第24話


月明かりが部屋に差し込む中、薄暗い部屋で、俺はゆっくりと……一言一言噛み締めて言葉を発する。





「アン……アンはもう十分に変われたんじゃないか?」





「……え?」





アンは全く表情を変えることが無かった。それは、息を吐くように、自然に出た言葉だった。





そこで静寂が訪れる。

街の方から住人たちの声が聞こえてくる。その音はどうもこの場には不釣り合いな気がしてならなかった。




「アンは変わりたいと言った。自分を変えたいと言った」





俺は一瞬息継ぎをする。……その一瞬さえも永遠に感じるような濃い時間が流れているようだった。






「今はどうだ? ヘイトの件は解決して、親が見つかるのも時間の問題だ。それに、さっきの半魔族の家族を見ろ、街の人たちを見ろ、あの人たちはアンに助けられたんだ。アンは助ける側になったんだ。ちゃんとアンは……いや、半魔族は変われたんだよ」






一気にまくし立てる。一度でも止まってしまったら、一度でもアンに何かを言われたら、この続きを言えなくなってしまうから。





「俺たちの……契約は終了だ。アンが変われたことで俺もドラゴンの後始末を一つ終わらせることができた。互いに条件は満たしたんだ」






アンとはここでお別れなのだ。俺たちはこれからペイジブルに向かう、アンはこの街に滞在して親が見つかるのを待つのだ。






アンが何か言い出す前に、一方的に言葉をぶつける。





「生活の面なら安心しろ、ジャニーに頼んでアンの仕事も生活の場所も用意してある」





俺はジャニーを見ることで、説明を促す。





「……おう! 俺たちイーストシティの自警団は、アン殿を副団長として迎え入れようと思っている!」





ジャニーは勤めて元気にいっていたが、気まずそうに言っている感が半端じゃなかった。



こいつは本当に素直なやつだよ……






「大丈夫、アンにはこの先イーストシティでの明るい未来が待ってる」



これがアンにとっての最適解なんだ。






俺はこれから先待っているであろう困難の中で、アンを守れるのか……?




