最終章 魔王と勇者
第93話 作戦会議
コンコン、と軽くノックをする。
少し間が空いて、「どうぞ」と返ってきたので勢いよく扉を開けた。
「よう、全員集まってる……か……?」
勢いが少しずつ削がれていって、途中で部屋に入ってくるテンションを間違えたことに気がつく。……え、なんでこんな物々しい雰囲気を醸し出してるの? 俺、なんかやっちゃいました?
「おかえりー。何か成果でもあったのか?」
「ただいま。まあ、上々ってとこかな」
曖昧な言葉を使って誤魔化す。これ以上追求されたくはなかったので、部屋の外で待機していたアンさんを強引に連れ込んだ。
「色々あって、こいつも協力してくれることになった。名前は……あー、アンさんだ」
「アンドレだよアンドレ……」
またかとため息を吐くアンさん。もういいじゃねぇかアンさんで。俺の知ってる限りじゃあ、全員アンさん呼びだぞ。
不意にガタッと音が耳に入ってきた。
「ん……?」
「あ……」
音のした方へ視線を向けると、ナツミさんが驚愕の表情で固まっていた。
「えーっと……ナツミさん、体、大丈夫?」
「それは大丈夫だ。そんな事よりアンドレ、お前……」
「すいませんでした!」
え、なになになんなの急に。なぜか唐突に謝り出したアンさんに目を白黒させる。だが、俺とレイ以外のメンバーは、なぜアンさんが謝っているのか知っているようで、厳しい顔をしていた。
「おい八代、どういう状況だよこれ」
近くに座っていた八代の横に座りつつ、そう問いかける。
「ふむぅ。実は我らも先程知ったことなのだが、ナツミ殿がここ数年世話になっていたミルカンディアが侵略されたのだ」
「え、それ本当なのか?」
「有力な情報だそうだ。もう少ししたら、正式に発表されるだろう」
ちらっと八代が御幸に視線を送ると、彼は無言で頷きを返してきた。
となると、ナツミさんとアンさんのあの様子からして……ああ、そうか。
そこでようやく思い至り、察する。あの暴君はもう居ないのだと。
「別に責めるつもりはないよ。ただ、この団体に加わるってことはあんたが逃げた連中と戦うってことになるんだぞ」
「それは、分かってる。ここに加わるって決めた一番の理由がそれだからよ」
「そうか……。まあ、好きにしろ」
どうやら話し合いは終わったようだが、空気はめちゃくちゃ重たい。作戦について話したかったが、この空気の中で切り出すのは少々勇気がいる。
だが、ここで後日に回せるほど時間に余裕がないことは確か。……ええいままよ!
「これから、作戦について話してもいいか?」
俺がそう切り出すと、一斉に視線がこちらに集まり、続いてナツミさんへと収束する。
「……ああ」
少しの間、考え込むような間をとったあと、ゆっくりと首肯を返してくれた。ミルカンディアの件の当事者である彼女が許可を出したことにより、張り詰めていた空気が少しだけ弛緩した。
「えー、今回は私事に付き合ってくれてありがとう」
ちょっと砕けた社交辞令を述べておく。
「つっても、この感じからしてわたしらも無関係じゃいられなさそうだしな」
外を指し示して、そう言った。
「魔王軍が本格的に攻めたってことは、王都に総攻撃を仕掛けてくる可能性は十分にある。それに攻撃を仕掛けてこなくても、人間側から行くだろうし」
「ふぬぅ。となると、人間側の魔王討伐部隊に混ざるべきか?」
確かに人間側の軍と一緒なら、ある程度戦力が増す。しかし俺はその案はダメだと首を横に振る。
「こっから準備となると、どれだけかかるか分からねぇ。それに、あと少ししたら魔王軍からの総攻撃が絶対に始まる。そうなったら、人間側は防衛に全力を注ぐだろ」
「なんでそんなことがわかるんだい?」
「同盟相手の置き土産でな」
言葉を濁しつつも、大事なことは伝えておく。
「となると、人間側を頼るのは難しいか……」
「……魔王軍が総攻撃を仕掛けて、魔王の傍に敵が少ない時を狙うとかは?」
秀一がうーむと唸っていると、おずおずと啓大は手を挙げてそう提案してきた。
「それが一番手っ取り早いよなァ」
「そうだな」
それに対してシモンが首肯し、それにつられて俺も頷く。
「とは言っても、戦力はどうするよ。人間側を見捨てるわけにはいかないだろうし」
ちらっとナツミさんは御幸の方へ視線を向ける。
「そうだね。出来れば、僕はその総攻撃とやらの防衛に回して貰えないかな?」
「まあそりゃあそうだよな」
一応手を貸してくれるといっても、この国の騎士団副団長。さすがに国存亡の危機に別のところへ向かうのは気が引けるようだ。
「ならさあ、全員で一気に殴り込みに行けばいいんじゃない?」
「うっさい。クソ上司うっさい」
