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 □ □ □



「え? 小宮さん?」


 蝶子は出勤していたスタッフの百恵ももえに小宮について聞いた。

 百恵は、小宮が最後に店に来た時の誕生日会で祝われていたこの店では一番の若手である。


「そうよ、あの人、百恵ちゃんがお気に入りだったでしょう? 最近はまったく来なくなっちゃったけど……」


 蝶子は蝶子で、あの日、小宮が百恵に何を話していたのかが気になっていた。


「あぁ、そーなんですよ。でも、なんかあの日の少し前に来た時、ちょっと様子がおかしくてぇ」

「様子が?」

「なんというか、あの人割と暗い感じだったじゃないですか? でも、表情が明るくなってたというか……それで、いいことあったんですかーって聞いたら、彼女ができたって言ってて——……」


 小宮が独身のバツイチであることを聞いていた百恵は、照れながらも嬉しそうにそう言っていた小宮のことをよく覚えていて、その時はお祝いだと言っていつもよりサービスしてあげたらしい。


「で、私の誕生会の時に、彼女に悪いからもうここへはしばらく来ないって……そう言ってたんですよねぇ。近々自分の両親に合わせる予定だとか……」

「再婚する——……って、ことかしら?」

「そうなんじゃないですかぁ? まぁ、店にとっては常連客が一人減っちゃうことにはなりましたけど……すごい美人なんだって、とても幸せそうでしたよ? 少し痩せたような気もしましたし、その彼女が健康管理でもしてくれているんじゃないですかね?」


 蝶子の記憶だと、小宮は確か四十代半。

 小太りで、たいしていい男というわけでもないが、美人の彼女なんてどこで見つけてきたのだろうかと蝶子は小首を傾げる。

 あの休業の張り紙も、両親に会いに行くための休みだったのではないかと思った。

 だが、ふとあることに気がつく。


「——……あれ? でも、小宮さんってご両親二人とも火事で亡くしてなかった?」

「……え? ああ、そういえば……」


 以前に聞いた話では、小宮の両親は火事で亡くなっていて、確か毎年命日には墓参りに行っていると行っていた。

 小宮がいなくなったのは、ちょうどそれくらいの時期ではないだろうか……と、蝶子は思った。




 □ □ □



 友野と渚が小宮のアパートについたのは、夜七時半過ぎだった。

 錆びついた階段をギシギシ音を立てながら二階の五号室へ。

 渚がインターフォンを鳴らしてみたが、蝶子の言った通り誰もいないようだった。

 電気もついていないようで、郵便受けにはチラシと郵便物が入りきらずにあふれ、散乱している。


「一体、いつからいないんでしょうか? …………あれ?」


 渚は落ちていたいくつかのチラシを拾い上げると、ドアと床の間に挟まっている一枚の長細い紙を見つけた。

 引き抜いてみると、白い半紙に黒い墨で封印と書かれている。


「先生、これって————!!」


 あの絵に貼られていたものより真新しい封印の札だ。

 土埃で少し汚れてはいるが、最近作られたものだろう。

 友野は持っていた札と見比べたが書体が違う上に、使われている墨の色も異なる。


「管理会社に言って、開けてもらいましょう。もしかしたら、中で死んでたりするかも……!」


 渚は階段を駆け下りて、アパートの一階に貼ってあった管理会社の電話番号を確認しに行った。

 友野はドアの前で待っていたが、嫌な予感しかしなくて、試しにドアノブをひねってみる。


 ————ガチャッ


 鍵は開いていた。

 玄関に、同じ封印と書かれた札が何枚も落ちている。

 一足だけ置かれていた黒い革靴の上にも。


「これは……」


 ドアのすぐ横にあったスイッチを押して、電気をつけると部屋の中央に掛け布団が無造作に落ちている。

 そして、ドア、窓、壁の前に封印の札が落ちていた。

 辛うじて壁に残っていた封印の札も、友野がドアを開けたせいで室内に風が吹いてはらりと落ちる。


 そしてよく見れば、天井にも貼られていた。



「こんなに大量に……一体、何から身を守ろうとしていたんだ?」


 友野は部屋中を見渡したが、小宮の死体も、もちろん霊も残っていない。

 ただ、そこに何かがいた痕跡は残っている。

 何かが通った足跡が、友野には見えていた。



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