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 スナック夜蝶本店は、このビルの一階にあり、元ナンバーワンホステスだった蝶子こだわりの紫を基調とした内装になっている。

 まだ開店前のため、従業員が全員揃っているわけではないが、今いるスタッフ数名はみんな友野のことを知っていた。

 開店準備の手を止めて、みんな友野の方へ近づいて来る。


「先生、最近よくテレビに出てるわよね? 儲かってるんじゃないの?」

「あらぁ♡ だったら、ウチにももっと頻繁に通ってもらわないと♡」

「ははは……そうですね」


 年上のお姉様方に囲まれて、生気を全部吸い取られてしまうんじゃないかと思うくらい、ここへ来るとなんだか友野は疲れるのだ。

 若い男が来る場所というよりは、常連客は一番若くても三十代後半ぐらいだろう。


「ほらほら、大先生が困ってるじゃない。あんたたち、これから占ってもらうんだから、あまりイジメるんじゃないわよ。順番に見てもらうから、呼ばれるまで仕事しなさい」

「はーい」


 蝶子がそう言って、お姉様方は開店準備の作業に戻る。

 ちょっとホッとしながら、友野は蝶子に案内されて一番奥のテーブル席に座り、正面にスタッフが一人座った。


「それじゃぁ、始めますね……————」


 紙に名前と生年月日を書かせている間に、友野はそのスタッフの背後にいるものを見る。

 しかし、守護霊だったり、背後霊だったり人によって憑いているものは様々であったが、不幸を呼ぶような悪い霊がついているスタッフは特にいなかった。

 呪われているということも特にない。


「どう? 誰が原因かわかった?」

「……いや、それが、特には————」


 残りは今日休んでいる一人と分店のスタッフ四人だ。

 ここにいないのなら、その四人の中にいるかもしれないと……友野は考えた。


「残りの子たちは今こっちに向かってるから、ちょっと休憩したら? 何か飲む? ビールでいいかしら?」

「あぁ、いえ、大丈夫です。まだ仕事中なんで……」


 以前ここで散々飲まされ、気づいたらベロベロに酔っ払って記憶がいくつか飛んでいたことがあり、それ以来友野は酒はほどほどにしている。

 なにがどうなっていたのか思い出せないが、起きたら占いの館のテーブルの上で丸くなって寝ていて、その後酷い風邪を引いたのは苦い思い出である。


「トイレって、このドアでしたっけ?」

「ええ、そうよ」


 まだ他のスタッフが到着していないのならと、その前に一旦トイレに行こうと友野は立ち上がった。



 ————ガチャリ



 そのドアを開けた瞬間、友野はある一点を見つめたまま、ピタリと動かなくなる。


「なに? どうかした?」


 立ち尽くしている友野を不審に思って、蝶子が声をかけると、友野は急に真っ青になってトイレの床を指差す。


「この下だ…………この下に何かある」

「……この下?」


 蝶子には全くなにも見えていなかったが、友野の目には禍々しいものが見えていた。

 壁と床の隙間から、ゆらゆらと揺れる黒い空気。

 蝶子がいう運気が下がっている原因は、スタッフの誰かが呪われているせいではない……

 この下にあるものが原因だと、友野は感じ取った。


「この下って…………言われても……下の階ってこと? 骨董品店……?」


 この下地下一階にあるのは小宮こみや骨董品店。

 店主と連絡が取れず、二ヶ月ほど前から家賃が振り込まれていない店だ。

 友野と蝶子はスナックを出て、地下の階段を駆け下りようとした。

 ちょうどその時————


「……先生!! 仕事サボってこんな時間からお酒飲んでたんですか!?」

「な、ナギちゃん!?」


 上の階から降りて来た渚と鉢合わせた。


「もう、なにしてるんですか!! せっかく新しい仕事持って来たのに!!」

「新しい仕事? いや、だから勝手に受けて来るなっていってるだろ!? って、今それどころじゃ……————」

「虎一匁ですよ!! 今話題の!!」


 蝶子は渚の発言に足を止める。


「犯人は女の幽霊なんですって!! 目撃者がいるんです!!」


 大好きな幽霊の話に、キラキラと瞳を輝かせる渚。

 こんな可愛い顔で、男受けの良さそうな格好の大学生からは想像できないほど、嬉しそうだった。


「その話、詳しく聞かせなさい、お嬢ちゃん!」


 まさか自分の大事なスタッフが疑われている事件の犯人が幽霊だなんて、信じがたいことだが、犯人さえ捕まれば疑いは晴れる。

 そうすれば、スナック夜蝶に対する世間の噂もなくなって、売り上げが戻るに違いないと蝶子は考えた。

 渚は渚で、こんな綺麗な人が幽霊の話に興味を持ってくれるなんて……と感動する。


「え、この話、興味あります!?」


 嬉しそうに階段を降りて、蝶子に駆け寄る渚。

 蝶子を自分と同じそういう類の話が好きな仲間だと思ったのだろう。


「大学の友達が、事件のあったホテルでバイトしてたんですよ!! そしたら、幽霊と一緒に男の人が——……ふがっ」

「待ってナギちゃん!! その話、今はちょっとストップ!! ママ、先に下へ行きましょう。幽霊より、明らかにこっちの方が危険です」


 絶対話が長くなると思った友野は、渚の口を手で塞いで黙らせた。


「え、でも、犯人が幽霊って話は……————」

「いいから、早く行きましょう!! 鍵は持ってるんですよね?」

「当然でしょ? 私のビルだもの……」



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