8_誰のための披露宴か

「高野倉くん、結婚式の準備って人生の縮図だと思わない?」


「どんなところが?」


「色々な物を決めなくちゃいけない。たくさんの選択肢から最適解を見つけ出さないといけないのよ?」


「そんな哲学っぽく言ってるけど、それって単なる逃避だよね?」



今、結婚式場にきて、披露宴の打ち合わせをしている最中。

担当の人が資料を取りに席を外したタイミングで、小路谷さんが質問してきた。


正直、俺たちは疲れていた。

疲れ果てていた。

色々決めることが多すぎるのだ。





■披露宴打ち合わせ


「俺、思うんだけど、なんかこういうのスマホでポンポンポンと選べないのかな?」


「料理とかは、説明受けないとわからなくない?」


「現物見る訳じゃないしね」



そう、料理は写真だけ見て決めるのが一般的。

しかも、当日は材料の関係で多少内容が変わることもある。



「ドレスも実物を見て試着しないと判断が難しいわ」


「確かに……」


「そもそも会場だって、広さだけじゃなくて、天井の高さとかもあったよね」


「あー、そうだった」



結婚式を施設内の教会でやると、ここがステンドクラスとかあって天井が高い。

ビルの7階分くらいまであるから20m以上ある。


その後みんなが披露宴会場に移動したら、普通の会場だと天井が3mとかだと参加者が急に狭く感じるというのだ。


ちょっと広めの会場だと天井が5mくらいあるので、圧迫感がない。

そんなことまで考える必要があるとは……




結婚式って、実現するまでいくつの選択肢を迫られるんだろう……




「高野倉くん、そもそも何から決めるべきなの?結婚式の日?招待客?披露宴の内容?」


「まずは、いつか決めないと、人によって、来れる日と来れない日があるんじゃないかな?それによって、人数も座席表も変わると思うし、部屋の広さも変わってくるかも」


「なるほどね。でも、この日じゃないと来れないって人もいるはずでしょ?」


「確かに!そう言った意味では、外せない人の予定は先に知りたいね」


「それは誰!?私?高野倉くん?それとも親?」


「ちょーっと待って。それは『何故、結婚式をするのか』みたいな深い話!?」



俺はわざとらしく、STOPを示すジェスチャーで両掌を小路谷さんに向けた。



「そうね。それによって、重要なのは『結婚式』なのか、『披露宴』なのか決まってくるわ」


「そう言えば、今やっているのは『披露宴』の打ち合わせで、『結婚式』については、ほとんどなにも話していなかったね」


「そう、どこに重点を置くか決めれば、それ以外は『どうでもいいこと』なのよ。そしたら、選ぶもの簡単になるわ」


「え?それは小路谷さんじゃないの?だから、ドレスが重要で、すごく時間をかけて選んだわけだし」


「んー、私は高校の時の同級生とか、元会社の同僚とかに見せびらかしたいわけじゃないから、『私』ではないわね」



小路谷さんはこれまで同窓会で、周囲の女の子に負けないよう頑張っていた。

それこそ『普通』という名の『理想』を目指して。


ボッチとはいえ俺というカレシもできた。

結婚も決まった。


そう言った意味では、小路谷さんの『理想』とする『普通』に近づいた。

少なくとも現時点では、『普通』の範囲内にいる。


だから、彼女は友達に『結婚の報告』はするけれど、『見せびらかす』必要はないのだろう。



「じゃあ、『親』かな?うちの親はあんまりこだわらないから、小路谷さん家(ち)の」


「うちは佐賀の田舎の方だから……ある程度こだわる方なのかなぁ……」


「じゃあ、行ってみるか!」


「え!?今から!?山岡史郎なの!?高野倉くん!」


「今からはあんまりだから、週末とか。ほら、電話でしか報告してないし、俺も会っておかないと。俺の親にもなる訳だから」


「じゃあ、電話して予定を聞いてみる」


「よろしく」






■仲原家と関係

小路谷さんの実家に行くのは日曜日になった。

その前の金曜日のことだ。



「高野倉くん、玲ちゃんからメッセ来たんだけど」


「なにごと!?」


「遊びに来たいって」


「夫婦で?」


「んーん、ひとりで」


「まあ、いいんじゃない?」



正直言うと、少し気まずい。

仲原夫妻は、ちょっと癖がある。


旦那は俺の大学の時の同級生だけど、小路谷さんのことが好きで、あいつが結婚した後もちょっかいかけてきていた経緯がある。


奥さんの玲子さんの方は、旦那が失踪したとき俺にちょっかいかけて来そうだったし……



「来てどうするのかな?」


「そこは私にもわからないわ」



会うのに嫌な予感しかしない友達って……

あんまり状況は良くないのは、小路谷さんの絶妙に面白くないジョークが出ないことからも分かる。


