第34話説得


「ここが領主の屋敷……」


 ほへーと眺めながら、そんなことをしみじみと口にする。


「でかいな……」

「まあ、この都市で一番お金持ってるところですからね」


 そんな話をしていると、後ろからアンさんの声が聞こえてきた。


「もう揃ってんのか。早いな」

「やっと来やがった」

「遅刻とはいい度胸だね」


 アンさんに向けて俺とセシルは避難の声を上げる。


「いや、遅れてねぇだろ。時間ぴったしだろうが」

「俺らの後に来たってことは遅刻だろうが」

「何言ってんだよ……」


 自分で言ってて何言ってんのかわからん。なんだっけ、こういうの。パワーハラスメントだっけ。こいつと俺に上下関係ないけど。


「うーむ……」

「今度はなんだよ……」


 ジロジロとアンさんを下からじっくりと眺めていると、アンさんはげんなりと聞いてきた。


「いや、意外とそういうしっかりした服似合うんだなって」


 白いシャツに黒い上着。カジュアルでありながらも、清潔感のある服装は、存外アンさんに似合っていた。

 普段の服装のギャップが凄いのにしっくりくる……顔がいいからか。


「えっ、なに、怖っ」

「おいこら、素直に褒めたんじゃねーか」

「いやそれが怖いんだよ。普段の扱いの差が凄いんだよ」


 おい、その言い方だと俺が人を一切褒めないやつみたいじゃねーか。……いやまあ、確かにアンさんを褒めたこと内容な気もするが……。


「……今度褒め殺してやろうか?」

「なにその斬新な殺し文句。普通に怖いからやめて……」

「ちょいちょいお二人さん。イチャついてる暇あったら、さっさと用事終わらせませんか?」

「「いちゃついてねぇよ!!」」


 俺とアンさんの声が重なった。

 互いに顔を見合わすと、なんだか気まずく感じてしまいすぐに顔を逸らしてしまう。


「……変な空気になる前にさっさと行くか」

「賛成……」

「私たちは何を見せられてたのかな」

「さあ?」


 アンさんを先頭にして、俺たちは屋敷の中へと足を踏み入れるのだった。


 ☆ ☆ ☆


 屋敷の中へ入ると、執事と名乗る男が領主の元へと案内してくれた。


「この先にあの領主……様がいんのか」

「絶対に喧嘩とか売るんじゃねぇぞ」

「おう、任せとけ」


 自信満々に胸を叩くと、アンさんはしらーっとした目でこちらを見てくる。


「……えっ、なに?」

「いや、普通に心配だなーって」

「いやだから、俺の事をなんだと……」


 そう言いかけていると、視界の端でそーっとツボに触ろうとするセシルの姿が見えた。


「あっ、ちょっ、セシルさんストップ!」

「へ?」


 アンさんの大声での制止に、ピタッと動きを止めるセシル。


「いや、それ触ると爆発するから、触らないように」

「そ、そうなんだ。ごめんね、ちょっと気になって……」


 そーっと手を元に戻すセシル。


「というか、なんで爆発するんだよ……」

「あれだけじゃなくて、装飾品のどれも下手に触ると爆発するぞ」


 えぇ……怖っ。なにその住みづらそうな機能は……。そしてなんでそんなに詳しいんだよ。


「とにかく、変なことしてねぇでさっさと入るぞ」


 そう言うと、彼は扉をトントンっと丁寧にノックした。

 俺たちの周りには誰もおらず、ここまで案内してくれた執事の姿もない。こういう時は、客人が主人に無礼を働かないよう、使用人が先導するようなイメージだったが、案外そうでも無いのかもしれない。


