第67話 試合前夜
扉がノックされる。
「どうぞ」
少しの間があったあと、遠慮気味に扉が開けられた。
「……どうだい調子は」
「ま、準決勝まで進めたしあとは御幸をぶちのめすだけ、ってところだな。そういうお前らはどうなんだ?」
「全然ダメ。手がかりらしい手がかりは一切無し」
肩を竦めながら、さも当然のように彼女は俺の隣に腰かける。
……これだけ経っても手がかり無しとなると、本当に啓大はこの街にはいない可能性が出てきた。
「ただまあ、ちょっと気になることがあってね」
「気になること?」
「ああ。噂なんだが、魔王軍の幹部がこの街に潜入しているって言うね」
「魔王軍の幹部が、ねぇ」
今のところ、八代やナツミさん、真緒と元魔王軍の幹部の下へと向かうと大抵魔王軍の幹部がいた。となると、今回は御幸か、あるいは――。
「啓大が捕まってる可能性もあるわけか」
「そうそう。……ただ、」
セシルにしては珍しく、何事か躊躇うように口を開けては閉めてを繰り返す。だが、すぐに覚悟を決めたような顔でこちらを見ると、
「捕まった場合、何かしら目的がない限り殺されている可能性があるからね」
「……まあ、そうだろうな」
セシルの言葉に、俺は冷静を装いながらそう返した。敵に捉えられた場合、どうなるかは自明の理。人質なりと使う場合ならともかく、そういった意図がない場合はわざわざ生かしておく理由もない。まあ、あいつがあちら側に寝返るってんなら別だろうが啓大に限ってそんなことはないと信じたい。
「まー、啓大なら大丈夫だろ」
「へー……そんなに信頼してるんだね」
「信頼というよりも、事実みたいなもんだけどな」
啓大はあれでそこそこ機転が回る。勝利するとなれば厳しくとも、逃げに徹されるとそこそこ厄介な部類となる。
「そーいえば、話は変わるがお前の方は変わりはないか?」
「ああ。特に変わったことは無いよ」
心配しすぎだよと肩を竦め、軽く口角を上げてこちらに視線をスライドさせてきた。
「ボクを心配してくれるなんて、キミは優しいね」
「よくもまあ思ってないことをぬけぬけと」
「いやいや、本当に思ってるさ。……本当に」
はっと鼻で笑うと、冗談めいた声が返ってくる。かと思えば、それから数秒経って今度はいかにも真面目な声音が返ってきた。訝しみつつ彼女の方を見てみると、セシルは妖しく瞳を輝かせていた。
「ボクはキミを殺そうとしている。それなのに、キミはボクにやり返そうともせず、自らの近くに置き続けている」
「そうは言っても、最近お前に殺されそうになった覚えあんまりないんだけど」
ここ最近を思い出しながら、そう言った。最初の頃はともかく、ここ最近彼女から被害を加えられた覚えはない。
「……そうかな」
「そうだろ」
彼女は突然体をこちらに傾けて、瞳を覗き込んできた。
「なんでだと思う?」
試すように目を細め、声には揶揄うような色が混じっていた。
「……わからん。なにか心境の変化でもあったのか?」
数秒思案してみるが思い当たらず、頭を振って問い返す。
「報復なり復讐なりは当人同士がやるべきだと、そう思わないかい?」
「……」
何も答えることが出来ず、ただごくりと喉を鳴らす。それを見て彼女はふぅんと吐息を漏らすと、「よっ」と声をあげて立ち上がった。
「と、まあそんな考えに至ったわけだよ」
おちゃらけた風に笑うが、こちらは全然笑えない。
もしかして……気づいているのか。俺が、本当の真人ではないということを。
しかしそれをどう聞いたものか分からずにいると、伸びをしつつ彼女は部屋から出ていく。
「とりあえず、明日の準決勝頑張ってね。一試合で終わるだろうけど」
「負ける前提なのかよ……」
「それじゃあ、ボクは良い報告を待ってるとしようかな」
カラカラと楽しげに笑いながら扉を閉める。
「そろそろ、この長い執着にも終止符が打てそうだ」
そんな意味深な言葉も、扉を閉める直前の彼女の憂いを帯びた表情は俺に届くことはなかった。
扉が閉まる音が嫌に耳に残った。
☆ ☆ ☆
冷たい風が頬を撫でる。街灯も家から漏れ出る灯りもない道は、先を見通せず不気味に思えた。
辺りはしんと静まり返り、人の気配は一切しない。ゆったりとした自身の足音だけが聞こえていた。
「そういえば、噂になっていたぞ。魔王軍の幹部が来てるって。それはお前のことか?」
暗闇に声を投げかける。数秒待つが、言葉は返ってこない。あてが外れたかと思い踵を返す。
「話しかけてきて勝手に帰ってんじゃねェよ」
