第98話 交わらなかった者達の再開

 

  ☆ □ ☆ □ ☆


「おいおいおいおいっ! 避けてばっかりじゃぁ勝てるもんも勝てねーぜぇ!!」


  槍を避けつつ、隙を探る。

  けれど、隙といった隙が見えてこない。


「僕についてこられてるかい、団長!」

「そんな口叩いてる暇があるなら、さっさと手を動かせ」


  ハガレはそう言うと、二号の懐に潜り込んでいく。それに対応するように、二号は槍の柄を短く持つ。


「『桃弧棘矢』」


 槍をゆったりと弧を描くように振るってくる。直感的に危険だと察知したハガレは、その場から距離を置いた。


「ミユキ、気をつけろ。攻撃の向きを変えられるギリギリの速度だ」


  通常、攻撃をしている最中に向きを変えるためには力がある程度必要となってくるうえに、ほんの一瞬だけ隙が生まれてしまう。だが、さっきの攻撃の速度だと、向きを変えたとしてもほとんど隙はできない。

  つまるところ、先程の動きは一見守りに入っているように思えるが、少し見方を変えれると攻撃になるものなのだ。


「僕がスキルを使って攻めきるというのは?」


 彼が提案しているのは、自分のスキル『氷鬼』を使用して攻めるというもの。その案は最初にハガレは一度考えた。だが、それは奥の手段だと却下する。


「いや。それだと、お前の消耗がまずいレベルまでいく」


  『氷鬼』は強いが、使いすぎると後々の戦闘に影響が出る。敵は目の前の男以外にもいるのだから、そう簡単に御幸を潰すわけにはいかない。


「おや、どうかされましたか」


  穏やかな声音で、二号はそう言葉を投げかけてくる。――そこで、ようやく気づいた。


「ちょっと……鳥井 御幸を、探しに」


  瞬間、ハガレと御幸がほぼ同時に飛び退いた。

  彼らが立っていた少し後ろには、さっきまで影もなかった鎧を纏った人物の姿があった。


「その方なら、そこの人ですよ」

「……」


  二号が御幸に向けて指を指すと、一号の視線も御幸に向かう。


「貰ってもいい?」

「どうぞどうぞ」


  何やら話が勝手に進められているようなので、御幸はどうするのか、ハガレに視線を向けた。


「……ミユキ、相手してやれ」


  簡潔に告げてきたその言葉は、御幸一人で一号を相手しろということでもあり、ハガレ一人で二号の相手をするという意味であった。


「僕はともかく、団長は無理では?」

「失礼だな、お前は」


  即答で無理だと言い切る御幸に、ハガレはシラっとした視線を向ける。


「……まあいい。どちらにせよ、こちらに拒否権なんてないのだからな」

「それは――」


  何故、と続けようとした御幸はすごい勢いで吹き飛ばされてしまった。

  クルクルと宙を舞う御幸へ、追撃とばかりに一号が飛んで向かっていく。御幸と一号との戦闘が始まったことを認識すると、二号はハガレの方へちらと視線を向けた。


「どうしますか、ここで逃げるのなら追いかけることはしませんが」


  にこやかにそう伝えてくる二号へ、はんっとハガレは鼻で笑う。


「若いやつが頑張ってるんだ。団長が逃げ出してどうする」


  それに、他に誰もいない状態の方が都合がいい。

  にぃっと笑みを浮かべるハガレを見て、二号はにこやかな仮面を剥ぎ捨て怪訝な顔をする。


「二人がかりでようやくと言った実力差なのに、どうするつもりだい?」

「基本的に、騎士団レベルの連中は何かしらスキルを持ってるもんだ」

「つまりは、この状況を逆転できるほどのスキルを持っていると?」

「そんな大したもんじゃないがな」


  騎士団に所属する者達は口を揃えて言う。

  『団長とだけは戦いたくない』と。


「まあ団長の名に恥じない程度の実力ぐらいはある」


  不吉な男は、不気味に嗤う。

  闇の奥底から這い上がったかのように濁ったその瞳で、二号の姿を映す。


「このスキルはあまり好きじゃないのだがな」


  低く重いその声音で、スキルの名前を紡ぐ。


「『地獄の沙汰も金しだい』」


  ☆ □ ☆ □ ☆


「『変幻自在』」


  向かってくる敵を一掃しながら、彼は疲労の籠ったため息を吐き出した。終わりの見えない戦いは、かなり精神への負担が大きい。


「とは言っても……」


  少しは休めそうである。周りは人の気配もないので、わざわざ探さなければ暫くは安全だろう。

  ふっと安堵の息を漏らしながら、今後のことについて思考を巡らせる。今現在、啓大の周りには敵味方含めて誰もいない。

  ――そのはずだった。


「こんにちは」


  にゅっと突然視界に少年が現れた。


「くっ……!」


  すぐさまスキルを発動させようとするものの、それよりも前に三号は視界から消える。そして、今度は背後から声が聞こえてきた。


「なんでそんなに警戒するかなー。別にとって食ったりはしないよ?」


  人畜無害そうな、人懐っこい笑みを浮かべる三号に対し、それでも啓大は警戒を解こうとはしない。


「……何か用ですか」


  じとっとした目を向けると、三号は人差し指を顎に当てる。


「んー……警戒は解けないか。ま、いっか。用はね、君をある人に会わせることだよ」


 コロコロと表情を切り替えながら話す三号。

  見た目は完全に悪意のない子供。けれど、啓大には何となく悪意とも敵意とも殺意とも違う、真っ黒いなにかが見え隠れしているように思えた。


「なぜ、そんなことを」

「え、面白そうだから」


  簡潔に、ばっさりと。言い切る少年の姿からは、嘘を言っているようには見えない。つまり、本気で面白そうだという理由で啓大に接触してきたのだ。


「会わせたい人、っていうのは」

「貴方に関係のある人だよ。もっとも、どんな関係なのかは貴方に気づいて欲しいところだけどね」


  そう言い終わると、今度はすぐ目の前に姿を現す。そして、掌を啓大の胸に当てた。


「それじゃあ、頑張ってね。『テレポート』」

「は……?」


  視界が一瞬暗転したかと思うと、見覚えのない場所に立っていた。最後に聞こえた声からして、転移魔法を使われたのだろう。


「ここは……」


  なにか情報はないかと、辺りを見回してみる。どこかの街のようで、つい最近まで人が住んでいた気配はあるが、今は誰もいない。もう少し奥まで行ったら、人がいるのかもしれないが。だが、今はそんなことよりも――


「な……んで……」


  啓大が視線を向けた先には、呆然と立ち尽くすフードを被った少女の姿があった。

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