第66話 小休憩

 

「あー、すみませんね。うちの連れが」


  レイの襟下へと伸びていた腕を掴み、レイをこちらへ引き寄せる。坊主頭の男は物凄い形相でこちらへ振り向き、俺を視認したところでピタと止まった。

 

「おどれはあのクソジジイの……!」


  「くそったれが」と呟いたかと思うとさっさと俺たちの横を通り過ぎてしまった。


「ちっ、なんでもねぇわ。気ぃつけろよ」


  横を通り過ぎた時に見えた横顔は、とても苛立たしげに歪んでいた。


「なんだったんだ、一体」


  てっきり殴りかかってくるものだと思っていたものだから、少し拍子抜けだ。


「あのー……」


  すぐ側で控えめな声が聞こえてきた。


「あ、悪い」

「あー、いえ。助けてくれてありがとうございました」


  頬をかきながら礼を言ってくる彼女に気にすんなと手を振ると、辺りを見回す。


「……? どうかしました?」

「ん、いや、真緒にお前を呼んで来てもらうよう頼んだはずなんだが、知らないか?」

「いえ。遅いので探しに来たらああなってしまったので」


  となると、すれ違ったのか。こうなってしまうと合流はかなり難しい。真緒の行動を予測しろなど、ほぼ不可能だ。


「よし、諦めるか」


  うんうんと何度も頷くと、呆れが混じったため息が横から聞こえてきた。


「諦めが早いですよ……」

「なら探すか?」

「……最悪宿で合流できるだろうし、大丈夫でしょ」

「素直でよろしい」


  そう笑いながら言ってやると、抗議のつもりか脇腹を何度かつつかれる。


「別に面倒だとか思ってないですからね」

「その発想が出る時点で思ってるんじゃねぇの」

「そういえば外で色んなお店がありましたよ! 早く行きましょう!!」

「話題の変え方が強引すぎる……」


  外では祭りということもあってか、たくさんの人で溢れかえっていた。


「何買います? 串焼き? 串焼き? やっぱり串焼き??」

「選択肢が串焼きしかないんだがそれは……」

「じゃ、串焼きね〜」


  結局、俺の意見は聞かれることはなく勝手に決まってしまった。いやいいんだけどね、別に。串焼き嫌いじゃないし、うん。


「さて、それでは次は何を買いましょうか」

「いや、それ先に食べてからにしようか」

「はーい」


  レイはしょうがないなーと言わんばかりに肩を竦め、キョロキョロと当たりを見回し座れる場所を探す。


「あ、あそことかどうですか?」

「いいんじゃね」


  広場へと続く、広めの階段へ腰をかけて串焼きをひとつ口に運ぶ。


「うん美味い美味い」

「……というか、思ったんですけど串焼きなら座って食べる必要なくないですか?」

「確かにそうだが、歩きながら食うのは危ないだろ。人多いし」

「あー、確かに」


  ふむと納得すると、彼女は再び食べるのを再開する。それから、互いに無言で串焼きを食べ進め、食べ切るとふーっと息を吐き出した。


「それじゃあ、次はどこに行きます?」

「あー、いや、俺は宿に戻っとく。ちょっとしたいことあるし」


  対戦相手の対策を立てておきたい。特に御幸が相手となると、準備をしすぎて損は無いだろう。


「……そうですか。なら、私も戻りますよ」

「え、いや、別にレイも戻る必要は……」


  そう言いかけると、額に軽い衝撃が走った。

  目の前には軽く頬を膨らませ、手を突き出した状態のレイの姿が。


「サトウさんだけ宿に戻るのに、私だけ遊び呆けるわけにはいかないでしょ」

「いや別にそんなこと気にしなくても、」

「いや、普通に私が気にしますから。ほら、宿に戻ると決めたんならさっさと戻る!」


  腕を引っ張って立たせてきたかと思ったら、今度は背中を押して前へ進ませようとしてくる。気遣わしげに振り返ってみると、ガシッと顔を掴まれて強制的に前を向けさせられた。


「今回も私はあんまり力になれないんですから、応援ぐらいはさせてくださいよ」


  レイの声が微かに震えていたように感じた。しかし次の瞬間には、強い衝撃とともに明るい声が聞こえてきた。


「ほらほら、さっさと戻って対策練りましょう!

 遅効性の下剤とか用意します?」

「うおっ、危な……! いやしないよ!? 絶対バレるから!!」


  よろけながら二、三段階段を下りると楽しそうに笑っているレイを見上げながら、講義の声を上げる。


「その言い方だと、バレなきゃやるみたいになっちゃいますよー」


  呆れた声でそう言いながら、軽やかに俺の横まで降りてきたかと思うと今度は軽く肩を叩いてきた。

 

「じゃ、行こっか」


  そう言ってさっさと歩いていく彼女に、さっきのことについて聞くことは出来ずただただ無言で見送ることしか出来なかった。

 

  ――その時、彼女に感じた違和感を、彼女自身をもっと気にするべきだったと、後になってそう思う――。

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