第二章 アリバイ

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 彼とは、結婚を前提にお付き合いしていました。

 彼は以前お付き合いしていた女性の浮気が原因で、しばらく恋愛や結婚には興味がなかったらしいんですが、初めて会った時に、運命的なものを強く感じてくれたそうで……

 まぁ、お互いにですけど……


 彼とお付き合いを始めてからは、明るくなったって言われるようにもなりまして……

 なんというか、今まで特に運がいいと思ったことはなかったんですけど、何もかも上手く行くような感じがして……

 それから受け持ったクラスの児童たちもとてもいい子ばかりで、まさに公私ともに順調でした。

 そろそろいい歳だし、彼となら結婚してもいいって……そう思っていたんです。

 あぁ、もちろん、彼をとても愛していましたから。

 それが一番の理由ですよ。


 だから、そんな彼がこんなことになるなんて、本当に驚いたんですよ。

 駅のホームから突き落とされるなんて、一体だれから、どんな恨みを買ってしまったのか……

 あんなに誰にでも優しくて、魅力的で素敵な彼が、どうしてこんなことになったんでしょうね。


 運良く電車が通過する前に線路とホームの隙間に落ちて助かったそうですが……

 打ち所が悪くて、今も意識不明だなんて……


 本当に、信じられません。

 誰がそんな酷いことをしたんですかね。


 わたしじゃありませんよ。

 だってその時間、アリバイがありますから————



 △ △ △



「病院ですか」

「ええ、その時間、私は病院にいました。嘘だと思うなら、病院に問い合わせてください。その駅には行ってません」


 取調室で三好ははっきりと、自分のアリバイを主張した。

 しかし、男性が駅のホームから突き落とされた瞬間の映像は、防犯カメラに映っていて、突き落とした女の横顔と後ろ姿も残っている。

 その犯人の女は、確かに三好とよく似ている。


「それに、どうして私があの人を殺す必要があるんですか!? 私は、あの人と結婚を前提にお付き合いしていて、妊娠だってしているんです。まだ、このことを伝えてもいないのに……」


 駅から突き落とされ、現在意識不明で入院している被害者・向井むかい信明のぶあきは、三好の恋人だった。

 三好が友野に言われた通りに産婦人科のある病院へ行って、結果を聞き待合室であの年配女性と会話をしているちょうどそのくらいの時間に、事件は起きた。


 三好のアリバイは完全に成立していて、駅のホームにいる人物とは全くの別人なのは明らかだ。

 病院の監視カメラに、三好が映っているし、その話しかけてきた女性の姿も。


「しかし、ここまで似ているとなると……一体どういうことだ?」


 東と南川は、目撃者の犯人は女だという証言に加えて、駅の防犯カメラの映像、そして、向井の恋人が三好であることを踏まえて、三好が犯人であると確信していたが、これでは犯行は不可能だ。

 しかし、防犯カメラに映っている人物は同じ人にしか見えなかった。

 着ている服は違うが、髪型や体型、顔つきだって同じように見える。


「だから、ドッペルゲンガーだって言ってるじゃないですか! 私には、兄はいますが姉も妹もいませんし、歳の近い親戚だっていません。こんなに似ているなら、やっぱり、ドッペルゲンガーなんですよ!!」


 三好は初めて映像でその姿を確認し、あまりにも似過ぎていてゾッとした。

 だが、これではっきりした。

 やはりドッペルゲンガーが実在していたことが。


「ドッペルゲンガー……って、言われても……そうなると、本体であるあんたを逮捕するべきなのか? それとも、ドッペルゲンガーの方か?」


 こんなことは初めてで、東は首をかしげるしかない。

 刑事になって二十年、ドッペルゲンガーが人を殺そうとしたなんて事件は初めてだ。


「そんな……!! どうして私が逮捕されなくちゃいけないんですか!! 犯人はドッペルゲンガーであって、私じゃないんですよ!!?」


 三好としては、踏んだり蹴ったりの状況だ。

 いきなり現れたドッペルゲンガーに、自分の恋人を殺されかけた上、容疑者として取り調べを受けているのだから……

 このまま逮捕なんてことになれば、児童や保護者たちからの信頼も失い、教師として教壇に立つこともできなくなってしまう。


 それに、もし、向井がこのまま目を覚まさずにあの世へ行ってしまったら、お腹の子供は誰が育てるのか……

 何より、こんな警察署の取調室ではなく、一刻も早く向井が入院している病院へ行きたい。


「ドッペルゲンガーか……こうなると、やっぱり、友野先生の出番なんじゃないですか?」


 南川がそう口にし、東は渋い顔をしていたが、一度深くため息をついてから頷いた。


「仕方がない……署長にはバレないようにな————」



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