第41話 十号
「おいおいおい、上物が二つもあんじゃねぇの」
奥から姿を現したのは、竜人だった。四メートルほどの巨体。そして、ゴツゴツとした龍の顔に似た顔でにやぁと笑ったかと思うと、突然口を大きく開けた。
「『龍の息吹』」
竜人の口内がピカリと光り、光がこちらに迫ってきた。ドカンっと大きな音がして、さっきまでいた場所が爆発霧散した。
「怖っ!」
「すげー! 竜人なんて初めて見たぞ!! やっぱり鱗硬いのかな?」
「珍獣を見た女子高生みたいな反応だな……」
真緒に助けられ、何とか脱出することが出来た。あのままだったらと思うと、ゾッとする。
「いいねぇ!!」
地を蹴って、宙に舞う俺たちへ接近してくる。そして、鋭い蹴りを放ってきた。
「『具現化』」
それを真緒は創り出した盾で受け止める。そして、俺を竜人へと向けてぶん投げてきた。
「それっ!」
「ちょちょちょっ!」
いや、なんの説明もなく投げるか普通。だが、俺は既に新たな技、『補強』を習得した。だから、怖いものはあまりないっ!
「『補強』」
竜人の腕をぶん殴る。しかし、返ってくるのは鉄でも叩いたのかと思うほどに硬い感触のみ。気を取り直し、何度も何度も殴りつける。しかし何度殴っても、手応えはない。
「硬い……!」
竜人はにぃっと笑うと、俺の腹へ蹴りを入れた。
「くはっ……!」
重く鋭い蹴りに、胃液が逆流し目が霞む。それを気合いで抑え込み、その場から離れる。
「かはっ、ゲホッゲホッ!」
はーっはーつと荒く息を吐いて、呼吸を整える。
「大丈夫かー?」
「ぜんっ……ごホッ、だいじょぶ……!」
咳き込む俺の様子を見て、真緒は呆れたようにため息を吐いた。
「いいか、攻撃するんなら纏うだけじゃダメだ」
「はい……?」
聞き返すと、真緒は頭を掻きながら片手で槍を創造した。
「だーかーらー、纏うだけじゃ強度が上がっても、威力は上がらない。だから、纏った分を放出……押し出すんだよ」
そう言うと、こちらに接近してきていた竜人へと槍を投げつける。竜人の肩に直撃した槍は肩をそのまま貫いた。
「こんな感じ。面でやるより、点で魔力を集中させた方が威力が出る。わかったら、さっさとやるぞ」
「お、おう!」
真緒は竜人へと接近し、生成した剣で斬り掛かる。しかしそれを片手で受け止め、なんとそのまま破壊した。
「『龍の息吹』」
がぱっと口を開け、ブレスを放ってくる竜人。真緒は体を強引に捻ってそれを回避する。そして、片手で床を蹴って竜人と一気に距離をとる。
「チェンジ!」
「うす!」
真緒と立ち位置を交代するように、竜人へと突撃する。
「死ねや!」
ぐんっと勢いよく腕を振ってきたが、それを屈んで回避する。そしてその勢いそのままに、空気を掴む。
「『螺旋』っ!」
空気をぶん投げるような動きをすると、それに連動するように竜人の巨体が宙に舞い、飛んでいく。
「ちぃっ!」
竜人は床をぶん殴り、粉々になった床の破片がこちらまで飛んでくる。
「『補強』っ!」
体に薄い膜を張り、何とかやり過ごそうとする。しかし――。
「――ガっ!」
破片に混じって飛び込んできた竜人の拳を、もろに食らってしまう。体が宙に舞い、壁に勢いよく衝突する。
「うおらぁ! 死ねっ!」
多少は緩和されたのだろうが、それでもものすごい痛みのせいで身体が一瞬膠着する。それを見逃す竜人ではなく、追撃とばかりに突進してきた。
「うおらあぁぁぁ!!」
「グガッ……!」
しかし、それを上から振ってきた人物が妨害する。鈍くひかる得物で竜人の頭を殴りつけ、たまらず竜人は頭を押さえて飛び退いた。
「よーく時間を稼いだな、兄ちゃん」
「いや、稼いでたつもりはねぇけど……」
そう言うが、聞こえてないのか聞く気がないのか、無視して話を続けていく。
「こっからはわたしに任せろ。竜人と一度殺りあってみかったんだ」
「お、おう……」
怖い。この娘もしかして戦闘民族の方?
