9. The Loser 前編

『ショコラティエ』とは、チョコレートを使って様々な菓子やデザートを作る職人のこと。

 チョコーレートは非常にデリケートな素材であり、調理温度や加工方法によって、味や見た目を繊細に変化させることができる。

 その知識・製法を巧みに駆使するショコラティエは、チョコレートのプロフェッショナルと言えるのである。

 しかし......


◇◆◇◆◇◆


「ケホケホ...風邪ひいたー!」


「雨の中で大声出してたのが響いたか。治るまで休んでろな」


 声優であるトールに、風邪は天敵だろう。

 あの魔法は乱発しないほうが良さそうだ。


「まぁ飯でも食って寝てろ。風邪でも食えそうなの作ってきたから」


「何だろう?良い匂いがするね。パスタ入りのスープかな」


「これは『キツネうどん』だ。風邪の時は、柔らかめの麺を入れたコレを食うんだ」


 手打ちうどんの店でバイトしてた時に、うどんの打ち方を覚えた。

 どういうわけか、この世界は日本の食材と共通した物が多い。

 豆腐を見つけたので、油揚げもバッチリ再現してみた。


「はふっ...はふふっ...うん、何だろう?凄く優しい味がするよ」


「俺のいた世界じゃ、声優が願掛けして食う料理でもあるんだぜ」


「そうなの?じゃあ私にピッタリだね!」


 どっかで観たドラマに、そういうシーンがあっただけなんだけどね。


「それだけじゃ足りないか?他にも何か欲しければ作るぞ?」


「ううん、何かこれ食べてると、不思議と心が満たされていくや。充分だよ」


 いつもならガツガツ食うのに、今日はゆっくりと味わって食べている。

 随分と気に入ってもらえたようだ。


「また後で食器取りに来るから、そのまま置いとけな」


「うん、ありがとね.....エヘヘ」


 トールの額に手をやると、まだ少し熱っぽい。

 しばらくクエストはお休みだな。

 しっかり治せよ、と言って俺は部屋を出た。


「私もいつか、タスクのいた世界に行ってみたいな...」



"ワーカーギルド"


昨日のクエストで破損した武器のことで、ギルド職員に修理できるか聞きに来たのだが。


「ミリオンペンディングが修理できない?」


「申し訳ありません、そちらの武器はかなり古いものでして。製法も材質もさっぱりなのです」


 スキルは問題なく使えたが、ヒビが入ったまま武器として使用するのは不安だ。

 いつ折れるかわからないし。


「あなたがそのジョブに就くまで、長らく小説家になる方はいませんでしたから...ミリオンペンディングは、ギルドの倉庫で長い間、埃を被っていたんですよ。そもそも、いつから置いてあったかのかも、誰も知らないみたいで」


 マイノリティどころか孤独なジョブだった。

 需要の無い装備なんて、取り扱う店は無さそうだ。

 こうなってくると買い換えるのも難しくなってきたな。

 諦めてワーカーギルドを後にした。


「どうだったんだ?修理してもらえるって?」


「ダメだってよ。古すぎて手に負えないそうだ」


 外で待っていたプラリネと合流して、街中をブラつく。


「そんなもんアタシが直してやるよ!コレをこうしてっと、ほら出来た!」


 ポーチから取り出した特大バンソウコウで、亀裂をグルグル巻きだ。

 まぁ、これでも応急処置にはなるか。


「ありがとな、そういえばプラリネは何で住んでた街を出て来たんだ?」


 昨日はヘトヘトだったから聞きそびれたが、この歳で一人旅なんて何かあってのことだろう。


「う!?...まぁ色々あって、アタシの親が刺客を雇ったんだよ。で、追い回されて街から出たんだけど、それでもしつこく追いかけてくるから、あの遺跡に...」


「逃げ込んだってわけか?その歳でハードな人生おくってるな」


 そんな複雑な家庭環境があるのか。

 親が娘に刺客を差し向けるなんて、道理が通らんぞ。

 プラリネも辛かろう、出来るだけ優しく接していこう。


「そこでモンスターに楽しそうに追いかけられてるの見て、助けてやれば宿を世話してもらえるかも、って思ったわけよ」


 助っ人の動機は不純だったか。

 おかげで俺達は助かったんだけど。

 これも運命ってことだろう。


「そんなことより、甘いものでも食べにいこーぜ!もちろんアンタの奢りで...なんちゃって」


「へいへい、好きなの食えばいいよ。お代は全部持ってやるから心配すんな」


「う?気前がいいな。冗談のつもりだったんだけど...優しいじゃんか」


 甘いもの食べようなんて可愛いじゃないか。

 まさかトールほど大食いするってことは無いと思うけど。


 ちょうどクレープの屋台が出ていたので、そこで食べることにした。

 プラリネは、ここぞとばかりにフルトッピングをオーダーしていく。

 何を言っているのか、呪文のように聞こえる注文を、店員は全て聞き取れているようだ。


「ふっふーん、やっぱ甘いもの食べてる時が、一番楽しいよなー」


「口のまわりベッタベタじゃないか。トッピングが全部くっついてるぞ?」


 こういう子供らしい食べ方ってのも、クレープを楽しむコツなのかもしれない。

 スイーツって、楽しさがあるよな。


「ちゃんと舐めるからイイんだよ!......うがっ!...うぅ...く」


「おい、どうした?」


 日常が崩れる瞬間というのは、きっと急に襲ってくるのだろう。

 どんなに遠くに逃げようとも、振り切ることの出来ない不条理。

 プラリネの日常を奪いに来た男......こいつが刺客か。


【刺客が現れた】

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