答えは否だ。ヘイトとの戦いや、さっきの戦いの中でそれは痛いほど分かっている。





それに、アンの親の情報はヴェリテ王により近いイーストシティの方が集まるはずだ。アンが俺と一緒に来るメリットはない。






 アンという可愛い女の子と離れてしまうことは非常に悲しい。せっかくフラグも立ってきたというのに……だ。





 いや、アンはジャニーに……





 そこで考えることは辞める。






再び訪れるしばらくの静寂……








どれ程の時間が流れたのだろう……突然、ずっと黙りこくっていたアンが口を開いた。







「シルドー様……少しの間でしたが、ありがとうございました」





それは感謝の言葉だった。




 本当に、本当に聞き分けのいい子だ。

 俺としては、もうちょっと粘って欲しかったところだが、彼女も分かっているのだろう。




 このまま俺たちについてきても、迷惑になるだけだと。




 眉を少し八の字にしながら彼女は続ける。






「私は、ここまで変わることができました。全てシルドー様のおかげですっ! 恐らく私ではこれからシルドー様の歩まれる道に着いて歩くこともできないです……」






アンはそう言うと、窓のそばに歩いていく。






「ですが、私はいつまでもこのシルドー様が用意してくださったこの街で待っています!!」





窓の前に着いたアンは、両手でその窓を……窓の向こうの存在を見せてくる。その小さな窓の向こうには、輝く街並みと歓声を上げる民衆の姿があった。





「ですので……いつでも来てください!! そうじゃないと私が会いに行きますからね?」





くるり回ってこちらを向いたアンは、いつものようにニコニコと、しかし目には涙を浮かべて言ったのだった。





流すまいと思っていたものが出そうになる。





 会いに来ようと思えばいつでも来れるんだ、泣いて恥を晒す必要はない。






俺はギュッと口を結んでアンを見つめる。


ふぅ……よし落ち着いた。





「ああ、その時はしっかりとおもてなししてくれよ?」


「はい!」





そう元気にいったこの半魔族の少女の笑みは永遠に、それこそ今世が終わっても絶対に忘れないだろう。







アンはそれから、スタスタとイチジクの前に立った。






「イチジクさん? シルドー様は無茶なことばかりします! 後は頼みましたよ?」


「……はい、言われずともマスターのことはお任せください。それにしても……いいのですか? 本当に行ってしまいますよ」


「はい。私じゃ力不足ですから!……ですが、諦めたわけじゃありませんからね!」


「アンは最後までワガママにはなれなかったようですね? ……何のことかは分かりませんが、早くしないと手遅れになりますよ」





何やら女同士の会話が行われているのを見て、俺もジャニーのもとに歩いて行く。この男には結局最後まで迷惑をかけたな……






「ジャニー、アンのこと任せたぞ?」


「任された!! 男と男の約束だ!!」




ジャニーが握りこぶしを俺に向かって突きつける。




「あぁ……約束だ」





俺も拳をジャニーの前に突きつける。俺の指とジャニーの指がコツンといい音を奏でた。




こうしてイーストシティでの最後の夜が更けていった。








そして……




 ほんわかと暖かい太陽が大地を照らし、春の風が心地よく体にあたる中、イスト帝国の国旗がその風に煽られてたなびき、この街の平和を象徴していた。





翌日、俺とイチジクはイーストシティの門の前に来ていた。


目の前にはアンと自警団の皆が並んでいる。






「じゃあな、シルドー! ペイジブルにはそのうち騎士団が行くと思うから、その時に騎士団伝いに色々話聞くからな!!」




腕組みをした、イーストシティ支部の警備員ギルドの長、ジャニーが俺の肩を叩く。


続いて、その後ろからモブCの声がした。






「こっちのことは任せるっす!!」





こいつにもお世話になったな……まぁ、最後まで名前は知らなかったが。





そして、俺は最後にアンの方を向く。昨日で別れは済ませたから、特に言うことはない。





「じゃあな、アン」


「また会いましょう、アン」




俺とイチジクは敢えて、なんてことは無い、軽い感じで言う。別に今生の別れというわけでは無いのだ。




その時、腹部にアンが飛び込んできた。腕を俺の胴にしっかりと固定し、俺の顔を見上げる。





「少しだけ、成分を補給させてください」




その笑みは痛々しく、やっぱり着いてくるか? と聞いてみたくなる……が、それは口に出してはいけない。そう決めたのだ。






「いくらでもしてくれ! 俺も美少女に抱きつかれて嬉しいからな!!」





これは照れからなのか、ついつい要らないことまで言ってしまう。自分の顔など見れないが、真っ赤になっていることだろう。





それから、しばらくたちようやくアンは俺から離れた。





そして、今度は涙なしに、こちらを見て微笑んだ。




「では、お二人とも……お元気で!!」





「「お互いに」」









こうして俺たちは数々の思い出を生んだイーストシティを旅立つのだった。



アンは大丈夫だ。アンはルビィドラゴン討伐の半額、つまりは1000万ヤンを持っている。話し合った結果、お互いに半分ずつ持つことになったのだ。




初めは全額いらないの一点張りだったが、彼女なら正しく使ってくれると考えてのことだ。




それだけじゃない、この街にはアンを助けてくれる人たちがいる。彼らがいる限り、きっとアンは大丈夫なのだ。




「マスター、今更後悔しているのですか?」


隣を歩く相棒が声をかけてくる。





「後悔は、してない、な……ただ美少女がいなくなって悲しいなってな?」




俺は何たって三度の飯より美少女が好きなのだ。アンのような逸材と離れてしまったのはやはり悲しい。




「おや? ここにもいるじゃないですか、絶世の眼鏡美人が」



「そんなもんどこにいるんだ? 確かにイチジクはめがねだし、綺麗だぞ? でも俺の知る可愛い美少女は、性格も愛おしんだよ!」



「つまり、私の性格は愛おしくないと?」



「そう聞こえたならそうなのかもな〜〜」



「これだから鍋豚は……」



「だから、そういうとこだって!!」





イチジクも彼女なりに俺を励まそうとしてくれているのだろう。本当に不器用な付喪神だな……






「イチジク、これからもよろしく頼むぞ?」


「はい、マスターは私のマスターですので」





こうして鍋蓋と、オートマタ……俺たちの旅はこうしてリスタートしていくのだった。

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