終章 兎の皮を被る異形
4—1
「陽子ちゃん! どうしてそんなに綺麗で可愛いの?」
「えー? 可愛くないよーわたしなんて!」
嘘だ。
本当は、あいつは自分が可愛いことを自覚している。
同じ陽子なのに、どうしてこうも違うのかしら……
「陽子ちゃん!」
「陽子!」
「陽子さん!!」
いつだって、あいつはクラスの中心で、他のクラスにも、先輩からも可愛がられている。
それなのに、私は……
「ねー、大神さん、話聞いてる?」
「あ、ごめん……なに?」
小五の時にあいつと同じクラスになってから、ずっとあの子は『陽子ちゃん』で、私は『大神さん』。
漢字だって同じ、太陽の陽に子供の子。
これは、おばあちゃんがつけてくれた大切な名前なのに、あいつのせいで家族しか私を陽子と呼ばなくなった。
中学生になっても同じクラスで、あいつは容姿が世間一般でいう綺麗で可愛いからというだけで、性格は最低なのに男子から人気がある。
「大神さんって、陽子ちゃんと同じ小学校だったんでしょ?」
「……そうだけど?」
「それじゃぁさ、陽子ちゃんが好きなものって知ってる? 音楽とか……映画とか……」
私に話しかけてきたこの男もそう。
あいつには高校生の彼氏が二人いるってことも知らないで、あいつと付き合おうと画策しているの。
本当に、男ってバカだ。
おばあちゃんがよく言っていた。
男はみんな狼なのよって。
男と二人きりなるなんて絶対にダメ。
男女交際なんて許さない。
女の子は、綺麗でいなければならないと……
普通の人とは違う体質のせいで、私の体を心配してそう言っていたんだろうけど、おばあちゃんはあいつを見たらどう思うだろう。
高校生の彼氏の他に、塾の先生ともそういう関係なのよ?
汚い。
あんなに汚らわしいものの、一体なにが綺麗だというの?
私はあいつも、男も大っ嫌いだった。
だから大丈夫、狼になんて襲われたりしないから。
そもそも、寄ってすら来ないわ。
ずっとそう思って生きてきた。
だけど、二十歳になって成人式で化粧をしてもらった後、変わったの。
綺麗だってみんなに言われるようになった。
今まで、化粧なんて子供のするものじゃないと言われ続けて、何もしてこなかったから気づかなかったの。
それから何かが変わったように、よく男から話しかけられるようになった。
でも、気持ちが悪かった。
自分が世間一般でいう綺麗な見た目になっていくのは嬉しかったけど、どうしても誰かと付き合うとか、そういうことができなくて……
そして、あの日の夜。
夢だった小学校の先生になって三ヶ月、仕事が終わらずに職員室に残っていたあの日————私は狼に襲われた。
無理やりだった。
不思議と恐怖というより、気持ちが悪かっただけだった。
こんな行為になんの意味があるのか、全然わからない。
でも、それ以上に……
そんなことより大切なことがある。
「待って……! 薬を……————薬を飲まなきゃ……」
私には、毎晩決まった時間に飲まなければならない薬がある。
今日のような満月の夜は特に……
それを飲まないと、死んでしまう。
もういいから、私の体なんて、好きにしていいから……
お願いだから、あの薬を飲ませて欲しい…………
そうしないと、死んでしまうわ——————狼が
「ハァハァ……」
「ほら、ここがいいんだろう?」
「ハァ……やめて————……ダメ……薬を——……」
「そんなの後で……————え?」
私は狼の手を噛みちぎった。
「な……痛い痛い痛い痛い痛い!! 離せ!! ちぎれる!! 何するんだ!! ちぎれる……手が……手が——やめろっ……う、うわぁぁあああ」
「あんたが悪いのよ……薬を飲ませてくれないから……」
「あぁぁ……化物…………!!」
そう、私は化物。
普通の人間じゃない。
これは遺伝で、そういう体質なの。
異種の生物と交わって、子を成してしまった先祖のせい。
普通の人間でいるために、醜いこの姿にならないために、薬を飲まなきゃいけなかったのに……
悪いのは全部、あんただよ……狼。
「あぁ……この姿を見られたからには、仕方がない。まずそうだけど……きっと美味しくないだろうけど、食べてあげるわ」
「やめろ……やめてくれ!!」
もう遅いわ……
醜い私のこの体を知ってしまったのだから、生かしてはおけない————
「や、やめろ!! 嫌だ……いやだ————ッ」
全然、美味しくないわ。
臭くてまずい。
これなら、うさぎの方が美味しいわ——————
いつか、もし許されるなら……こんなものより、子供の肉を食べてみたい。
まだ、誰にも汚されていない。
汚れていない……
幼くて、純粋で、無垢で綺麗な
◆ ◆ ◆
日が沈み、夜になった。
校舎に残っているのは警備員が一人と、学校の怪談の一つである大きな鏡の裏側に隠れている友野と渚の二人。
「そろそろ、出てもいいんじゃないか?」
「…………そうですね」
一回目の見回りを終えた警備員から、校舎には誰も残っていないというメッセージが届いて、二人は鏡の裏側から出て、窓から例のうさぎ小屋の方を見た。
肉眼で見ても、残念ながら月明かりもなく、暗さでうさぎ小屋の中までは全く見えない。
だが、少しだけ窓を開けて耳を澄ましてみると、足音が聞こえてきた。
————ざっ……ざっ……ざっ
砂利を踏む音だ。
足音はだんだんとこちらに近づいてきて、窓の手前で方向を変え、うさぎ小屋に向かう、大きなピンクのウサギの着ぐるみを着た何者かの後ろ姿が、はっきりと友野と渚の目に映った。
あの大きなウサギである。
人喰い兎に殺された、三人の少女の霊が人喰い兎を取り囲み、一斉にこいつだと指をさしたが、人喰い兎にその姿は見えていない。
少女の霊を無視して、古いうさぎ小屋の前にしゃがみ込んだ。
「——……ねぇ、こんな夜中に、どうしてここにいるの? 子うさぎちゃん」
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