第52話 stray sheep
大金を稼いだのなら次は贅沢に散財するターンだ。お金持ちはお金を使うのが仕事だからね。
5万魔素は地球の貨幣で5千万円くらいの価値だから、この程度の資産じゃまだまだ実は富裕層とは呼ばれないんだけどさ。気持ち的にはもう億万長者な気分。
「ふんふーん」
散歩するように雑木林の中をテクテクと歩く。
僕の分身である木々がクニャッと身動ぎして歩行の邪魔をしないよう進路上から逸れた。
僕の機嫌を反映するよう陽気に踊ってる木が時々ある。完全に無意識でやってるから何故、踊り出す木と踊らない木が混在してるのかは分からない。もしかしたら木にも個性があるのかな。
あ、ちなみに地球で裕福層に定義されているのは1億円の投資可能な資産を持つ人々だね。
僕の前世の出身である島国日本は世界でも裕福な国で338万人もの裕福層がいる。これはアメリカに次いで世界2位の数。
しかも超裕福層だとされる30億円の投資可能資産を持つ人数も2万人近くいる。お金はあるところにはあるね。ちなみに1位のアメリカは10万人の超裕福層がいて、トップの経済団体は兆の上の京って単位が登場する資産を持ってる。ここまで行くとインフレし過ぎててよく分からないな。
まあ、お金はあくまで便利なツールに過ぎない。
溜め込んだ資産をどう使うかが重要なんだ。箱庭維持の為に一定額の留保は必要不可欠だけど、魔素もそう。
で、結局5万魔素を何に使うのかと言うと。
「やっと黒羊デーモンを呼び出せる」
◆◆◆
SR黒き仔山羊
有利特徴:魔素還元機構++
不利特徴:盲目-
ロープのような触手で形作られた巨大な樹木であり、羊のような蹄の生えた四足動物であり、幹に巨大な口を生やした怪物。
生まれながらに偉大なる母を讃えし奉仕者。
起源は零落した大地の女神を崇拝する古代の殉教者の成れの果てであったが覚えている者は最早いない。
◆◆◆
彼の有名な作家により作り上げられた架空の創作神話群。クトゥルフ神話。
黒き仔山羊はそこに登場する地母神シュブ=ニグラスの落とし子だ。彼らを解放する為に家のあるトレント広場から外縁地帯付近なんて遠い場所まで遠征して来た訳。
僕にとっては無害でも他の子達には害があるかもしれないからね。命令すれば大丈夫だとは思うけど、見ただけでSAN値を削ってくるのがクトゥルフ神話に登場するモンスターの特徴だからさ。念の為ね。
何か説明文に元々は人間でしたよって書いてある気がするけど、カードに描かれたイラストは黒々とした大樹を四足歩行させて幹に牙のズラッと並んだ口を付け足した凶暴な肉食獣を表現しているようにしか見えない。うん。実は人間だったなんて僕の気のせいだな。殉教者は殉教者でも最初から人外の種族だったんだろう。
「リリース」
深く考えると解放する事を躊躇してしまいそうだったからノリと勢いで突っ切ろうと僕はキーワードを唱えた。
ギュワっと魔素を吸い尽くそうとするかのように一気に手に持ったカードへ箱庭の魔素が集っていく。これは確かに何も考えないで解放しようとすると魔素が枯渇するかもしれないな。眷属化しないでカードから解放するのは意識して魔素を操作しないといけないし、逆に難しいんだ。
まあ、今はラミア一族から貰った魔素貯金がある。どんな大食らいだろうとSRなら眷属化できるでしょ。
そうフラグを立てながらも僕は蛇の描かれた魔石のインゴットをカードへと押し付けていった。猛スピードで黒い魔石の内包魔素が奪われて色合いが薄れていく。魔石の色が完全に透明になったら溶けるように空中に消えていく様は神秘的で見ていて面白い。
千魔素を内包した魔石を2つ3つと食らっても一向に衰えない食欲を発揮するカードに流石に顔が引き攣ったけどさ。
幸い5つ目の魔石を食い尽くした所で眷属化の儀式は終わってくれた。ちょっとビビった。SRを眷属にするには5千魔素も必要なのか。一気に要求魔素が跳ね上がったな。
「Iä! Shub-Niggurath! The Black Goat of the Woods with a Thousand Young!」
実体化した黒き仔山羊が冒涜的な祝詞を唱える。
意味は確かシュブ=ニグラスに千人の若者の生贄を捧げよって感じだったと思う。
