26. Remember High Fantasy 後編

"時忘れ樹海"


 ソルジャースケルトンに囲まれた俺達は、絶対絶命の大ピンチ。

 そこへ、トミー&ジーナの二人組が現れた。


「見たところ新米の冒険者か?対策無しで死霊しりょうモンスターに挑むのは危険なのだぞ」


 冒険者?この世界に来てからは、初めて聞くぞ。

 なんだろう、このワクワクは。

 ようやく王道ファンタジーっぽい単語が出てきたよ。


「俺達は中級ワーカーで、同業者の救助に来たんだ」


「ワーカー?そうか、一般の民か。大丈夫だ!民を守るのが騎士ナイトの務めだからな」


 そう言うと聖騎士パラディンは、光輝く剣を振るい、ガイコツ達をなぎ倒してゆく。


「あなた、怪我けがをしていますね?今治療してあげますので、動かないで下さいね。聖女の癒し手セイントヒール!」


 こちらに駆け寄ったのはハイプリーストだ。

 手をかざしただけで、肩に刺さった矢が抜け、傷口がみるみる治っていく。

 どこぞの声だけ回復スキルとは雲泥うんでいの差だ。


「タスク、何か言いたい事があるなら言いなよ?」


 勘の鋭いやつめ。


「骨どもは片付いたぞ。良い運動になった」


 ソルジャースケルトンの群れは、トミーによって倒されていた。

 なんて強さだ、俺も聖騎士に転職したい。


「お疲れ様。結界けっかいを張っておきましたから、少し体を休めましょう。あら?トミー、あなたも傷を負っていますね。聖女の癒し手セイントヒール!」


「ぎゃあああーー!痛い痛い!ジーナ、何で俺の時だけ回復魔法を失敗するんだ?かすり傷を致命傷に変える気か?」


 ジーナの回復魔法を受けたトミーが、突然苦しみはじめる。


「ご、ごめんなさい!でも、失敗はしてないはずなんですが...おかしいなぁ」


【結界の中でひと休みすることにした】


「そうかそうか、最近は冒険者をワーカーって言うのか。それで同業者を助けに来たと。樹海での暮らしが長くて、世の中の流れに置いけぼりだな」


「二人は何で樹海に?」


神託しんたくさずかったのさ。死霊になってしまった人達を、浄化じょうかして昇天しょうてんさせる使命をね。もう一年くらいになるだろうか」


「ここは昼でも暗いから、時間の感覚が麻痺まひしますね」


 トミーとジーナ、20代後半くらいだろうか。

 きらびやかな装備を身にまとい、カッコいいスキルで戦う冒険者。


「変だよタスク。ワーカーって、ずっと昔から定着してる呼び名だよ?冒険者なんて聞いたことないし」


「聖騎士とかハイプリーストなんてジョブもな!アタシはカッコいいと思うけど」


「演劇の衣装......というわけでも無いな......」


 そりゃ、怪しいっちゃ怪しいが。


「言うてもな、危機的状況を助けてもらったわけだし、悪い人じゃ無いんじゃないか?」


 確かに、とパーティー全員が納得。

 異世界の設定としては、トミーとジーナのほうがしっくりくるんだが。


「ところで君らは『勇者ゆうしゃ』を知っているか?」


 勇者?いよいよファンタジーが盛り上がってきたぞ。

 もしかして、ようやく主役が登場するのか。


「我々はね、いつの日か勇者ティアロと共に、世界を冒険したいんだ」


「この樹海での務めが終わったら、ティアロ様を探す旅に出ようと思っています」


 勇者の話をする二人は、子供のように無邪気だ。

 勇者ってやっぱり、憧れの存在なんだな。


「タスク、ティアロってさ、有名な童話作家さんの名前だよね?」


「あ!そういえば、散々ジョブクエストで書かされた本の著者か」


 昔々、桃から生まれた少年が、凶悪なモンスター達を倒しに行く痛快つうかい無双むそうな物語。

 日本でもお馴染みの昔話に良く似た作品だ。

 勇者が作家?同名の別人だろうか...いや。


「そして勇者ティアロを補佐し、魔王を討ち倒して世界に平和を取り戻すんだ!」


 トミーの夢語りは止まらない。


「おい!MAOを倒すってどういう...」


「よせ!プラリネ、MAOじゃなくて魔王だ」


 掴み掛かろうとするプラリネを制止。

 さっきから絶妙に話が噛み合ってない。

 共通の認識を持った話に変えよう。


「こんな樹海に住んでたら、食べ物に苦労するんじゃないか?街に来てくれよ。俺がご馳走するから」


「これはありがたい。ここはキノコくらいしか無いからな。味覚がおかしくなりそうだ」


「楽しみですね。あ、でも私達は菜食家さいしょくかなんです。野菜以外はちょっと苦手で...」


 二人とも聖職者っぽいし、肉や魚は食べないか。

 となると、あれだな。


「じゃあポテトはどうだろう。ポテトは料理の幅が広いし」


 煮て良し焼いて良し。

 揚げでも蒸しでも何でもござれ。

 みんな大好きジャガイモ料理だ。


「ポテ...ト?初めて聞く名前だ。うむ、ではポテトをご馳走になろう」


「何だか可愛い名前ですね」


 あれ、知らない?こっちの世界でもポピュラーな食材なのに。

 なんというか、世界観そのものにズレを感じる。

 いったいこの二人は、どこから来た何者なんだろうか。


救難者きゅうなんしゃ捜索そうさくを再開した】


 ハゲワシの連中が、樹海で消息を経ったのが三日前。

 さっきみたいなモンスターと遭遇していたら、おそらくは今頃......


