第92話 真実と嘘

 

「余裕綽々なようで」

「いやいや。流石にあと二、三発喰らえば倒れるだろうさ」

「そんな感じの態度を余裕って言うんだよ」


  吐き捨てるようにそう言って、精一杯の睨みをきかせる。もう一回やるか? いや、通用するわけが無い。二度目も通用するだなんて甘い考えは捨てろ。

  俺が持ってるカードは二枚。

  一枚目は俺のスキル。だが、さっきので使える技はほとんど。『補強』があるが、あれは攻撃手段じゃないからな。

  二枚目はレイのスキル。レパートリーは豊かだが、条件故にこの状況で上手く使えるかは運も絡む。

  ルノーは外で待機だから、俺とレイでどうにかしなければならない。


「それじゃあ、……行くよ」


  ――っ! 速い!

  駆け寄り放ってきたストレートを、両腕をクロスさせて受け止める。それを読んでいたかのように、寸前で拳が静止した。

  来るはずの衝撃が来ない。そのせいで、気が一瞬だけ緩む。それを見逃すシオではなく、注意を向けていない足を払う。


「やばっ……!」


  一撃で沈めようとしたのか、深く踏み込み拳を振り下ろす。だが、ギロッと眼が横に向いたかと思うと大きく後ろへ飛び退いた。

  それから少し遅れてさっきまで彼女がいた場所を通り抜ける短剣。それはタタンッと小気味よい音を立てて壁に突き刺さった。


「やっぱり一対二というのは厄介だね」

「今更ルール変更、なんてなしだぜ」

「さすがにそんなことを言い出さないさ。そうだろう?」


  何もかも見透かしたかのように問いかけてくるシオに、苦々しく首肯を返す。


「雑談もいいが、手を動かした方がいいんじゃないか?」

「言われなくても、そうするよっ!」


  ステップを踏んで助走をつけて、シオとの距離を一気に詰める。

  彼女との距離がほんの数メートルになった瞬間、拳が繰り出されるもそれは屈んで避け、駆け抜ける。


「ゴリ押しィィ!!」


  ぶっ飛ばすつもりでタックルをしてみたが、シオは俺を抱きかかえるように触れると勢いを分散させながら、俺の体を後ろへ投げ捨てた。


「『血濡れの舞踏会』」

「おや、これも条件に当てはまるか。面倒だなぁ」


  そう零しつつも、冷静に周囲に目光らせ飛来してくる短剣を避けきる。一本も当たらねぇのかよ……!

  クソが、と小声で呟きながらまたしても視線を巡らせる。正攻法でやっても勝てる気がしねぇ。そうなると、何かを使って奇策で攻めるしかないのだが……。


「ほらほらどうしたんだい? 怖いのかな?」


  あからさまに挑発してきやがって。ただ、こんな長髪に乗るほど子供ではない。というか、シオのやつも分かって言ってるんだろう。意味はなくても挑発したい、冷静さを欠かす程ではなくとも怒らせたい。そんな性根の悪さが垣間見える。


「……なんか謂れのない風評被害が起きてる気がするんだけど」

「気のせいだ気のせい」


  心まで読めんのかよこいつ……と思いつつも、違うっぽいので適当に誤魔化す。

  話し合い……は無理だよなぁ。こうやって戦ってるのだって、訳ありみたいだし。


「……? どうかしたか?」


  ちょいちょいっと服の裾を引っ張られ、引っ張られた方へ視線を向ける。


「そういえばさ、」


  続けられた言葉に、そういえばそんなものもあったなと思い出す。上手く使えるか、使ったとして通用するかは分からない。ただ、これ以上有効打が見えない以上、やってみるだけの価値はある。


「それじゃあ、こっちで気を引いとくから頼んでいいか?」

「了解」


  目標に向かって走り出したレイを見て、それを止めるべくシオは大きく踏み込んだ。が、レイに到達するより前に俺は二人の間に割って入る。


「お前の相手は俺がなってやるよ!」

「なにかしようとしてる彼女を優先したいんだがね!」


  ちっ、ちょっと立ち位置が悪いな。殴りかかってきた彼女の拳を、紙一重に躱しながらどうにか動かせないかと思索する。

  俺が動いて誘き寄せてもいいのだが、それだとレイの方へ行かれてしまう。そうなると、最悪作戦に気づかれてしまい、利用される可能性がある。


「考え事とは余裕だね」

「なんも考えずに戦って勝てる程度の相手じゃないもんでね……!」


  顔に向かって放たれたストレートを、首を傾け躱しつつ懐へと潜り込む。しかし膝が迫ってきていたため急停止し、最初と同じぐらいの距離を置く。ふっと気が緩んだその瞬間を逃さず、喉に向けてラリアットを仕掛けきた。


「がっ……!?」


  視界が揺れてバランスが崩れる。ここで倒れ込むのはまずい、瞬時にそう判断し無意識にだが空を掴む。


「『螺旋』!!」


  ほぼ反射的に放ったその攻撃は、体勢が崩れていたこともあって大した力は持っていない。案の定、空中で体勢を整えて、綺麗に着地をきめる。

  着地した位置は玄関の少し前。

  ――ここだ。ここしか、今しかない。


「レイっ!」

「はい!!」


  またしても反射的に、レイへと指示を出していた。それに勢いよく返事をしつつ、彼女は電気のスイッチを破壊せんばかりにぶん殴った。バキッと押し潰されたような音が鳴り響く。


