002 転機
放心状態のヤルモは、足の向くまま向かった町で、冒険者ギルドに入る。
「オッサンが新人冒険者? うける~」
どんなに笑われようと、今までこれしか仕事をしたことのないヤルモに選択肢がなかった。
そこで新人神官の女性に、鉱夫から戦士に転職をお願いしたのだが、おかしなことが起こった。
「重戦車? 初めて見る……何これ?? 失敗……ではありません! ヤルモさんは戦士職に転職できなかったので、これしか『戦』が付く職業がなかったのです! ですから、私のせいではありませんよ~? もしも転職可能なレベルになりましたら、次回は割引きしますので、ギルド長に言わないで~~~!!」
新人神官に希望の職に就かせてもらえなかったヤルモ。怒りを覚えたが、それよりも女性を泣かせたことで、あらぬ罪をでっち上げられるのではないかと怖くなって、立ち去るしかなかった。
そして翌日、さっそくダンジョンに潜ったヤルモは、アイテムを売ろうと恐る恐る冒険者ギルドの中へ入ると衛兵の姿は無く、何事も無く買取りもしてもらい、今回は
ただし、ヤルモには不思議に思っていることがある。職業の重戦車だ。
初日は安物の銅の剣を持ってモンスターと戦ったのだが、戦士と変わらぬ動きができた。
十五年もの刑期を真面目に鉱夫として過ごし、マッチョな体になったせいかとも思ったが成長速度も早く、レベルが上がる度に力を増していたことも実感することとなった。
だが、速度だけは遅く、なかなか上がらない。戦士でも似たような速度だったので、この程度なら問題ないと割り切ることにしたヤルモ。
それから一人でダンジョンに潜り続けたヤルモは、岐路に立たされる。
転職可能なレベルになったのだが、戦士の同レベルと重戦車を比べると、圧倒的に重戦車のほうが強い。三度のレベル1戦士を経験したヤルモならではの検証だ。
ダンジョンの階層も戦士では越えられなかった壁を破り、こんなに低いレベルで踏破したとはヤルモ自身信じられなかった。
慣れ親しんだ戦士を取るか、強い重戦車を取るか……
悩んだ末、ヤルモは重戦車を取ることに決めた。
それはヤルモの人生の選択の中で最大の正解。重戦車とはレア職業で、戦士より五段上の職業。戦士のレベルを50以上に三度上げ、鉱夫を三度カンストしないと手に入れられない職業なのだ。
さらには、レベル上限突破。戦士より5倍も高いレベルまで成長する。それを知ることは、現在、人を避けているヤルモではままならないのだが……
そこからは破竹の勢い。低ランクのダンジョンならクリアーは朝飯前。中級でも余裕でクリアーできる。上級にも潜ってみるが、なんとか最下層まで辿り着くことができた。
しかしボスは経験上、挑むことはやめたヤルモ。理由は簡単。一人で上級ダンジョンの最下層に行けるなら、持ち帰るお宝や素材でかなりの稼ぎになるからだ。なんなら、上位の冒険者パーティとさほど変わらない利益をあげられる。
一人なので分け前も無し。丸儲けだ。無理に強いボスと戦って怪我をするよりも、確実だとヤルモは考えたのだ。
それほどヤルモが金に固執するのは何故か……
老後の蓄えだ。
冒険者稼業など、酷い怪我を負っていつ廃業するかわからない。そう思って若い頃から倹約を続けていたヤルモだが、それを狙われ、三度も事件に巻き込まれて一文無し。
ヤルモの年齢はもう三十を超えている。いつまで体が動くかわからないので、堅実に金を貯めるしかないのだ。もちろん事件に巻き込まれたくないので、近付く者からは距離を取り、町も一ヶ月以内に離れることにした。
孤独……
ヤルモの戦いは、この孤独感だけ。それでもダンジョンに潜り続け、五年の月日が過ぎた頃に転機が訪れる。
勇者パーティが、ヤルモを勧誘したのだ。
五年もの間、各地の上級ダンジョンに一人で潜り続けたヤルモは、かなりの実力者だと噂が広まっていた。その噂が勇者パーティにまで届き、勧誘に至ったのだ。
「悪いが、俺は誰とも組まない」
人間不信のヤルモがなんとか搾り出した言葉は、拒否。すると勇者はキレて、ヤルモに剣を向けることとなった。
「貴様……この勇者ダニエル・ヒュッティネン様が誘ってやっているのに、断るとは何事だ!」
怒鳴る勇者ダニエルに、ヤルモはチラッと見ただけでスタスタと歩き出し、それがダニエルの怒りの炎を大きくした。
「お待ちください! 勇者様も剣を収めてください!!」
勇者パーティの中で聖女の職業を務める美しい女性、マルケッタ・コンティオラが割って入ると勇者は止まるが、ヤルモは歩き続ける。しかしマルケッタはヤルモを追いかけ、ずっと説得を続ける。
その熱意に負けて、ヤルモは渋々勇者パーティーに加入できない理由を説明することにした。
場所は冒険者ギルド。人に聞かれたくない内容だったので、マルケッタに人払いを頼むと、ギルドマスターの部屋で話すことになった。もちろん立会人も要求して、ギルマスが間に入ってくれることとなった。
そこで、ヤルモは前科三犯であること、全て冤罪であったこと、人間不信で誰ともパーティを組みたくないこと。それと、引き下がってくれることをお願いした。
「なるほど……辛い人生を送って来たのですね。でしたら、こういうのはどうでしょう? 私たちに協力してくれたのなら、前科を全てなかったことにするというのは……」
マルケッタの突拍子の無い提案に、ヤルモは葛藤する。
この女を信じていいのか?
信用すれば親兄弟に会えるのではないか?
この女は美人じゃないか?
だが、勇者は信用ならないのではないか?
もしかしたら、俺に惚れているのではないか?
十数年振りぐらいに、まともに女と目を見て話をしたからか、何やら不穏なことを考えるヤルモ。だが、それで失敗したと思い出し、首を振って正気を取り戻す。
「俺の冤罪を信じてくれるのか?」
「はい。あなたの噂は聞き及んでいます。この数年間、女性はおろか男性すら近付けさせないなんて、それなりの理由があるのだと感じていました」
ヤルモはこの時、こう思ったらしい。
(この女、確実に俺に惚れてる)
どうやらヤルモは孤独に負けて、思考がストーカーのそれと近くなっていたようだ。ちょっと優しくされたからって惚れていると勘違いするとは……
それでも人間不信もあるので、ギルマスに証人になってもらって、魔王を倒した際には前科を完全抹消することと、ヤルモに関する各種契約をして、勇者パーティに所属する決定となった。
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