第70話 本気で



  ノイズの後、拡声魔法を使用した際の独特な高い声が聞こえてきた。


『さあそれでは、決勝前の一戦。この試合に勝った方が決勝戦に進めれます!』


  瞑目して深く息を吐き出す。耳に入る雑音を全てシャットアウトして、数秒間だけ自分の世界に没頭する。


「……行くか」


  立ち上がり、試合用の木刀を手にする。魔法からスキルまでなんでもありな試合ではあるものの、武器だけは真剣以外を使うよう定められている。

  クルっと回して手に馴染ませる。


『ここまで快進撃を続けましたのは、街々を渡り歩く旅人、サトウ!』


  俺の名が呼ばれるのと同時に控え室から、外に出る。瞬間、値踏みするかのような、あるいは好奇心の溢れた視線が集まったのを肌で感じとった。


『そして続く対戦者は――!』


  けれど、その視線もすぐにあちら側へ向けられる。

  俺の時と違い、至るところから歓声が上がり実況も熱が入っていた。


「たった数年で騎士団副団長の地位まで上り詰め、見る者全てを魅了するのはこのお方。《氷結の騎士》ミユキー!!」


  埃一つ付いていない真っ白の騎士隊服を身に纏い、御幸はこちらへとゆっくりと近づいてくる。その表情は大勢からの期待をものともせず、涼しげだった。


「よう。久しぶりだな」

「そうだね」


  挨拶もそこそこに木刀の柄に触れる。そしてすぅーっと薄く息を吐き出して、意識を研ぎ澄まし彼の一挙手一投足に目を向ける。

  そうして、俺と御幸の動きが一度ピタリと止まった時、試合は始まった。


「それでは――開始っ!」

「『アイシクルラッシュ』」


  開始の合図と同時に御幸は地面を蹴った。それを見て観衆がどよめくのを視界の端で捕らえる。

  今までの試合では、相手の攻撃を出し尽くさせてから叩き潰すという戦闘スタイルだった。


「『螺旋』」

 

  あと一歩で射程圏内に入るその一瞬に、魔力を放出しそれを掴んで地面に叩きつける。

  地面は小さな爆発を起こして四方八方に地面の欠片が飛び散った。


「しっ!」


  御幸は軽いステップで距離をとり、的確に飛来してきた欠片を剣に当てて砕く。


「いきなり飛びかかってきやがって。今までの戦い方はどうした、今までの戦い方は」

「貴方を相手にして、そんな余裕はないからね」

「はんっ、高名な騎士様にそう言って頂けて恐悦至極」


  ニヒルに口角を上げると、彼はふっと口元を緩める。そして次の瞬間――消えた。


「『アイシクルラッシュ』」


  腰を低くして、死角に入り込んだ御幸は一瞬で距離を詰め、尖った氷のコーティングを施した木刀で俺の胸を目掛けて撃つ。


「『補強』」


  強度を上げ、剣の切っ先を峰の部分を合わせる。


「ぐっ……!」


  鈍い衝撃が手に響いて、思わず取りこぼしそうになるのをグッと堪えた。すぐさま上に切り返して御幸の剣を弾き、上から下へ振り下ろす。

  しかし御幸は後ろへ少しずれ、剣先は御幸の鼻の先にギリギリ届かない。


「ちぃっ!」

 

  地面を蹴って、大きく飛び退いた。その瞬間、予想通り風を切り裂く音が耳まで届いてくる。切り返した後を狙ったカウンター……上手い。

  心の中で舌打ちをして、ジリジリと距離を保ったまま睨みつける。


「おいおいおい、この程度かよ騎士様よぉ! 手ぇ抜いてんじゃねえぞ」


  剣を突き出し、挑発を行う。真っ向勝負となった場合、俺の勝ち目は薄い。相手のペースを崩して、隙を狙う。


「そうか。それでは、『アイスエッジ』」


  空中に氷塊が生成され、それらがこちらに向けて飛来してくる。俺はそれを危なげなく、的確に木刀で叩き砕く。


「『ドライアイス』」


  砕け散った欠片の一つ一つが白い霧状へと変化する。目くらましかと思い、目を凝らすとふっと笑う御幸の姿が辛うじて見えた。


「『結晶化』」


  反射的にまずいと思い飛び退いたものの、一歩遅く床一面に流れていた霧が結び付き、氷に戻って俺の足を搦めとる。木刀を振り下ろし、床に貼り付いていた氷を壊すと地面を蹴ってその場から離脱を図る。しかし一歩遅く、腹部に鋭い痛みが走ったら、


