第77話 同盟

 


  祭りの余韻に浸っているのか、夜になってもいつもよりかは少し外が騒がしい。誰一人として口を開こうとする人はおらず、重い空気が漂っていた。

  その時、女性が別の部屋からこちらへ入ってきた。その女性は、黒で統一された修道服に身を包み神妙な面持ちでこちらに歩み寄ってくる。


「トウドウジ ナツミさんのお連れの方で間違いないでしょうか?」

「……はい」

「では、こちらへ」


  俺が代表して前に出て答えると、女性はついてくるよう言って元いた部屋へ戻る。


「……行くぞ」


  俺の呼びかけに答えるものは誰一人としていなかったが、無言で立ち上がるとぞろぞろと俺の後ろについてきた。

  その態度に何を言うでもなく、焦る気持ちを抑えながら修道服を着た女性が入った部屋に入る。中には同じ修道服を着た男女が、一つのベットを囲むように立ち並んでいた。


「……ナッちゃん」


  普段のおちゃらけた態度とは対照的に、今の真緒はとても心配そうな顔をしていた。とても儚げで、ともすれば消えてしまいそうだった。


「容態は安定しています。傷もある程度はですが、塞ぐことには成功しました」

「明日の朝には目が覚めるとは思います。ただ、しばらくは安静にしてもらいますが」


  二人のシスターさんが安心させるように、そう言ってきてくれた。


「ありがとうございます」


  頭を下げて、お礼の言葉を告げる。俺に続いて、真緒、レイ、啓大と頭を下げた。


「いえ。彼女が助かったのは、神様の慈悲によるもの。私達は何もしていません」


  ☆ ☆ ☆


  信仰する神とやらを模したのであろう像を、ぼーっと見つめる。もしも、神とやらが存在するよならば自分たちのことはどう思っているのだろうか。そんな、無意味な考えが浮かんでは消えて浮かんでは消えていく。

  その時、コツンと固い床を叩く音が聞こえてきた。


「……あの、真人さん」

「……よう、啓大」


  首を後ろに倒して、そちらを見やる。気まづそうに、もしくは申し訳なさそうな表情で彼は立っていた。


「どうした? 神に祈りでも捧げに来たのか?」


  冗談半分にそう聞いてやる。けれど、啓大は神妙な面持ちを崩すことなくこちらに近づいてきた。そして、俺の真横で立ち止まると勢いよく頭を下げた。


「ごめん! ボクがもっと早く動いていれば、こんなことには……!」

「……」


  なんとなくだが、何かしら謝罪をしようという気配はあった。だが、彼のその時の境遇を聞くに責めることなど出来はしない。


「なに謝ってんだよ。別にお前がやった事じゃねえのによ」

「でも、ボクがもっと早く動いていたら東堂寺さんは、きっと……!」


  感情が昂り、次第に声量が大きくなってきたところで啓大の口元へ人差し指を当てて、黙らせる。


「どっちにしろ、ナツミさんは襲われた後だったよ。というか、お前が居てくれたおかげでナツミさんはこうやって、一命を取り留めたんだ」

「だけど……」

「もし罪悪感とか感じてんなら、明日果物かなんか買ってやれよ。最近甘いものとか食ってなかったから、喜ぶぞ」


  啓大の頭に手を乗っけて、わしゃわしゃとかき撫でる。あまり抵抗されなかったので、少しだけ続けたあと撫でるのを辞めた。


「……ま、お前は俺らから何言われたって自分の責任だとか思うんだろうな。なら、存分に考えろ」


  俯いていた啓大が、ぱっと顔を上げる。


「何がダメだったのか、どうすればよかったのか。そうやって考え続けて、次がないようにする」

「考えても……答えが出ない時だってありますよ」

「そうだな。別に答えが出なくても、間違っていてもいい。自分の逃げ道を作れればいいんだ」


  どうすれば良かったか、どうするのが正しいのか。それが分かるのが一番いい。だけど、分からないことの方がきっと多い。


「何でもかんでも、自分のせいだとか誰かのせいだとか考えてたら息苦しくなるぞ」


  そう言い切ると、啓大の横を通り抜け礼拝堂の出入口へと向かう。ちらと肩越しに振り返ってみるものの、彼はこちらを向くことなく立ち竦んでいた。

  ……本当に、彼の生き方は生きづらいのだろう。


  ☆ ☆ ☆


  火照った頬を撫でる風がひんやりしていて心地いい。路上で酒を飲む人や、まだ明かりがついている家を眺めながらまたぼんやりと思考に耽ける。


  存外、俺は啓大のことを評価している。記憶にある情報を見ると、責任感が強く物事を客観的に見れるタイプだということが分かる。だが、それと同時に自信が悪かったと思い込む癖がある。物事を客観的に見れるということは、後になってどうすればいいか考えることが出来るということだ。だが、彼はその時の自身の状況を考慮しない。拘束されようが四肢を切り落とされてようが、最善の行動が出来なくなった原因は自分にあると考え、自身を責める。