この人、相当な時でもぶちかますから、相当以上な状況にあることが伝わった。






土曜日。


「こんにちは」


「いらっしゃーい。場所すぐわかった?」


「うん、わかりやすかった」



今日来てもらったのは、新しい家。

これまで小路谷さんのワンルームに無理やり2人で半同棲していたけれど、ちゃんと住むとなると手狭なので、そっちを事務所にして、新しいマンションを借りたのだ。


ちなみに、3LDK。

夫婦(予定)2人には広すぎるくらいだ。



「広いねー!」



部屋を見て回る『倍賞さん』。

実際は、結婚したから『仲原(なかばる)さん』なのだが、俺は新しい呼び方にまだ戸惑っていた。


元々、友達の方を『仲原』と呼んでいるので、奥さんの方を『仲原さん』と呼べばいいのか?

下の名前で『玲子さん』も変だと思い始めて呼べなくなってしまっている。


村吉くんのところは、『村吉くん』、『ハツネちゃん』に落ち着いたのだけど……



「キッチンも広いね!」


「まあねぇ、冷蔵庫が小さいの2台は入らなかったから、大きいのを買ったら、一般家庭用の広さがないと入らなくてね」



それだけ言われてもよくわからないことかもしれない。


元々、俺たちは一人暮らし同士だから、2ドアの小さい冷蔵庫をそれぞれ持っている。

2人で暮らすには食材をある程度入れるのだけれど、冷蔵庫1台では足りない。

そこで、2人分の2台使えばいいのだけれど、場所がない。


大きいやつは、よく考えてあって、1台でたくさん入るようになっている。

電気代を計算したら、小さいやつ2台分よりも大きいやつ1台の方が、電気代が安いのだ。


結果、450Lの大容量の冷蔵庫を買うことになってしまったのだ。

それぞれが持っていた2ドアは170L程度らしいので、2倍以上の容量だ。

でも、電気代は小さい冷蔵庫1台よりも安い。

不思議だ。



引っ越すとなると、カーテンは全部新しいのが必要だし、家電は必要になるし、色々物入りだ。

幸い会社は好調なので、使える物は小路谷さんの家に残して、新しい家は新しいものを買ってくるようにした。


引っ越しの作業が面倒な上に、割と費用がかかるからだ。

新しいのを買えば、送料無料で届けてくれる。

どうせ必要なのだから、思い切って買うことにしたのだ。



「いいなぁ」



ぽつりと倍賞さんが言った。

もしかしたら、小路谷さんには聞こえなかったかも。

それくらい小さい声だった。



小路谷さんと倍賞さんは近況について話をしているようだった。

俺は参加してもつまらない話だったので、近所のケーキ屋まで歩いて行って、ケーキを買ってきてあげた。



家に帰ると、倍賞さんが興奮して小路谷さんになにか言ってた。



「私の気持ちなんか、みぽりんにはわからないわっ!」



帰ってきた俺を見て、冷静さを取り戻したのか、倍賞さんはおとなしくなった。

その後、コーヒーを淹れたので、みんなでケーキを食べたらすぐに帰って行った。



「……」


「……」


「帰って行ったね」


「帰ったわね」


「なんだったの?」


「うーん……難しいなぁ」


「そんな難しい話してたの!?」


「なんかね、不妊治療を始めたらしい」


「は!?」



また突拍子もない話が出てきた。



「それで、あんまりうまく行ってないらしくて……」


「ふーん」


「もっとうまく行っていない、うちを見に来たらしい」


「は!?」


「人間、不幸な時は、更に不幸な人を見て安心する人がいるのよ」


「そんな感じ?その発想がなかったわぁ」


「そしたら、うちが思いの外、幸せそうだったんでガッカリしてすぐに帰ったみたいな……」


「おーう」



確かに、新しいマンションで、新しい家電に囲まれて、新生活を始めて、会社も順調となると幸せと言えるだろうなぁ。


小路谷さんはあの『社長』の肩書の名刺をいつもの調子で出したかもしれないし。



学生時代は、好きとか嫌いとか関係なく同じクラスになって、嫌でも毎日顔を合わせる。

社会に出たら、会社の人は別として、友達でもずっと同じ人と会うってことはほとんどない。


ちょっと気に入らないからって、人間関係を切っていたらたちまち一人になってしまう。


『人間関係の維持』に関しては、学生時代よりも社会に出てからの方が難しいだろう。



「引き続き、仲原家とはこちらからは連絡しない感じで、『付かず離れず』を維持しようか」


「そうね」


人付き合いの難しさを改めて感じていた。






■小路谷さんの実家

小路谷さんの実家は、佐賀県伊万里市という佐賀の中でも割と田舎な方だった。

週末の日曜日、出向くことになった。


その昔は、伊万里焼を作っていて、門外不出の釉(うわぐすり)とか、土とかあるらしく、町の入り口には門が構えてあり、篏合札(かんごうふだ)がないと出入りができなかったのだとか。