「タスク!何か声が聞こえるよ。人の声じゃないかな」


 トールは、人の声を正確に聞き取れる耳を持っている。

 幽霊とかじゃないだろうな。


(......ぉ.........ぃ.........)


 微かに何か聞こえるな。

 声のする方向に、慎重に歩を進める。


「おーい!誰かー!誰か助けてくれー」


「ヴッチャー!と、その一味!生きてたのか?」


 そこにいたのは、ヴッチャー率いるハゲワシの連中だった。

 なんだ、元気そうじゃないか。


「うぉぉ!タスクぅ!ライバルにして最高の親友よぉ!助けに来てくれたのかぁ!」


 わんわん泣きながら、すり寄って来るんじゃないよ。

 ライバルでも親友でも無ぇわ。


「樹海に入った途端とたんに、凶悪なモンスターに襲われてよ。逃げてるうちに迷っちまったんだ」


「そいつは運が悪かったな。いや、三日間も生き延びたんなら、むしろ奇跡と言うべきか」


「三日間?何言ってんだ、俺たちゃ樹海に入ってまだ数時間だぜ?」


「数時間?どういうことなんだ...」


 いくら時間の感覚がおかしくなりそうな場所でも、そこまでズレるはずは無い。


「とりあえず話は後回しだ。さっさとここを出ないと...」


 いや、どうやら遅かったようだ。


「いいかヴッチャー......ゆっくりだ。ゆっくりと、こっちに来い。振り向かずにな」


「おい、何だよ。怖がらすんじゃねぇよ...後ろに何かいるってのか?」


 ヴッチャーが恐る恐る、後ろを振り返り見たものは。


 ヒュ~~ドロドロドロ


 お分かり頂けただろうか。

 さきほどのソルジャースケルトンの、数倍の大きさの死霊モンスター。

 ローブをまとった巨大なガイコツが、鋭利えいりかまを振るいながら迫ってきていた。


生命を刈る者リーパーオブライフが現れた】


「ギャーー!出たーーー!!」


「バカ、ヴッチャー!大声上げてこっちに来んな!」


 全員撤退、巨大ガイコツに追われ、樹海を走り回ることに。

 何で今回に限って、まともなモンスターばっかりなんだ。

 もっとネタっぽいの出てこいよ。


聖なる輝きの十字斬ホーリーシャインクロス!!」


神聖なる閃光ホーリーライト!!」


 巨大ガイコツの前に躍り出たのは、トミーとジーナだ。


「こいつは骨が折れそうな相手だな。ジーナ!」


「はい、それでも戦わなければなりません!」


 強烈なスキルを放っても、ガイコツの前進は止まらない。

 暴れまわるモンスターを相手に、二人は苦戦している。

 俺達には、ガイコツにダメージを与えるスキルは無いし、どうすりゃいいんだ。


「次世代の冒険者、ワーカー達よ......行け!そこを真っ直ぐに駆け抜ければ、外に出られる!一切振り向くこと無く走れ!」


「そんな、二人を置いて行くわけには!」


「いいんです。このモンスターは私たちが引き受けます。それが使命ですから!」


 二人からは強固な意思を感じる。

 きっと俺が、ここで何を言っても聞かないだろう。


「いつか、勇者ティアロに会うことがあれば伝えてくれ。魔王との決戦の時、我々は必ず馳せ参じると!」


「それから...ポテト料理、楽しみにしていますね」


 それが、二人の最後の言葉だった。

 立ち尽くした俺の手を、トールが引っ張り走り抜ける。

 気付けば樹海を脱出し、陽の当たるフィールドに出ていた。


「何が...起こったんだ。二人は......何で......」


「タスク!大丈夫だよ。きっとトミーさんもジーナさんも無事だよ!大丈夫!」


 トールは必死でなぐさめてくれるが、腕を掴むその手は震えていた。


【救助クエストを達成した】


 その後、何度か樹海は調査されたが、トミーとジーナの行方はわからなかった。

 俺達も調査に参加したが、歩いた場所も、生息するモンスターも、全てが見覚えの無いものだった。

 そもそも、死霊モンスターというカテゴリー自体が無いという。


「全部...幻だったのかな......」


 トールの言葉に、はっきりと否定ができない自分がいる。

 ただあれは、このバグついた世界の、本来の姿なんじゃないかと思った。

 時間が経つにつれて、あの時の記憶がボンヤリしていく。


【トミー&ジーナの言葉を深く心に刻み込んだ】

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