  もしも、彼が自分を肯定できるようになれば色々と変わることが出来るのだろうが。


  そこで思考を中断する。

  音もなく現れたそいつに視線を向け、いつでも戦えれるよう剣の柄に手を触れた。


「やあ、久しぶりだね」

「そうだな。今、とっても会いたかっぜ、おい」


  殺気を放ち、牽制する。だが彼女は余裕な態度を崩さずに、両手をあげて戦う気は無いとアピールしてきた。


「……なんの真似だ?」

「いや別に。わたしは今回、戦いに来たわけじゃないからね。だから警戒を解いてくれないかな?」

「お前が戦う気がなくても、こっちはあるんだよ」


  距離を詰めて胸元を掴んで引き寄せる。


「セシルをどうした。返答によっちゃあ、お前の首へし折るぞ」

「忘れたのかい? この体はスキルで作られた幻。このわたしに危害を加えたって、本体にはなんの影響もない」

「ちっ!」


  舌打ち混じりに、荒々しく掴んでいた襟元から手を離した。

  そう、セシルが見つかっていないのだ。啓大が教会に運んできたのは、ナツミさんただ一人。聞いても、道の途中にそれっぽい少女は倒れてなかったと話していた。となれば、こいつらが連れ去ったと考えるのが妥当となるわけだ。


「君が思ってる通りだよ。わたしが、じゃなくて魔王軍の他の子がだけどね」


  反射的に柄に手が伸びてしまっていたが、頭を振って制止する。ここで殺しては、これ以上話が聞けなくなる。こうやって、現れたということは何かしら用があるはずなのだ。セシルが連れ去られたという状況から、何かの交渉をするつもりなのかもしれない。


「……で、なんの用なんだよ」


  ぶっきらぼうに、敵意丸出しでそう問いかけると彼女はふっと微笑み口を開いた。


「わたしらと同盟を組まないか?」

「は?」


  わけが分からないとばかりに、声が漏れてしまった。いやほんと、何言ってんのこいつ。

  そんな考えが顔に出ていたのだろう、はぁと呆れ半分にため息を吐かれてしまった。え、なに。俺が悪いの?


「同盟だよ、ど、う、め、い。シモンから一回聞かなかったかな?」

「あー……、そういえばそんなこと言ってたような気が……」


  ここ数日色々ありすぎて、ほんとに忘れかけていた。


「ってか、同盟だったのか」

「まあ、そうだね。同盟を組もうという交渉だよ」

「はあ……」


  要領を得ない言葉を返すと、やれやれとばかりに肩を竦められてしまう。……なんだこいつ腹立つな。


「目的が一致しているって話は聞いたよね? それについて、考え直してくれないかなと思って来たのさ」


  飄々とした態度でそう言い切り、俺はその言葉が信じられずにジトッと細めで睨みつける。


「何が目的だ」

「だから君と一緒なんだよ」

「というか、断ったことを考え直すつもりねえんだけど」

「だろうね。だから、交渉カードを持ってきた」


  来た。反射的に、そう思った。

  きっと、彼女はそのカードを得ることが出来たからわざわざもう一度交渉を持ちかけてきたのだ。だから、今このタイミングでの交渉カードと言えば……。


「セシルくんの身の安全を一ヶ月保証するのはどうだろう?」


  シオはそう言って、にゃぁと妖しく口の端を吊り上げた。


  ☆ □ ☆ □ ☆


  同時刻。

  人気の無い路地裏にレイは一人で来ていた。


「来てくれたか。小娘」


  カツンと音を立てて現れたのは、幸の薄そうな顔をしたハガレという男だった。


「……なんのようなんですかねー? 今、結構大変な状況でして」


  さっさと帰りたいというアピールをしつつ、話の本題を促す。そんな彼女の様子をふんと鼻で笑うと彼は口を開いた。


「なあに。駒が手から離れていきそうなもんで、新しい駒を補充しに来ただけだあ」


  ゆったりとした声音で言ったその言葉に、レイは警戒心を強める。だが、そんな彼女をお構い無しにつかつかとハガレは距離を詰める。


「安心しろ。悪いようにはしない」


  そう言って、じっと薄い青色の瞳を見下ろした。

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