ちなみにシュブ=ニグラスはクトゥルフ界随一のビッチで常にセックスして子を生んでいる。しかも相手は男だろうと女だろうと関係ない。女だったら僕と同じようにふたなり化して孕ませようとするからね。
つまりこの言葉は「ママが乱交したいって言ってるんだけど、希望者いる?」と言ってるに等しい。
いやー、変わった挨拶だね。
「いあ! あいむらびにっ!」
最高にクールな挨拶だねっと手を上げて挨拶を返したら触手が一本近付いてきて僕の手に触れた。
これはあれか。握手、もしくはハイタッチ。
「Ia!」
「いあ!」
うん。何でだろう。何故か上手くやれそうな気がしてきたな。
◆◆◆◆
箱庭名:アールヴヘイム
支配者:サルマ・フィメル
文明レベル:0
文明タイプ:原始/精霊
箱庭人口:438人
経過年月:2月23日11時間
箱庭面積:12.1km2
魔素濃度:20550
蓄積神秘:125
保有戦力
N :4万8千
R :50
SR :3
SSR:0
UR :0
箱庭碑文
・ゴブリン神話『王朝開闢史』
◆◆◆◆
あれから更に5千魔素分の魔石を追加で使用して2体目の黒き仔山羊を眷属にしたんだけど、何かもう既に箱庭人口に数えられちゃっている。何故かめっちゃフレンドリーでビビるんだけど。クトゥルフ神話の怪異ってこんなに陽気だったっけ。ウネウネ触手をくねらせる仕草がもう踊ってるようにしか見えなくなってきたんだけどさ。
「お、箱庭の魔素濃度も2万を超えてる。魔素濃縮リンゴの売上金5千魔素は普通の魔石だったし砕いて足しにしたけど、箱庭座標を売った残りの4万魔素分の魔石は取っておこうかな。芸術品みたいで綺麗だったし」
うん。真面目に考えよう。SAN値直葬は元人間のデーモンには洒落にならないし。
ポイントは黒き仔山羊の不利特徴である盲目にあると思う。
物理的に目が見えてない訳じゃないみたいなんだよね。彼らに目玉はないんだけど歩いた方向に付いてくるか確認したらちゃんと僕の後を追ってくるんだ。
つまり、この盲目は他のものが目に入らず理性的な判断ができない事を意味している。
「殉教者。羊。偉大なる母」
そして零落。何か繋がったような気がするな。
シュブ=ニグラスは創作者である作家のサバトのイメージを元にデザインされている。つまり悪魔の一種なんだ。
悪魔はアブラハムの宗教によって零落した太古の神が堕ちた姿。特に過去に権勢を誇った地母神・豊穣神がターゲットとなりやすく、彼女達は多産の象徴でもあった。
また悪魔のシンボルは山羊だから、それが黒き仔山羊の元ネタになったと思うんだけど羊が象徴している要素はもう一つある。
生贄だ。スケープゴート。贖罪の山羊。
スケープゴートは聖書由来の言葉で不満や憎悪を直接的な原因ではなく他の者に転嫁する事を意味している。
また黒い羊というのは心理学用語において集団の中でなじめずにいる人を排除しようとする心の動きの事を言う。これもまた聖書の故事から来ている言葉。
集団バイアスの犠牲者。他の組織より自分達が所属している組織の方が優れていると思い、劣った点がないか探った結果、馴染めずにいる者が存在するせいで一体感がないのだと排斥させようとする心の動きだ。
「太古の地母神に捧げられた生贄が黒き仔山羊の正体?」
ならば盲目とは。生まれた時からシュブ=ニグラスを崇拝する理由とは。
排斥された者達が最後の最期に辿り着いた母なる大地に縋り付き眠りについた事を由来としてるんじゃないだろうか。もう他の事等、目には入らない。何故なら世界の全てが彼らの敵だったからだ。彼らにはそういう役割を果たす事以外に選択肢なんてなかったんだ。だから、彼らは大地の女神の忠実なる奉仕者なのか。生贄に捧げられた神の名すら忘れ去られた今も尚。
もしかしてシュブ=ニグラスが黒き仔山羊を産むのは輪廻を意味しているのでは。確かシュブ=ニグラスには万物の母という別名もあったはず。
だから同じ地母神である僕の事を崇拝した?
いや、違う。
彼らは母親こそを崇めるんだ。
「眷属化は生まれ変わらせる事と等しい」
つまり黒き仔山羊は主に絶対の忠誠を捧げる神の迷える子羊なのか。
「そういう事?」
ポツリと聞いた僕の言葉に。
黒き仔山羊はIa!と元気よく鳴いた。
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