令和の世の中では、そんなものは無く、単なる焼き物の観光地と化していた。

職人の高齢化で元気な店も少なく、毎日が変わり映えしない日々の静かな町となっていた。




有料道路とか使って、うちから車で2時間くらいのところ。

距離にして74km。

近くはないが、日帰りできる距離。

小路谷さんの実家はそこにあった。


お義父さんは、70歳を超えていた。

小路谷さんの年齢を考えれば、割と歳がいってからの子供だろう。



手土産は日本酒を持って行けばいいと聞いていたので、金粉入りのちょっといいやつを持って行った。

それだけでは少し寂しいので、菓子折も持ってちゃんとスーツで会いに行った。

俺としては万全の態勢のつもりだった。



小路谷さんの実家は、一軒家で山の中腹にあり、最寄りのスーパーまで車で30分というすごい田舎にあった。

ちなみに、最寄りのコンビニはもっと遠い。


仏壇に線香をあげさせてもらって、お義父さんに挨拶をした。


即に言う『娘さんをくださいイベント』なのだが、お義父さんは一言だけしか言わなかった。




「娘は一人くらい嫁に行かんでいいと思ったけどなぁ」




聞けば、小路谷さんは5人兄妹の下から2番目。

他の4人は結婚しているらしい。



お義父さんは、少し寂しそうな顔をしていた。



披露宴について色々聞いたけど『任せる』と言われて何も聞けなかった。


その後は、色々食事を出してもらって、お酒をご馳走になって、帰りは小路谷さんの運転で帰った。

小路谷さんの運転は、命の危険を感じたけど、飲酒運転をする訳にはいかない。

落ち着かなかったけれど、なんとか無事帰れた。




何事もなくイベントを終了したと思ったけど、問題はあったらしい。

『近所にあいさつするのに酒がない』と小路谷さんにお義母さんから電話があったらしい。

確かに酒は持って行ったのだけれど、どういうことなのか?


