第97話 舞台の仕掛け人

 

「……久しぶりだね。元気にしてたかい?」

「色々と楽しくやってましたよ」

「そうかい。それなら良かったよ」


  薄暗い一室。現魔王、アーロゲンドの背後の大きな瓶のようなものの中に、セシルは眠っていた。


「……何の真似だ」

「うん? 何かな?」


  何を怒っているのか分からないとばかりに、肩を竦めて白々しくそう言ってくる。


「惚けてんじゃねぇよ。俺を追いかけ回すわ、仲間を拉致るわ、どういうつもりだって聞いてんだよ」

「彼女を連れてきたのは別の用だけれど、追いかけたのは、ほら、防衛塔爆破の容疑者としてね」

「だから、それは関係ないって言ってんだろ」


  シモンから伝わっていたと思っていたが、納得してなかったのかよ。無言で睨みつけていると、アーロゲンドはすっと目を細めた。


「……ふむ。嘘は言っていないようだね。君の手配は取り消すよ。ささ、帰った帰った」

「喧嘩売ってんのか? 言っただろうが、仲間を取り返しに来たって」

「言ってないんだよなぁ」


  なにか白い目で見られているような気がするが無視だ無視。どっちにしろ、俺がやることは変わらない。


「退職金を請求するぜ。てめぇの命で手を打ってやらぁ!」

「まだ根に持ってるのか」


  腰を低くして駆け抜ける。アーロゲンドの懐に潜り込み、首を狙って剣を抜く。


「ふむ。突然斬りかかってくるなんて、酷いじゃないか」


  剣を掴まれ動かない。骨だけの体のくせにすごい力だ。どっから出てんだ、その力。


「『バースト』」

「――っ!?」


  剣を中心に衝撃がはしる。


「くっ……」


  少しだけではあるが、吹き飛ばすことに成功した。

  『補強』を使って事前に剣に気を纏わせておいて、近くまで来た瞬間に『バースト』で吹っ飛ばす。攻撃力は無いに等しいが、虚仮威しには十分使える。


「隙ありぃっ!」


  怯んだアーロゲンドに向かって駆けていく……と見せかけて、セシルの下へと駆け抜ける。


「はぁ……仕方がないか。『変幻自在』」


  ぐにゃりと床が捻れたかと思うと、細いドリルのように変形してこちらに迫ってくる。


「なんで啓大のスキルが……ちっ!」


  セシルの下へ近づくのは諦めて、瓶のようなものに目掛けて短剣をぶん投げる。短剣は直線的な軌道で、瓶の中間部分に突き刺さった。

 

「……念の為聞くが、あいつ生きてるよな?」


  長時間水の中に入れられているのであれば、溺死しているのが普通だ。けれど、あの水の中にいる彼女は死んでいるようには見えなかった。


「ああ、もちろん。彼女は生きている必要があったからね。あの水は特殊で、あの中にいると老化も防ぐんだよ」

「ならいい」


  それならば、心置き無く戦える。隙を見て連れ出すことも考えはしたが、あのスキルをアーロゲンドが使える限り難しい。気絶なりなんなりさせなければ。


「っていうか、なんで啓大のスキルが使えるんだよ」


  そう尋ねると、アーロゲンドは一瞬言うべきか迷うような仕草をとった。けれど、


「私のスキルは『死霊操作』。このことは知っていますよね?」

「まあ、そうだな」


  『死霊操作』。それは、死んだ人間を操れるといったスキル。人数は限られているものの、死体があれば誰でもというところが中々強力なスキルだ。


「そして……セシルくんのスキルは『模倣』。見たスキルを真似することができる素晴らしいスキルだ」

「……そういうことかよ」


  そこまで言われて、ようやく何を言おうとしているのか理解する。つまり、アーロゲンドの今のスキルは。


「私は、使役している死霊のスキルを使うことができるのさ」

「条件が厳しくなってんじゃねぇか」

「ちょっと強引な手だからね。多少のデミリットはあるさ」


 剣を構えると、アーロゲンドは手をかざす。おそらくは、スキルをいつでも行使できると牽制しているのだろう。


「随分と喋ってしまったようだ」

「今更かよ。時間稼いでいるのかと思ったぜ」

「ははは、そんなことはしてないよ。でも、時間といえばそろそろか……」

「何がだ?」


  眉をひそめて睨みつけると、まあまあ落ち着けとばかりに肩を竦めてみせてきた。


「ちょっとね」


  意味深な言葉を口にして、アーロゲンドは得体の知れない笑みを浮かべるのだった。


  ☆ □ ☆ □ ☆


「ちぃっ!」


  体が紙くずのように軽々しく投げ飛ばされる。地面に何度もリバウンドし、壁にぶつかってようやく止まった。


「痛てぇ……!」


  激痛に堪えながら起き上がる。そうこうしているうちに近づいてるんだよな。

  壁を蹴ってその場を離脱。それとほぼ同時に壁が爆発したみたいに破壊される。


「『具現化』」


  真緒は鋭さのみに特化した投げナイフを生成し、一号に向けてぶん投げる。それを一号は避けるでもなく、自身の身長ぐらいはありそうな大きさの大剣を、器用に振り回して破壊した。