「おや、それは一体なんのつも……っ!?」


  初めてシオの表情が苦痛で歪む。そして次の瞬間には、ふらりと全身から力が抜けて床へと倒れ込んでしまった。


「……あー、そういう事か」


  痺れて動けないはずなのに、倒れ込んだまま彼女は納得したかのように声をあげる。


「君は忍者屋敷に住むだなんていう夢でもあったのかな?」

「忍者、って割には科学的だけどな」

「それもそうだな」


  ちょっとした軽口の応酬。これ以上続けると、レイがついて来れなくなるか。今でも若干ついてこれてないし。


「決着、ってことでいいのか?」

「……動きようがないからねぇ。これはわたしの負けだよ」


  言い訳するかのような、何者かに言い聞かせるかのようなそんな物言いだった。


「さあ、早くトドメをさしたまえ」

「なんでだよ。わざわざ味方を殺すわけねぇだろ」


  そもそもとして、なぜいきなり戦いだしたのか、その理由も聞いていないのだ。


「死ぬのは怖くないのかよ」

「怖くはないね」


  そう即答するシオからは何も感じとれなくて、少しだけ不気味に思えた。

  いっこうにトドメを刺そうとしない俺を見て、しょうがないなと彼女はため息を吐く。


「一つ情報を与えてあげよう。これは、わたしが言わなくとも時期に分かるものなのだが……現魔王のスキルは、『死霊使い』だ」

「それって……」


  レイが言わんとすることを察したらしく、口元に手を添えてそう声を零した。

  『死霊使い』。それが名前通りの能力であるのなら、彼女のトドメを刺せという言葉からして……。


「命令なりの穴を突いて、騙し騙しやってきたけどさあ、流石にそろそろ限界だと思ってね」

「つまりは、お前はもう死んでいて、アーロゲンドに操られている、と?」

「……ん、まあ概ねそんな感じさ。だから今殺しておかないと、後々敵になるだろうし足を引っ張ることにもなる」


  淡々と話すその姿からは、死への恐怖心など全く見えず、ただ合理的に判断した決定事項を伝えているように見えた。


「けど、セシルの身はどうなる。それに内部の情報というのは、多少足を引っ張っても帳消しにするぐらいの価値があると思うが?」

「彼女の事ならわたしが居なくとも大丈夫。元々、一ヶ月は殺す事は出来ないだろうし、しない。情報については、外で待機しているアンドレくんに一通り話してあるよ」


  なんで突然アンさんが話に上がってきてんだよ。というか、アンさんとシオって接点あったか?

  不意に浮かんでくる疑問に一旦蓋をする。今はそれどころじゃねぇな。


「というか、なんで君は引き留めようとするんだい?」

「それは……」


  答えられない。だって、彼女との関係なんて今回の同盟以外だと、一度戦ったぐらいの関係なのだ。だから、引き留める理由なんてさっきの二つで全て。言えることなんて何も無い。


「頼むよ。自分の体が、自分の意思で動かせなくなって、他人の意のままに動かされるなんてごめんなんだ」


  縋り付くような、弱々しい態度に俺はついに何も言えなくなる。


「自害は禁止だなんて、面倒な命令が無ければ勝手に死んでたんだけどさ」


  諦めたようなその口ぶりから、どうしようもないのだということが伝わってくる。


「……分かった」

「……ありがとうねぇ」


  礼を言われる筋合いはない。殺すことに対して感謝なんて、されたくない。


「最期に何か、言いたいことはあるか」


  もしも彼女が最初にあった時と同じく敵だったら、躊躇なく殺せた。けれど、今はそうでは無い。セシルを助け出すための道を示してくれた恩があるのだ。


「……そうだね」


  だからせめて、苦しまないように、死んだことに気づかないほどに、一瞬で俺は彼女を殺す。それがせめてもの、恩返しになればと思うから。

 

「……」


  不意に、俺に向かっていた視線に気がつく。

  見たことの無い瞳だった。狂気も愉悦も含んでいない、かといって無感情でも無関心でもないその瞳は、


「あとは、頼んだよ」


  ――慈愛の光が満ち満ちていた。


  ☆ □ ☆ □ ☆


「上手く殺してくれたみたいだね」


  痛みを感じる間もなく死んだ。

  目の前に広がるのは、ただただ真っ白な空間が広がっている。


「さて、死後の世界は真っ白な空間なのか、それともこの先に何かあるのか。どっちなんだろうね」


  誰に話しかけるでもなく、そう呟いた。答える者は誰もいないが、それでも彼女は独り言を続ける。


「彼に全てを託してはみたが、はたしてどう解釈するのかな」


  死ぬ間際に見た彼を思い起こして、スっと目を細める。


「あの日の真実、そして今まで知りえなかった嘘」


  ――永遠のように長かった、わたし達の物語の結末を特等席から楽しませてもらおうか。


 

  彼女は舞台の仕立て人。

  舞台が整った時、彼ら彼女らは舞台から降りる。役者と入れ替わり、観客から見えない場所から、違う場所から舞台を眺める。


  ――仕立て人と役者が入れ替わった時、舞台の幕は上がるのだ。

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