり食卓に野菜と豆だけでは駄目みたい。肉類を買う資金調達の為に、壊れた骨董品の修復を頼まれてしまった。まぁ、これで弟達の食事は改善するし、その上、私が週末に帰る馬車の馬のレンタル代も調達できたみたいだ。やれやれ中々のやり手の執事だよ。なんで、こんな貧乏子爵家にいるのか不思議だね。

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