第19話

 風神。

 その通り名で呼ばれるたった一人の存在によって我らが精強なる帝国軍が手をこまねているらしい。

 全く。落ちたものだよね……。

 

「なるほど。では、その風神について何かわかっていることはございますか?」

 

 僕はあくまで自然に第三王女に問いかける。

 何も不自然ことがないように。


「えっとですね。まだ私達もわかっていることは少ないのですが。何をどうやっているのかわかりませんが、何故か向こう側はこちらの動向を知っているようでして」


「なるほど」


「そして、本人もかなりの使い手でして。かなりのレベルの風魔法を使いこなします。嫌らしい戦法を得意としていて、毎回辛酸を舐めさせられてしまっているのが現状です」


「なるほど。よく理解しました」

 

 僕は第三王女の言葉に頷く。

 第三王女。表面上何もおかしいことなんて無い。至極普通。

 調べれば分かる情報。しかし、教えたくはない情報。『何故か向こう側はこちらの動向を知っている』という情報を何のためらいもなく僕に教えることを選択したこと。それは素晴らしいだろう。

 だけど足りない。

 やっぱりまだまだだ。

 よく観察すれば、謀略を得意とする人間であれば気付けるだろう。

 呼吸に少し違和感があることを。少し足が動いたことを。軽く手を握ったことを。

 十分だ。十分すぎる。

 それだけの情報があればわかる。

 目の前の少女が何を考えているのか。僕と同い年くらいの少女何を思ってここに立っているのかを知るには。

 

 こいつが風神だ。

 

 間違いない。

 バレバレだ。最初からこいつが疑わしいと目星をつけていた。そして、今目の前に立って確信を抱く。

 もしかしたら本人ではないかもしれない。ただの協力者かもしれない。でも、繋がっているのは間違いないだろう。

 風神のことを聞き、怒りの感情を見せるならともかく、緊張の感情を見せることなどおかしいと言わざるを得ないだろう。

 黒だ。

 

「では何か対策を立てなくてはいけませんね」


「そうですね」

 

 だが、この場では言わない。

 言っても無駄だ。

 僕は平民だ。平民なんかの言葉など信じてもらえない。あっさりと握りつぶされ、殺されるだろう。

 良いタイミングを待つしか無いだろうね。

 今は待つ時間だ。

 すべてはこいつを第二王女の傘下に入れるため。

 ……はぁー。

 なんで僕が第二王女のために動かなくてはいけないんだか。

 面倒だ。本当に。

 僕は少し憂鬱な気分になりながら書類仕事を再開した。

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