「相変わらず強いな……」

「勝敗……有耶無耶になってたから嬉しい」

「わたし的にはあのまま有耶無耶でも良かったんだけどよ」


  バールを取り出し、殴り掛かる。振りかぶったところを受け止めるように構える一号の懐へ、体勢を低くすることで潜り込んだ。

  そして横薙ぎに振るうものの、一号は軽いバックステップで避けきる。さらに追撃で一撃、二撃と振るってみるがそれも軽やかに躱されてしまう。


「当たらない……!」


  速い――のではない。確かに速いが、それ以上に立ち回りが上手い。自分の射程圏内かつ、真緒の攻撃にすぐに対応出来る距離を保ち続けている。

  一合二合と続けていくうちに、明確に実力差が分かってしまう。おそらくは、一対一では勝つことは出来ない、と真緒は早々に決めつける。


  ならば、一号の相手は誰が適任か。

  八代と啓大は、身体能力のゴリ押しで押し切られる可能性がある。秀一は優先順位的にこちらを任せる訳にはいかない。ならば――


「なっちゃん! 鳥井だ、鳥井! 鳥井 御幸!!」

「はあ!? 何がだよ」


  消去法で選んだ、というのもあるが、それでも確かに適任だと思う。彼は対人戦にも慣れているだろうし、スキルも一対一にぴったりだ。


「いや、だから、鳥井に手助けしてもらって――」

「こんにちは」


  にゅっと突然視界の中に現れた少年に驚き、思わず大きく飛び退いてしまう。


「……三号」


  一号は動きを止めて、咎めるような声で少年を呼ぶ。


「ごめんね。悪いけど、このお姉さんたち、僕が貰うから」


  一号の方へ顔を向け、そう言い放つとふっと姿を消した。


「ね、いい所連れて行ってあげるからさ」


  背後から声が聞こえてきたので、すぐさま後ろを振り向いた。


「……なっちゃんに何をした」


  後ろにいたはずのナツミの姿が消えていて、代わりに三号と呼ばれる少年だけが立っている。


「そんな怒らないでよ」


  一瞬で距離を詰めてきた少年は、そっと真緒のお腹に触れた。


「悪いようにはしないからさ」


  にっと意味深な微笑み浮かべながら、三号は続ける。


「『テレポート』」


  視界が一瞬暗転したかと思うと、どこか見覚えのある街並みに切り替わった。


「なんで……」


  声が漏れる。その声は、思わず零れた驚き。

  その街並みは、見覚えのあるギアルガンド。けれど、その光景は見慣れたものではなかった。


「なんだよ、これ……!」


  奥歯を噛み締め、瞳孔が開く。

  怒りからか、血が滲むほど強く拳を握る。


「なんで……魔の領域にいた魔物がここにいるんだよっ!」


  真緒の叫び声に、誰も答えない。ナツミもその場で呆然と立ち尽くし、燃え盛る民家を眺めている。

  魔の領域で見た魔物が、それよりも凶暴そうな魔物が、そこで民家を、日常を、壊していた。


「……おい、ぼーっとしてる場合じゃねぇ! しっかりしろ!!」


  ショックからか怒りからか、拳を強く握って動かない真緒を揺さぶりながら、思考を巡らせる。


  この予測していなかった状態で、どう動くかを。


  ☆ □ ☆ □ ☆


「……」

「そんなに怒らないでよ。ごめんねって言ったじゃん」


  三号が何度も謝り倒すが、一号はふーんとそっぽを向いて取り合おうとしない。

  楽しみにしていた勝負を邪魔されたことが気に入らないようで、どうしようかと三号は頭を搔く。するとパッと真緒の言っていた言葉を思い出した。


「そういえば、あのお姉ちゃん鳥井 御幸に助けを求めようとしてたよ」


  その言葉に、ピクリと一号が反応を示す。

  それを見てにまぁと笑うと、三号はさらに続ける。


「ってことは、その鳥井 御幸って人、さっきのお姉ちゃんと同じぐらい強いんじゃない?」

「……確かに」


  納得してくれたようで、踵を返してこの場から立ち去っていく一号。どうやら、その鳥井 御幸を探そうとしているらしい。この状態はきっと、真緒の当初の理想だったのだろう。真緒がこの場にいないのでどうしようもない事だが。

  一号の様子に三号はほっと一息を吐くと、これからのことについて思考を巡らせる。


  まずは、あの二人を飛ばせる事が出来た。

  であるならば、この状況下でいなくなってもギリギリ破綻しない人員は……。


「彼か」


  一つ思い浮かんで、彼もまた踵を返す。目的の人物にはここにはいない。だから、ここから向かうしかない。


  次の瞬間には、少年の姿も鎧姿の人物の姿も消え去っていた。

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