7. assemble 前編

『チート』とは、騙すことや不正をするという意味を持つ言葉。

 裏技を使ったりインチキな行為を行っているかのような、常人離れした技術に対して使われるスラングでもある。

 しかし......


◇◆◇◆◇◆


 あたたかい布団でゆっくりと眠る、これに勝る幸せなどあるだろうか。


パタパタパタパタ...ガチャ!!


「おはようタスク!良い天気だよ。起きた起きたー!」


 バンっと、勢いよく窓を解放され、陽の光と朝の空気が部屋に取り込まれる。

 幸せを脅かすモンスターのお出ましだ。


「ワーカーギルドにクエスト探しに行くって言ったのはタスクでしょ?起きてってば!」


「むぅぅ、今日は日が悪いかもしれん。明日にしよう明日に...」


「そぉぅりゃっ!」 「ギャーーーーー!」


 なんてことだ、残虐声優による横暴。

 哀れ、布団は剝ぎ取られてしまいましたとさ。


「ほら、早く顔洗って着替えてきなよ。布団は私が干しといてあげるから」


「へーいへい、朝メシはサンドイッチでいいか?昨日の残り物でも挟んじまおう」


 弾けるような笑顔を向けながら、トールは指でOKサインを送ってくる。

 慌ただしい一日が、今日も始まった。



"ワーカーギルド"


「そもそも俺達には、モンスターを倒すスキルが圧倒的に不足してんだよなぁ」


「まともに攻撃できたのって、ファイヤーボールの一回だけだもんね...」


 スクリプトに書いたことは、演じた後にその役目を終えて消えてしまう。

 魔法を使うには、毎回二人で連携する必要があるってことだ。

 正直、使い勝手が悪すぎる。


「とりあえず、身の丈にあったクエストを......」


「おい聞いたか、『ジョブ王』が来てるってよ」

「なんだって?そんなお偉いさんが、わざわざカラーズに何の用だよ?」


 ジョブ王?何だかいつもよりザワついているな。

 見れば受付の辺りもバタバタしている。


「いかん、何も用意してないぞ。あのお方は確かプリンがお好きなはずだ。今すぐ最高級のやつを買ってこい!」

「はい!プリンですね、只今!」


 上司の命令で、クエストカウンターの受付が走って出て行ってしまった。


「タスク、何だかギルド全体がピリピリしてる感じだよ」


「クエストを紹介してもらう雰囲気じゃないな」


 しばらく様子を見ていたが、騒ぎは収まることもない。

 これは出直したほうが良さそうだ。


 外に出ようと思ったその時、噂の男は現れた。

 ガッチリとした体躯に、濃紺のマント。

 オールバックヘアーに、凄まじい威圧感を感じる眼光。

 かたわらには付き人まで伴っての入場だ。


「これはこれは、ワーカーギルドにお越しくださるなんて、光栄でございますです」


 ギルドの偉い人だろうか、妙にペコペコしている。


「こ、この街で一番美味しいと評判のプリンをご用意いたしました」


 さっき、お使いに走った受付の人だ。

 よほど急いだのだろう、少し息が乱れている。


「プリンなど食べるわけがあるまい!そんなものはそちらで処分しろ!!」


 厳しい口調で割って入ったのは付き人だ。

 人の好意に対して随分な言い草じゃないか。


「おい!それは、そこのオッサンのために買ってきたものだろう。処分なんて、あんまりじゃないのか?」


「オッサ...何者だ貴様!!」


「小説家のタスクだ。あんたらこそ誰なんだよ?」


 ジョブ王か何か知らんが、偉そうに権力振りかざすような奴は大嫌いだ。

 こんなのこそ、国の法律とかで締め上げてくれりゃいいんだ。


「このお方を知らないだと!?第100代『総理大臣』エバー・シーゾーンであるぞ!」


 総理大臣......国家権力に喧嘩売ってしもうた。


「数あるジョブの中で、ただ一人就くことを許されるジョブ、そのジョブアベレージは実に330万!」


「......その、ジョブアベレージと言うのは?」


「それぞれのジョブの強さを数値化したものだ。強力なスキルを有する『弁護士』が73万、お洒落で人気のある『美容師』が25万だ。」


「タスク、ちなみに『声優』は16万だそうだよ」


 何となく理解してしまった......これ平均月収の事だろ。

 聞くんじゃなかった。


「総理に対して、オッサン呼ばわりとは無礼の極み!許すわけには」


「よさんか!無礼を働いたのはこちらだ!すまんな若者、この者はワシのこととなると、どうにもこうにも」


「申し訳ありません......どうか、お許しください、小説家殿」


 付き人は総理大臣に一喝され、後ろに控えてしまった。


「ところで、君らは小説家と声優なのかね?フム、少々聞きたいことがある」


【タスク達は別室へと連行された】


「先ほどのことは本当にすまなかった。誤解があってな、ワシは卵アレルギーでプリンは食べれんのだよ。よければ君達で貰ってほしい」


 総理大臣が急に自身の弱点をさらけ出した!?

 目の色を変えて、食欲魔獣トールがプリンに飛びつくのをチョップで制止する。


「家で飼っているイッヌの名前がプリンちゃんでな、可愛くて仕方がない。それでプリン好きという噂が独り歩きしているのだろう」


 イッヌ!?ちゃん付け!?愛犬家!?

 てことはペトルゥはネッコ?ヌッコ?...違う違う、そういうことじゃない!

 総理大臣を前にして頭が混乱してきている。


「それで、聞きたいことというのは?」


「ウム、君達は森で悪魔に遭遇したと聞き及んでいる。また、本来なら声優には扱うことの出来ない火属性の魔法を使用したとも」


「まぁ...マグレと言うか、ポンポン使えてたら苦労はしてないと言うか」


「ふぅむ、古い文献には、魔法は悪魔の力を借りて行使する、との記述もある。何か別の悪魔と遭遇したことは無いかね?」


「いえ、心当たりは...」


 あんなのに何度も遭遇した日には、命がいくつあっても足りない。


「そうか、ワシの取り越し苦労ならば良いのだ。ここ最近、各地で異常が頻発しておってな。つい、疑り深くなってしまった。答えてくれて感謝する」


 総理大臣ともなると、色々なことに気を配る必要があるのだろう。

 ところで、トールがさっきからお預けをくらっていて落ち着きがない。


「......ヨシッ!」 「パクッチョ!はぅん、んっまーーい!!」


 犬かのように食いやがるな...


「緊急事態発生!『要塞マイマイ』が接近中!緊急事態発生!」


【一斉参加クエストが発生した】

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