そしてやはり気になるのは、彼女が手に持っている武器。そう、武器という括りでいいのか分からないが、鈍く光るそれを肩に担ぎ、彼女はにっと笑った。
「ちなみにそれ、なに?」
恐る恐る聞いてみると、なんでもない事かのようにチラと得物を見ると口を開いた。
「ああ、これ? お前こんなことも知らねぇのかよ。わたしの愛武器ことバールちゃんだぜ」
愛武器ってなんだとか、バールにちゃん付けすんのかよとか、バールって武器なのかとか、色々と言いたいことはあったけれど、喉から溢れ出たのは、無難かつなんの面白みの無い言葉だけだった。
「そ、そうか……頑張れよ」
「おうっ!」
俺の応援の声に、その何倍もの声量で答える。……もういいや。真緒だし、考えるだけ無駄。
そう判断し、完全に傍観者の気持ちで彼女の後ろ姿を見送る。
「……いいねぇ。威勢のいいやつは嫌いじゃねぇ」
「悪いがあんたは好みじゃないよ」
互いに獰猛な笑みを浮かべて睨み合っている。
「俺様の名は十号。冥土の土産に覚えてけ。ま、俺様の知り合いなんて知られたら、死者共から袋叩きだろうがな!」
「わたしの名前は守谷 真緒。メイドに会う予定もなるつもりも趣味もない!」
互いに自己紹介――片方は事故紹介だったが――終わると、ジリジリと距離を詰め……勝負は動いた。
真緒がバールで殴り掛かるのを、竜人は受けようとする。しかし、何かを察したのか飛び退いた。
「ありゃ」
見事に空振り。
けれど、着地した際の勢いをそのままに床を蹴り、加速した状態で竜人へと突っ込んでいく。
「クソッタレが!」
腕を振ってバールを受ける。だが、一瞬膠着した状態になったものの、真緒が押し切った。
「やるな、お前。一発目でやったと思ったんだがなー」
そうぼやく真緒へ、十号は楽しそうに笑った。
「いいねぇ、いいねぇ! 最高じゃねぇか、おめぇ!」
「あんま褒めんじゃねーよ。照れるじゃねぇかよぉ!」
くねくねと変な動きをしながら、頬に手を当てる真緒。その、あからさまな隙を見逃すはずもなく、十号は真緒との距離を詰める。
「あらよっ」
それをバールで受け止め、膠着状態へと突入する。
「竜人ってみんなこんな強いのか?」
「はっ! 俺様が特別なんだよ。他の弱っちい雑魚と一緒にすんな」
「そりゃ安心した」
蹴りを入れて一旦距離をとる。そうしたかと思うと、地を蹴ってすぐさま十号へと突進していく。
十号は足を踏みつけ、床を破壊する。そして、それにより宙に舞った破片の大きい部位を掴み、真緒へと投げつけた。
「――!」
それに真緒はまったく速度を落とすことなく対応する。しかし、破片を砕いたことでほぼ粉となったものが、真緒の眼前に降りかかる。それにより、一瞬だけ真緒は目を細めた。
「『龍の息吹』」
素早く口を開いて、ブレスを吐く。
意識が粉へと移ったことで、ほんの一瞬だけ対応が遅れる。それを狙う作戦なのだろう。その狙い通り、真緒は避けれていない。そのまま、ブレスの白い光が真央の姿を飲み込んで――。
「――よっと」
その光を、切り裂かれるように、はたまた打ち砕かれるように白い光は消滅していく。
「おいおいおい……! 最っ高じゃねぇのぉ!!」
コツコツと、ゆっくりと着実に歩み寄ってくる真緒へ、攻撃もせず逃げようともせず、ただ目を輝かせて佇む十号。
「これで……終わらす」
格好つけてポーズを撮る真緒。それに対するは、獰猛な笑みを浮かべ、残った左腕を構える十号。
「いざ!」
「今、俺様は最っ高に生きてるぜえええぇ!!」
赤い鱗が燃えあがらんとばかりに光だし、勢いよく腕を振るう。それを相手の頭部を破壊せんと振るわれるバール。
――最後の攻撃がぶつかった。
「ミッションコンプリート!」
ピースサインを送ってくる真緒に、俺はサムズアップで返事をする。
嬉しそうにはしゃぐ真緒の近くには――。
――四肢を潰されだるま状態の十号の姿があった。
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