第27話息が合わない


 ☆ □ ☆ □ ☆


 全身に絡まった縄も、身体能力のゴリ押しですぐに解かれてしまう。


「うわっ!? すぐに解かれた!」


 レイ、セシル、アンさんの三人は、牛鬼を囲むようにして戦闘態勢へと移る。


「どうする? アンさんが主軸となって、ボコボコにするって方針が一番私的に楽なんですけど」

「無理だよ! っつーか、もうちょっと協力とか。考えろよ!」


 げんなりとアンさんが言うが、ふむとレイは一思案すると、こくりと頷いた。


「まあ、この際その案でいこっか」

「なんで渋々なんだよ……」


 そんなことを話しながらも、警戒は緩めない。


「ねぇ、いいの? 彼、地下に行っちゃったよ?」


 セシルが挑発するかのように、ふふんっと勝気気味に笑いながらそんなことを言い出した。

 しかし、牛鬼はその挑発に獰猛な笑みを浮かべて答える。


「オオン、アチラニハミシェルサマガイル。シンパイスルノハ、キサマラデハナイカ?」


 ミシェル。その名を聞いて、レイは息を呑む。

 確か、サトウさんとの戦いにおいて互角以上の実力を見せていた。

 しかし、その考えも次の瞬間吹き飛んだ。


「彼がそんな簡単にやられるわけないじゃないか」


 確信を得たかのように、セシルは真っ直ぐに牛鬼を見つめて言い返す。

 レイは一度瞑目すると、ふーっと浅く息を吐いて意識を切り替えた。

 ……今はサトウさんのこと心配してる場合じゃないしね。


「……それに、殺るならボクだよ」


 さっきとは違い、冷たい氷のような声。

 数秒しか違わないのに、そこにはさっきとは別人のように冷たい眼差しを牛鬼に向けているセシルの姿があった。


 まただと、レイは心の中で呟いた。

 彼女は、『敵には弱い所を見せられない』と言って、サトウさんの前ではキャラを演じている。

 しかし今の彼女は、まるで――。


「レイさんっ!」


 ぐいっと横に引っ張られ、右の方へと倒れ込む。

 それとほぼ同時に、さっきまでレイが突っ立ってた場所に棍棒が振り落とされた。


「今戦闘中だぞ! あんまり考え込むな!」

「ご、ごめんねー」


 たははと笑いながら謝ると、再度頭を切りかえて、牛鬼を見据える。


「うおおおおぉ!!」


 アンさんが雄叫びをあげながら、突撃する。

 牛鬼はそんなアンさんに向かって棍棒を振り下ろすが、それをアンさんは両手で掴む。


「今だ! やってくれ!!」


 そーっとレイとセシルは互いの顔を見合わせて、どちらが行くか相談する。


「えっ……どうしよ、これ」

「んー、私たちの火力じゃ無理だって言った方がいいかな?」

「は!? えっ、待って! これ結構持たねぇから! お願いします、一撃で倒さなくていいから! ね!?」


 本当に困った……。と、二人は頭を悩ませる。

 実際、レイは罠等の妨害特化。セシルは基本的に毒を使った戦い方だ。毒と言っても毒ガスとかの方。


「剣とか、針とかに毒を塗って攻撃とかできない?」

「無理無理! あれ、結構準備とか大変だからね。こんな急な展開だと、準備不足で使えない」


 うーんうーんと悩んでいるうちに、アンさんの身体からメシっと軋む音が聞こえてきた。


「これやばいやつっ……!」


 持っていた剣を抜くと、牛鬼に駆け寄り喉元を目掛けて斬りかかる。

 しかし、皮膚を少し切った程度で終わってしまう。だが、それでも気は逸らせたようで少し隙が生まれてアンさんはあの状態からなんとか脱した。


「おい、攻撃手段ないなら早く言えよ!」

「いやいや、なんも聞かずに飛び出してったのはアンさんじゃん」

「他人のせいにするのは良くないね」


 レイとセシルはアンさんの、アンさんはレイとセシルの実力を正確に把握していない。そのせいで、互いにどこまで任せられるのかの基準が明確にならず、協力することが上手くいかない。