「入れ」


 重々しい声が扉の奥から聞こえてくる。

 アンさんは一度「失礼します」と言うと、ゆっくりと部屋に入っていく。それに俺たちは続いて中に入る。

 部屋の奥には、椅子に座っているあの時のバッチをつけた大柄の男と、その少し離れた位置に立っているナツミさんの姿だけがあった。


「本日は面会の時間をとって頂きありがとうござ――」

「そんなのはいいから、さっさと用件を言え」


 高圧的な態度で、ジロリと俺たちを睨みつけてくる。チラリとこちらを伺ってくるアンさんに、俺から言うと視線だけで伝えると、口を開いた。


「本日は領主様にお願いがあり、ここに来ました」


 続けろと、視線だけで促される。


「そのお願いというのは……、ナツミさんを我々の旅に同行してもらいたいということです」

「……ほう」


 言い終えると、領主の眼光が一気に鋭くなった。

 低く、重々しい声音で、彼は言葉を発する。


「それは、儂のものを奪うという意味か?」

「……もの?」


 一気に場の空気が張り詰める。

 心做しか、息がしづらい。だが、俺はそれに負けまいとキッと領主を睨みつける。


「ものという表現はどうかと思うのですが」

「事実を言ったまでだ。儂はあれを保護し、よく分からん研究にも金をかけた。所有権は儂にあるといってもおかしくはないだろ」


 苦言を呈してはみたものの、考えを改めさせるには足りない。

 どう言うべきなのか、俺は悩む。言うべき言葉は確かにあるが、どれも彼には届きそうもない。


「我々……いえ、私には彼女の力が必要なんです。彼女を旅に同行させてはもらえないでしょうか」

「何度も言わせるな。そんなことを許可するつもりはない」


 言葉を変え、理由をあれこれつけて説得を試みるが、首を横に振るばかり。

 考えてきた理由は全部言い終わったが、手応えは感じられない。

 おそらくは、帰れと言おうとしたのであろう。領主が口を開きかけたその時、今まで黙っていたナツミさんが声を上げた。


「アロガンさん、あたしからも頼む。こいつらの、旅に同行させてくれ」

「……なんのつもりだ?」


 一瞬だけ、領主、アロガンの瞳が揺れたような気がしたが、次の瞬間には鋭い視線でナツミさんを睨みつけていた。


「こいつに旅を同行させてくれって言い出したのはあたしだ」

「勝手なことを」


 荒々しくため息を吐くと、彼はジロリと目を細め、再びナツミさんを睨みつけた。


「お前を拾い、よく分からん研究にも金を使ってやった。その恩を忘れたか」

「その恩なら、ここの警備を厚くするので返してる」

「あの程度で、返しきれる恩と言うのか。すぐに爆発する警備で」


 なんかやたらと爆発する警備、ナツミさんが作ったのね……。


「返しきれないと言うのなら、この旅が終わったら改めに返しに戻る」

「ここを出ていくお前に戻る場所なんかねぇよ」

「戻る場所もない所に居続けろと言うのかよ、あんたは」


 アロガンはその言葉を受け、荒々しく舌打ちを打つと、ふいっと顔を逸らした。


「領主様、ナツミさんは私に必要な存在です。危険な旅になるかもしれません。ですが、必ず彼女を守ります。なのでどうか、旅に同行してもらうことを許してください」


 ばっと頭を下げると、それに続いてレイ、セシル、アンさんも頭を下げてくれる。


「アロガンさん、あたしからもお願いします」


 ナツミさんもアロガンに向けて頭を下げるが、彼は俺たちの方もナツミさんの方も見ようとはしない。

 静寂がその場を支配し、息ひとつでさえ気を使う。


「……好きにしろ」


 最後まで、こちらを一切向かず、アロガンは突き放すように言い切った。


「それが本気なら、さっさと荷物まとめて出て行け。もう帰ってこなくていい。お前がどうなろうと儂は知らん」


 背を向けたままそう言い切ると、再び静寂な時間が過ぎる。そんな静寂を、再びアロガンが破った。


「面会は終わりだ。さっさと帰れ」


 アロガンの無機質な声音からは、怒りも苛立ちも他の感情も、一切読み取ることが出来なかった。


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