20. I will be there 後編

"フランキーのジム"


 ラッチのスキルミスにより、電車は大暴走を起こし、目的地を大きく外れた。

 あれから一週間、見知らぬ地から奇跡的に生還し、カラーズへと辿り着く。


「疲れた...サラリザードマンの出勤ラッシュに何度も巻き込まれるし、キヤスメダケの副作用でヒゲはモッサリ生えるし、散々な旅だった」


「おかえり、タスク。うわ!泥だらけじゃない。お風呂入れるから、行ってきなよ」


「おう、ありがたい。ようやくまともに風呂に入れる」


【タスクは風呂に直行した】


 ジムの地下には、トレーニング用のプールと大浴場が完備されている。

 ここだけ異世界的な情緒じょうちょが無さすぎる。

 とはいえ、下宿先としては贅沢すぎる施設なので大変助かる。


「ふぁー、こいつは極楽だ。これまでの苦労も吹っ飛ぶってもんよ」


 旅の垢を落とし、ゆっくりと湯に浸かる。

 本当に今回は色んなことがあった。

 生きて戻れたのが不思議なくらいのアドベンチャー。


「トール...どうしてるかな。手紙くらいは出しとくかなぁ」


 大浴場の天井をあおぎ、頭の中を整理していく。

 トールとの別れ、電車、口の悪い上級生、ドラゴン。

 ろくでもない思い出ばかりだが、旅の終わりは少し寂しい。


 ............何かおかしな部分が無かっただろうか。



 ドタドタドタドタドタ!!


「もう上がったの?早かったね......って、タスク!裸じゃない!服着てふく!」


 濡れた体に、バスタオル一枚という姿ではあるが、今はそれよりも不可解なことがある。


「格好なんてどうでもいい、何でトールがカラーズにいるんだよ?」


「電車で帰ってきちゃった...アハハ」


「電車って...あのトロッコに乗ったのか?」


「トロッコ?人がいっぱい乗れる箱型の乗り物だったけど」


 こいつは多分、俺が乗せられた電車とは別の乗り物で帰ってきている。

 ラッチの奴、今度会ったらクレームつけてやろう。


「何に乗って帰ったかはどうでもいい。ここにトールがいる理由を聞いてんだよ」


「怒らないで聞いてね。実は......」


 あの後トールは、ヤケになって俺の悪口を吐きまくるヴァイルに絡まれたらしい。

 インチキだペテンだと罵るヴァイルに、とうとう堪忍袋の尾が切れたトールは、それはそれは見事なハイキックを顔面にぶちかました。

 そして連絡を受け、駆け付けたベンが、あろうことかヴァイルに対して、四時間にも及ぶ説教。


 自業自得とはいえ、ちょっとヴァイルが可哀想になってきた。

 次に会うことがあれば、メシぐらいは奢ってあげたい。


 その結果、トールは自主退学し、カラーズに戻り、ベンも自ら謹慎を願い出たそうだ。



「バカ!俺がどれだけ苦労したか......両親は教職に就いてほしかったんだろ!ベンはともかく、キョーカさんだって...」


「あの...えっとね.........デキちゃったみたいで」


「......何が?」


「その...だから......赤ちゃんが」


「どこで?どうやって?」


「それはベッドで、男女が愛を......何言わせようとしてんのよ!私だって、その辺は詳しく知らないよ!母さんに赤ちゃんが出来たの!」


「母さんて......ちょっと待て、話が理解出来ない。つまりそれは、誰の子でトールの何なんだ?」


「父さんと母さんの子で、私の弟か妹だね。教職はそっちに就いてもらおうって、今からお腹に向かって勉強教えてるよ」


 おいおい、お前はそれでええんかい。

 これで今度こそ、完全に家出娘になったってのに。


 トールの母親が倒れたのは、妊娠によるホルモンバランスの乱れが原因らしい。

 つまり、今回の黒幕はアスモダイではなくベンだ。

 そうとも知らずに、俺はドラゴンと死闘を繰り広げていたことになる。


「俺が何のために戦ったと思ってんだ!あの色ボケ親父!今から文句言いに行ってやる!」


「ちょ、ダメだよタスク!そんな格好で...わわ!」


 濡れた床に足を滑らせ、止めに入ったトールを、床に押し倒してしまった。


 静寂に包まれたジム。

 聞こえてくるのは高鳴る心臓の音。

 そして、お互いの呼吸。


「タスク......はぅん」


「ちょっ!目ぇ閉じてどうすんだよ!」


「だって......固まって動かないから」


 こんなとこ、誰かに見られでもしたら。

 裸でヒゲモジャの男が、トールを襲ってる現場にしか見えない。

 しかし、迂闊に動くとタオルが落ちそう。


「たっだいまー!もう、聞いてくれよ。カカオ畑に『カマチョマガバテ』が出てさ、大激戦だったんだ。あんなの本編で戦うようなモンスターだよなー.........は!?」


 最悪のタイミングで帰ってきたプラリネ。

 お約束って展開は、本当に存在するのだと実感した。


「どこの変態だ!『ガナッシュゲイザー』」


「おい、待て......ぶげぉ!」


 プラリネ渾身の右ストレートが、俺の顎を貫く。


「おい、そのヒゲはタスクだ...しかし、連れ戻せとは言ったがな...白昼堂々と行為に及べとは言っていないぞ...もう少し殴られてしまえ...」


 ハーディアス、俺だと気付いてくれたのは嬉しいが、とんだ誤解だ。

 しかし、この状況では、言い訳のしようが無い。


「アハハ、みんな変わらないね。これぞタスクのパーティーって感じ。声優スキル『アドリブ』」


 笑いながらトールが手にしたのは、俺の荷物の中にあったスクリプトだ。

 開かれたのは、トールのメッセージが書かれた最後のページ。


「自由をありがとう 今日  ここから ずっと一緒に...仲間」


「くたばれ!ド変態っ!」


「ぶへぁ!!」


 何か、大事な部分が聞こえなかったんだが。


【声優が仲間に加わった】

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