「どーするよ。このままじゃ、俺らがやられるぞ」


 アンさんは、例え実力が上だとしても上手く息を合わせることが出来なかったら、勝つことができないことを知っている。だからこそ出た言葉だったが、しかしその言葉はレイにより一蹴される。


「……私たちはサポートに回る。アンさんは、好きにやって」

「は?」


 意味がわからず問い返すが、レイはそれ以上何も言おうとしない。

 ……どうなっても知らねぇぞ。


「ちぃっ……!」


 背負っていた槍を構えると、牛鬼の眼球を目掛けて突き刺す。しかし、それをすんでのところで躱された。


「『蜘蛛』」


 レイがそう呟くと、後ずさった牛鬼の足下から縄が飛び出して牛鬼の全身に絡みつく。

 一瞬の隙。

 その隙に牛鬼の身体を下から上に斜めに切り付ける。


「グアッ!?」

「うおっ、硬い!?」


 予想外の硬さに驚きの声を漏らしながら、槍の持ち方を変えると、柄の部分で牛鬼の頭をぶっ叩く。


「グオアアアアッ!!」


 よろけながらも、なんとかアンさんから距離をとる。しかし、それを追撃するようにナイフが牛鬼の眼球へと飛び込んだ。


「グギャアアア!!」

「ふふんっ、近距離以外ならそこそこ得意なんだよ」


 自慢げにしながら、ナイフをさらに投げつけるセシル。

 牛鬼は両目を押さえると、荒々しくナイフを抜き取って血で溢れかえった目でセシルを睨んだ。


「ヒッ……!」


 流石に血塗れの目で睨まれるのは怖いのか、セシルは小さな悲鳴をあげて身を縮めた。


「『血塗れの舞踏会』」


 レイはにっと悪戯が成功した子供のような笑顔を見せ、そう言った。

 それと同時に牛鬼の周り、全方向からナイフが飛んできた。


「グギャアア! グギャオオオン!!」


 子供っぽい笑顔と裏腹に、えげつない攻撃にアンさんはゾッと背筋に寒気が走った。


「というか、攻撃手段あるじゃねぇか……」


 不意に、さっきの苦労はなんだったんだと文句を垂れるが、レイはアンさんに冷たく言い放った。


「あの状態からだと、これは出来ないの。それに、威力はあんまりないから」


「……ほら」と言ってレイが視線を向ける先には、全身にナイフが突き刺さりながらも、絶命する様子がない牛鬼の姿があった。


「まじかよ……」

「ちなみにあれは私のスキルだよ。詳細は教えないけどねー」


 にひひっと唇に人差し指を当ててそう言うレイ。そんなレイは、「それで」とアンさんに問いかけた。


「アンさんはどんなスキルを持ってるのかな?」


 冒険者同士だとしても、気軽には聞くべきではない話題。それほどに、スキルというものは重要なのだ。仲間とかじゃないと、聞くのはマナー違反。

 しかし、今この状況ではアンさんの実力を正確に把握する方が重要である。だからこそ、マナー違反を承知で聞いたのだ。


「いや、俺はスキルを持ってない。いわゆる、〈無能〉なんだ」

「へ……?」


 ごく稀にスキルを持たない人間が存在する。

 それを、世間一般的には〈無能〉と呼ばれてきた。


 しかし今はそんな知識はどうでも良く、トドメをさせるほどのスキルを持つものがいないことの方が重要な懸念事項だった。


 そんなことを考えながら、牛鬼の方へと視線を向けた。


「……ねぇ、セシル」

「……なんとなく言いそうなことわかるけど、なに?」


 レイは背筋に嫌な汗がつーっと流れるのを肌で感じながら、セシルに水を向ける。


「これ、なんか結構やばいやつだと思うんだけど」

「わかる。下手したら全滅もありえるよ」


 火力を期待していたアンさんが、スキルを持ってないと知った時もかなりやばいと思ったが、それ以上に今眼前で起こっていることの方が断然やばい。


 牛鬼が背中から太い腕が生えた、異形の化け物へと進化していく光景が三人の眼前で繰り広げられていた。


「Oooooon!!」


 この時、なかなか合わなかった三人の心は一つに纏まっていた。


 ――あっ、これ無理なやつだ、と。

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