お義母さんに電話して聞いてもらった。

そしたら、酒は一升瓶を二本ひもで縛って持って行かないといけなかったらしい。


そんな常識があるのか知る由もない。




困った俺は、村吉くんに電話してみた。



『あ、それはな、「角樽(つのだる)」の名残りだな。「二本縛り」とかで検索してみ』



意外にも常識だった……

角樽は、結納とかで使われる縁起物らしい。


結納を未だにやるところは少ないし、俺はあまり重要視していなかった。

ただ、九州の田舎の方だとまだ残っている風習だ。

そんなのを考えずに、自分の価値観だけで判断してしまった。


早速、角樽を準備して、挨拶をやり直した。



「気にせんでよかったんに」と言われたが、お義父さんは笑顔だった。



結納はしなくてもいいけれど、二本縛りのお酒は必要。

俺の知らない常識。

これは、小路谷さんも知らなかった。


だけど、この家とつながるということは、うちが受け継ぐかどうかは別として、『常識』を知っておく必要があるだろう。



誰かとつながっているということは、思った以上に相手を思いやる必要があるみたいだ。






■村吉くんとの飲み会

後日、また村吉くん家(ち)の近くの居酒屋まで来ていた。



「あー、そこに気づいちゃったかー」


「うん、うちでは結婚披露宴は、『親と友達への報告』って位置づけにしたから、一個一個を選ぶのは、そこそこでいいんだってわかって楽になった」


「プランも大筋は3パターンじゃなかった?」


「そうだけど」


「だいたいの場合プランは3つあって、松・竹・梅なんだよね。普通日本人なら真ん中のプランを選ぶの」


「わかる」


「だから、企画する方も真ん中のプランを選ぶように構成しているのな」


「え?そうなの?」


「松プランは、内容が良ければ、コスパ悪くても高いやつを選ぶやつ用。梅は選ぶと式場も利益減るから原価がかかるやつをごっそり引くの」


「そうなんだ……村吉くんのそういう知識は本にして売ってほしい!俺買うから!」


「バカだな。経営者なら誰でも知ってるよ」


「経営の初心者向けみたいな」


「なるほどね。ただ、日本だと経営者になりたいやつとか1.2%とかって数値があったな。顧客層が薄すぎて商売にならない」


「ほらそれ!そういうとこ!」


「まーくん、家でも仕事の話ばっかりだから……」


「「まーくん?」」



小路谷さんと俺でハモってしまった。



「あれ?村吉真羽人(むらよしまうと)だから、『まーくん』。変かな?」


「いや、うん、いいと思うよ……」



俺も小路谷さんも、村吉くんの下の名前を初めて知った///




「うちの披露宴は、ハツネのためだったかな」


「それだと、私、悪者みたいじゃない!」



ハツネちゃんが急に身を乗り出して言った。



「いやいや、お前の夢を実現しようと思ってさ。そう言った意味では、俺のエゴかな」



村吉家の結婚式には参加させてもらって、色々参考になった。

『結婚披露宴をしよう』と思ってから、他人(ひと)の式に参加すると、そのこだわりが見えてくる。

村吉くんの式は、来た人をもてなす気持ちがすごく伝わるものだった。



「いやー、村吉くん相変わらずかっこいいわぁ」


「ふ、バカ。飲め!とりあえず飲め!」



村吉くんが肩を組んで村吉くんのキープの焼酎を注いでくれた。

生(き)で!

せめて氷を入れてくれ!



「で?おまえらいつ式挙げんの?」


「来月末にしようかと」


「あと2か月くらい?もうちょっと早めに案内しなくていいの?」


「来て欲しい人だけ来てくれれば、後はまあ、そこそこで」


「なるほど、今回の『誰のため』ってやつ?」


「そ」


「じゃあ、その重要な人は日程押さえられたんだ」


「だから、今日はそれを聞きに来たんじゃないか」


「……」


「……」


「……はあ!?俺!?」


「「だって…ねぇ」」



俺と小路谷さんの視線が合った。



「本当に困ったときに、無償で助けてくれるって、それ最強じゃない!?」


「バカ、そりゃ、友達だったら当たり前だろう!」


「「ほら」」



また小路谷さんとハモってしまった。



「親たちはね、いつでもいいって言ってたから、重要な人にお伺いをたてに来たんだよ」


「ね」



俺と小路谷さんが言うと、村吉くんが言葉を詰まらせてた。



「まーくんね、意外と涙もろいからね、しばらくなんも言えないと思うよ?」



ハツネちゃんがニヨニヨしながら解説してくれた。

村吉くんは慌てておしぼりを使ってた。






村吉くんとハツネちゃんの予定も聞いたし、飲み会はお開きとなった。

俺達は、例のリゾートホテルに泊まることになった。

村吉くんと飲みに来ると、必ず泊まる必要がある。

家から遠いからしょうがない。


泊まるのはいいけど、小路谷さんのテンションが妙に上がるのが困る。

そんなことを考えながら、ホテルの部屋で、小路谷さんと缶チューハイを開け乾杯した。



「人と人のつながりって難しいね。」


「仲原家とのことは考えないとね」



あそこの家だけは要注意だな。

夫婦そろって。



「うちの実家とは仲良くやっていけそう?」


「小路谷家の常識を教えてもらわないとね……」


「それは私も」


「自分家(ち)でしょう!?」


「私、家のことあんまわかんない」



不思議な家庭環境だ。

だから、こんな面白い……もとい、魅力的な人に育ったのかな。



「困ったときは、村吉くんがめちゃめちゃ助けてくれてるよね。それも縁かな」


「高野倉くんが言うように、目つきは鋭いのにいい人だよね」


「うん」


「うちもそろそろ新しい縁を考えてみる?」


「新しい縁?」



あまり意味が分からず、ちょっと頭をかく。

困ったときに頭をかくのって無意識でも自然とやってしまうものだな。



「高野倉くん、高野倉くん、披露宴来月だったら、もう子供ができても『できちゃった婚』じゃないよね?」



なぜか、急に元気になって立ち上がる小路谷さん。



「たしかに。ちょっと待って!なんでそんなに目が爛々(らんらん)としてるの!?」


「ちょっと、生(なま)でヤってみたくない!?」



枕をポンポンと叩く。

つまりはそういう意味ってことだろう。



「言い方!品が無さ過ぎる……」


「だって、ほら、『ドクドク』を体験するチャンスなのよ!?」



元も子もない……でも、惚れた弱みというか、結局この感じが好きなのか、遅くまで『ドクドク』を堪能したのだった。

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