「カッ、は……!」


  一瞬呼吸が出来なくなり何度も咳き込む。その隙を逃す御幸ではなく、ここぞとばかりに追撃してきた。俺は何とか攻撃を捌きながら、息を整える。

  幸い、腹部に当たったものの動けなくなるほどではない。


「『螺旋』っ!」


  空を掴んで、無理やり投げ飛ばす。彼は危なげなく空中で身を捻ると華麗に着地を決めた。


「どうしました。この程度で終わりなはずないですよね?」

「言ってくれんじゃん、野郎が」


  荒々しく息を吐き出し呼吸を整える。さっきの挑発がここまで効くとは思っていなかったが、ペースを崩すのが目的なのでちょうどいい。……まあ、それに押し切られては意味ないけども。


「というか、なぜこの武闘祭に参加するんですか」

「言っただろうが、お前を勧誘するためだって」


  何言ってんだと、怪訝な目を向けながらそう答えるが、しかし彼はふるふると首を横に振った。


「違う、そうじゃない。勧誘なら断ったはずだ。ならなぜ、僕にそこまで執着するんだ」

「はあ? んなの……」


  横に跳んで、視界から一度外れる。そしてそこから直線上に突っ込むと、剣を上から振り下ろす。御幸はその動きに一切動じず、その場で受け止めた。


「知り合いの中で一番戦力になりそうだからだよ!」


  一旦剣を引き、今度は横一閃に剣を振るう。


「そう言われてついていくという人がいると思いますか!」

「なら、お前のことが信用出来るから、一緒にいて楽しいから、頼りになるからでどうだ!!」

「ふざけるなッッ!!」


  直後俺は浮遊感と共に、全身に鋭い衝撃がはしった。背中は地面に着いていて、叩きつけられたのだと数秒遅れて理解する。


「そんなとってつけたような言葉で、ついて行くわけないでしょう」


  見下ろす青い瞳には、目の色とは反対の真っ赤な炎が燃え盛っているように見えた。


「取ってつけた……? はんっ、そうかよ」


  ゆっくりと立ち上がる俺に対し、御幸は攻撃しようとしない。言い分は聞いてやるということだろうか。


「それはお前なんじゃねえのかよ」

「なにを……?」


  立ち上がり、煽るように馬鹿にするかのように口角を上げる。


「あの日あの時、お前が言ったことは本心なのかよ」

「そうだ。それが僕の本心だ」


  言い淀むことなくそう言い切る姿に、俺は鼻を鳴らして否定する。


「変われることは強さだ。変わることが出来ない奴は淘汰されるからな。だが、どんだけ変わっても変えちゃあ駄目なところがあるだろ」


  拳で胸を叩いてみせる。


「お前が間違っているだなんて言わねえよ。だが、俺は今お前のことを否定するよ」


  今の御幸の姿には迷いはない。真っ直ぐこっちを見据えて、言いたいこともはっきりと言っている。だからあの時、こんな姿だったらここまでしていなかった。


「だってお前、あの時辛そうだったから」

「は……?」


  彼は訳が分からないと目を見張る。


「最後に質問した時、躊躇っただろ。魔王軍幹部であるか、騎士であるか」

「……」

「騎士を選んで、振り切ったつもりになった。……違うか?」


  ただの推測をべらべらと並べ立て、最後にそうやって問いかける。


「だからこれは我儘だ。お前が決断して、振り切った道にもう一度戻れと言ってんだからな」


  本当は、相手が決めた道を尊重すべきなんだろう。だが俺はそれを手前勝手に、踏み躙ろうとしているのだから。


「だからこれは意地の張り合いだ。お前が自分は正しいと思えるなら、本気でやり合おうぜ」


  木刀の剣先を突き付けて、そう宣言する。彼はそれを受け止めてやれやれとばかりに肩を竦めた。


「……僕は今の現状に満足してますし、変わったことが辛いだなんて思ってもいませんが……その挑発、乗ってあげよう」


  騎士然とした丁寧な口調から一変して、猛禽類を思わせる笑みを浮かべた。


  ――瞬間。

  両者は衝突した。

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