クソ上司の脳筋案を適当にあしらう。このメンツでも、あのメンバーから真正面から戦えば負ける可能性が高い。つまるところ、魔王が城に残ったところを狙うという、啓大案しかないのだ。それをあちらから誘っているのが気にかかるが……。
「ここまで付き合わせてしまって申し訳ないと思っている」
姿勢を正して頭を下げる。何を今更……といった視線が突き刺さるのを肌で感じとるが、それは無視する。
「手前勝手なのは重々承知だ」
これから俺が言う言葉は、現魔王打倒を掲げて集めたメンバーを裏切る行為に他ならない。
「だが、頼む」
勝率は低いし、確実性もない。けれど、これである必要性はある。このメンバーに人間側の防衛に回ってもらう。そう、つまり――、
「魔王と一対一でやらせてくれ」
人間を見捨てて全員で魔王を倒して向かえば、確実に勝てるだろう。だが、それではダメだ。それでは彼らの帰る場所がなくなってしまう。そして相手はこのメンバーをフルにぶつけなければ、勝てる相手ではない。
つまるところ、この勝負は俺が魔王に一対一で勝つことが必要なのである。
場はシンっと静まり返り、視線が肌に突き刺さる。
「それ、本気で言ってんのか?」
真緒がいつものおちゃらけた態度ではなく、こちらを見定めるような表情で見てくる。
「……ああ」
ゆっくりと首肯を返す。けれど、真緒はそれを見ると瞑目するだけで特に何かを言い出す訳でもない。
「いや、それは危険だよ」
代わりに声をあげたのは、秀一だった。
「さすがに一人だと、予想外の事があった時の危険性ももちろん、今回の目的であるセシルさんの奪還を失敗する可能性も高くなる。せめて、もう一人ぐらいは……」
「特別に僕が力を貸そう。それならば、誰も文句はないだろうからね」
秀一と御幸が、そう提案してくるがそれを俺は横に首を振って否定する。
「大丈夫だ。一人でも何とかやれる」
キッパリと言い放ったものの、二人はなおも食い下がろうとする。けれど、思わぬところから助け舟が出てきた。
「まあ、セシルさんの奪還のみを考えるなら一人でも問題ないと思うけど」
ボソリとした声音に、その声の主へと視線が向けられる。
「実際、奪還に成功しても帰る場所がなくなってたら意味が無い。ので、防衛の方に力を回すというのは間違ってはいないと……思う」
反対二、賛成一といったところか。自然と、俺、秀一、御幸、啓大はまだ答えていない人へと視線を向けた。
「あー、……私はまあ、確かに心配ですけど、サトウさんも何か考えがありそうですし……」
「一人の時を狙うって言っても、腐っても魔王だ。そう一筋縄でいく相手じゃねェぞ」
「兄ちゃんと同意見」
反対4、賛成2か。となると、残る人全員が賛成しない限り棄却されるか。
「うむぅ……」
部屋にいる全員から視線を注がれて、照れたのかなんなのか視線を合わせず、天井を眺めながら唸っていた八代は重々しく口を開いた。
「盟友よ。我は貴様の選択を止めはせぬ。その決断は、過去との決別に必要なこと。そうだろう?」
「ああ。何言ってんのか分かんないけど、そうだ」
ってか、顔見ろよ顔。天井に話しかけてんのかよ。
本人の低い声と言っている姿からして、ギャグにしか見えないので大変困る。え、これ笑うとこ?
「ふっ……という事らしいぞ、諸君」
「いや、何言ってんのかわかんねェんだが」
……取り敢えず賛成3ということで良いのだろうか。
「さて、それじゃあ……最終的な判断は君たちに託すよ」
最終的なって……ナチュラルにハブかれてるアンさん……しかも本当に無自覚っぽいのが涙を誘う。
そんなどうでもいいことは置いておいて、最初に話したっきり押し黙っている真緒へ俺も視線を向けた。
「……別に、わたしとしては文句はねえ。なあ? なっちゃん」
「ま、そうだな」
あっさりとした反応に、肩透かしをくらう。
……取り敢えずは賛成5、反対4ということでいいのか……?
「いや、ちょっと待ってくれ。さすがにこれを多数決で決めるのは……」
「おいおい宮村さんよ、決まったあとから言うのは無しだぞ?」
「……そっち方面でも計画は練っていたからそこまで問題は無い」
なおも食い下がろうとする秀一を、真緒とナツミさんが黙らせる。
「吉岡の言ったことも一理ある。そこのバカが出来るって言ってんなら、どうにかするだろ」
「それって……」
呼び方に何かしら悪意が籠っているように感じたが、きっと気のせいだろう。うん。
「それに、魔王軍を壊滅出来たらそれはもう魔王を倒したのと同じようなもんだろ」
ナツミさんはそう言うと、にやりと嫌な笑みを浮かべた。
「戦力はほぼ拮抗してんだ。あとは配置を完璧にすりゃあ、負けはない」
そう宣言する声音には、自信とやる気……そしてこちらからは伺い知れない何かが籠っていた。
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