「……ああ、シモンだったか」
聞き覚えのある低い声に納得しつつ振り返ると、真っ赤な髪が目に入ってきた。
彼の姿は一年以上前に見た時と変わらず、まるでそこだけ時を切り取っているかのようだ。
シモンは俺の反応に、小さく舌打ちをして忌々しげにこちらを睨んできた。
「気づいてたわけじゃねェのかよ」
「ここで目撃情報があったものだから、この辺にいるんじゃないかと思ってな」
それを聞いた彼は苛立たしげに頭を掻きむしったかと思うと、腕を胸の前で交差して爛々と瞳を輝かせた。
「ってか、敵の前に一人で現れるのは不用意なんじゃねェのか……よ!」
「『螺旋』」
先端が尖った赤い物体がこちらに飛来して来るのに合わせ、俺は空を掴んで体を捻る。赤い物体はそれに合わせて軌道を変え、地面へと着弾した。
地面が砕ける音が辺りに響き、それと同時に四方八方に石が飛び散る。
「いきなり攻撃とはまあ、血の気が多いことで」
「言ったろ。次会った時は敵だって」
にぃっと口角を上げ笑ったかと思うと、次の瞬間には攻撃の構えを解いていた。何のつもりだと警戒しつつも、訝しげな視線を送ってやると、あいつはまたしても苛立たしげに頭を掻いた。
「違ェ、そうじゃねェ。別にオレはお前と戦いに来たわけじゃねェんだよ」
「……なら目的はなんなんだ」
というか、呼んだのは俺からだった気がするが。
「交渉だよ、交渉。あー、なんだッたか。シオっつー奴からだ」
「シオ?」
シオと言われ思い浮かぶのは、レイが盗賊に捕まった時に相対した女。試すような顔、そして前魔王の死の真実という言葉。ある意味では、この旅の最初の目的といえるものを俺に与えた存在。
だが、そいつと目の前にいるシモンが繋がらず首を傾げる。
「どういう繋がりなんだ?」
「いや、一応あれでも一番隊隊長なんだがなァ」
「え、一番隊……」
「知らなかったのか?」
バカにするように鼻で笑ってくるシモンを軽く睨みつつ、口を開く。
「しょうがねぇだろ。その辺のところは興味なかったし」
「はァ……」
おいやめろ、その目をやめろ。その可哀想なものを見るかのような目で見るのはやめてください。
さすがにいたたまれなくなり、ごほんげふんとわざとらしく咳払いをして話の続きを促した。
「それで? その一番隊隊長様がなんだって?」
「まあ、オレも話をしたのはつい最近なんだがよォ。テメェはオレらと組む気はねェか?」
「はあ?」
思いもよらない言葉が来て、思わず大きな声で聞き返してしまった。
「いや、組むって……お前ら俺らのこと狙ってきてんじゃん」
最初は偶然だったのだろうが、さすがにナツミさんと真緒の時はおそらく何らかの意思が働いていた可能性が高い。でないとタイミングが良すぎる。
あれは、当初の魔王軍の目的のついでに俺の始末も狙ってたんじゃないかと予想している。
「……そのことについてはオレはなんも知らねェんだよ」
「あん? お前、一応隊長格だろ。それなのに情報いってねぇのか?」
「最近の魔王様はなんか胡散臭くてな。問い詰めても、知らぬ存ぜぬの一点張りだ」
「何聞いたんだよ……」
「出撃指示のタイミングについてだよ」
ひらひらと手を振りながら、あれはダメだとため息を吐く姿からは相当なストレスや疲労が見える。どうやら、彼はここ一年ちょっとの間にかなり苦労しているらしい。
「そんな状態でよく続けてんな」
「幹部が故意に死ぬよう仕向けている可能性がある今抜けるのは危険だからな。オレだけじゃなく、妹にも危険が及ぶかもしれねェし」
「お兄ちゃんだねぇ」
「うるせェ」
しみじみとそう呟くと、射殺さんばかりに睨んできたので肩を竦めておどけてみせる。
「それで? 組むって言ったって、組んでどうするつもりなんだよ」
「まァ、今んとこは何かしてるわけじゃねェが、目標はある」
シモンは瞳を爛々と輝かせ、獰猛な笑みを浮かべた。野性味の溢れるその表情からは、殺意とも敵意とも闘争心ともとれる色に満ちていた。
その瞳でこちらを真っ直ぐと見据え、手を差し伸べてくる。
「今の魔王様を引きずり下ろして、オレが魔王になるんだよォ。テメェの復讐とやらと、利害は一致しねェか?」
彼はそれ以上語ろうとせず、組む気があるのなら手を取れと無言で訴えかけてくる。
誰の目もない真夜中の路地裏で、かつて味方であり敵である相手からそんな提案を受け俺は――。
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