9. The Loser 後編

「......見つけたぞ」


 白いロングコートを羽織り、ポケットに手を入れたまま立ちはだかる刺客。


「抵抗しなければ...すぐに楽にしてやる...」


 アサシンマスクというやつか、ピッタリとした布地で口元を覆っているので、声がこもっている。

 殺し屋?まさかそんな物騒なジョブまで存在しているのか。


「おい!誰だか知らないが、プラリネに手を出すと言うなら、俺が黙ってないぞ!」


「お前には関係無いことだ...僕の邪魔をするなら...痛い思いをすることになる...」


 これを言った以上、こいつは敵だ。

 ミリオンペンディングを構え、迎撃態勢をとる。


「うぅ...嫌だぁ...」


 プラリネが後ろでブルブルと震えている。

 モンスター相手に格闘戦を仕掛ける勇敢な娘が、ここまで怯える相手なのか。


 刺客はハンドポケットのまま接近してくる。

 こんな時にトールがいないのは厳しいが、やるしかない。


「手を出すなと、言ってるだろうがっ!!」


 追い払うように、ブンっと力強くペンを振るが。


 ギギィィーーーン!!


「な...何だ!?今のは!」


 刺客が右手をペンに当てただけで、凄まじい力で弾かれる。

 仕掛けたこちらが後退する形になってしまった。


「うぅ...うわぁぁぁぁああぁぁぁあーーー!!」


「おい!プラリネ!!」


 近づく刺客に怯えて、プラリネは逃げ出してしまう。

 それを追う刺客、阻止に向かう俺。

 追って追われて、街中を疾走するチェイスバトルが始まった。


「待てよ!プラリネを狙う理由は何だ?」


「あれを...始末するのがボクの仕事だ......長引かせて苦しませることはしたくない」


 こいつ!人の命を何だと思ってやがる。

 プラリネを始末なんて、絶対させてたまるか。


 とは言え、接近すれば弾かれるし、遠距離攻撃できるスキルも持ってない。

 トールのようにスキルで魔法が撃てないものか。

 せめて、こちらに意識を向けさせることができれば、プラリネが逃げる時間を稼げる。


「お前の相手は俺だ!『疾筆』」


 これは!?いつもと手応えが違う。

 スキルを使う際の体力の消耗も大きい。


 ガギィィーーン!!


 刺客は放たれた文章を、またも右手で防ぐと、金属が擦れるような音が響いた。

 どうなってる?俺は何を書いた?

 スキルが成長しているのか、それとも別の...


「くっ!...小細工を使ってくるか...」


 刺客の顔色が変わった。

 理由はわからないが、ダメージを与えることができるなら俺のターンだ。


「やるとするか!『連載疾筆』」


 書けるだけ連続で撃ち放つ文字は、矢となって刺客に降り注ぐ。

 全てではないが、衝撃を伴った文章が刺客の追跡を阻む。


「フェイントまで織り交ぜて撃ってくるか...これでは防ぎきれん...」


 意図してやってる訳じゃないが、うまい具合に効果がでているようだ。

 何発か当たったことで、刺客の足元がグラついている。

 決して打たれ強くは無いってことだ。


 しかし、走りながらスキルを連発するのは消耗が激しいな。

 鼻血まで出て来た。

 人通りの少ないエリアに追い込まれているのもまずい。

 プラリネは、使われていない納屋の中に隠れてしまった。


「フッ...キレが無くなってきているぞ...どうやら随分と燃費の悪いスキルのようだな...」


 バレてる?と言って、スキルを止めるわけにもいかない。


 ギィーン!ギィーン!


 さっきから、アイツの右手は何なんだ。

 攻撃を弾く度に金属音がしてるが、サイボーグとかじゃないだろうな。


「ゼェ...ゼェ...いい加減に諦めろよ!!『疾筆』」


「ハァハァ...調子に乗るなよ!!」


 今度は左手?金属音はしない。

 触れた文字が一瞬にして消滅していく。

 左手は弾くのではなく、スキルを無効化するのか?

 冷静に観察すればするほど、絶望的に強い。


「君は...厄介だ......スキル『コンポジットレジン』」


 右足に粘土のような物質が張り付き、青白い光が照射される。


「何だこれ!?カッチカチに固まって取れねぇ!」


 刺客はもう、振り返ることもなく、納屋へと歩いていく。


「待て!プラリネに指一本でも触れてみろ!絶対許さないからな!!」


 無情にも右足は動かない。

 一体何なんだこれは。


 ギュイーーーーン!!


「ァギャアアアアァァッァァァアアァァ!!」


 プラリネの声?本当に殺すのか?

 やめろ!ふざけるな、プラリネはまだ子供だぞ。


 ギュイギュイーーーーーン!!


「ウアァァァ...ゲホ!オェ!」


 納屋の中から聞こえてくる断末魔の叫び。

 俺は、ミリオンペンディングを右足の塊に思いっきり叩きつけていた。

 自分の足ごと叩き割る勢いで、塊を砕いた。


「プラリネ!!」


 納屋へと駆け込んだ俺が見たのは、この世のものとは思えないような、凄惨な光景だった。


「よし...もう一回削るぞ...痛かったら右手を上げるんだぞ?......まだ削ってないだろ、手を下ろせ...」


 ギュイイィーーーン!!


「ぉがぁぁぁぃぁぁ!!」


 刺客は右手のメタリックな器具をプラリネの口の中に挿入し、歯を削っていく。

 左手は、唾や削った歯の破片を吸い込んでいるようだ。


【プラリネの虫歯が治った】



"フランキーのジム"


「もう一度言ってもらおうか?お前は何に追われていたんだっけ?」


「あの......歯科医のハーディアスが怖くて...逃げてて」


 刺客じゃなくて歯科医?

 つまりコイツの親は、虫歯を心配して治療させようとしていたわけで。

 それを俺は必死こいて邪魔していたわけだ。


「お前は一週間、一人でジムの掃除な!!」


 さすがに反省したようで、プラリネは一切歯向かうこと無く、掃除当番を引き受けた。

 ここまで大事になるとは思っていなかったようだ。


「一応、自己紹介しておく...『歯科医師』のハーディアスだ......彼女のアフターケアも頼まれているのだが...ここに滞在させてもらえると助かる...」


「ムァッハッハッ!構わんよ!ボディビルダーと白い歯は切っても切れない関係だ!ホワイトニングを頼めるかね!」


 下宿許可を出したフランキーを見て、プラリネの表情が曇っていく。

 随分と大所帯になってきたな。


【歯科医師が仲間に加わった】

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