第16話 閃き

「いい? 樹木っていうのは美しい樹形を保ち健康を維持する為に手入れが必要なんだ。せっかく伸びた枝を切り落とすのは勿体ないって思うかもしれないけど、既に役目を終えた枝を残していると栄養を余分に取られて成長を妨げる上に枝同士が絡まり合って傷付け合ってしまう。僕らが髪や爪を切るのと一緒。これを剪定と言って、切り落とした方が良い枝の事を忌み枝と言うんだ」

「はい女神様」

「だから苗木トレントが止めても躊躇しないでバッサリ剪定してね。ちょっと前任者が適当にやったせいで嫌がるようになっちゃって。お風呂に入りたがらない犬猫と一緒。問題ないからね」

「は、はい」


 カードから解放した人間の子供達が瀕死だった事が判明した数日後。僕は魔素によって眷属デーモンと化した子供達に仕事の指導をしていた。

 あの日は不良品を売りつける悪徳業者なのかと憤慨してミュータント傭兵に抗議メールを送ったけど、冷静になったら死にかけの子供を見て不良品だと怒鳴った僕はだいぶヤバい奴だった。状況説明と子供の救助を願うミュータント傭兵の返信メールを見て頭に冷や水を浴びせられた気がしたもんだ。


 何時の間にか僕は無意識のうちにデーモンの価値観で物事を考えていた。

 デーモン脳に完全に乗っ取られていた訳だ。


 プレイヤーの中で一番始めに人間をショップに売り払ったミュータント傭兵は鋼の精神力で飢えによる極限状態の中、人間としての生き様を貫いたんだ。後でミュータントの愚痴スレを覗いてみたら、ネタ塗れで冗談めかしてはいたけど、そこには確かに彼の信奉する黄金の精神が息づいているように見えた。


 正直、ちょっと反省したね。

 まあ状況が状況だから、これからも人身売買・デーモン売買を止めるつもりはないけど、多少は助け合いの精神って奴を重んじようと思う。

 デーモン脳のままだと何時か魔法少女に成敗されそうだし。外面くらいは取り繕わないと。


 で、その最初の手助けが子供達の眷属化だった。これがその結果。



◆◆◆


Rダークエルフ(3/10)

有利特徴:精霊魔法+

不利特徴:食性制限-


黒い肌と尖った耳が特徴の元人間。

故郷を捨てデーモンに降った種族であり、精霊との親和性が高い。


◆◆◆



 ニンフの僕が眷属にしたからか精霊と縁の深い種族になった。

 今も周囲で踊ってる小精霊や目に見えない微精霊と言葉を用いない魔素によるコミュニケーションを行い力を貸して貰うんだそうだ。


 小精霊は僕が指示しないと望ましい環境改変を行ってくれないから助かる有利特徴だ。Nランクだと進化デーモンすら一時的な命令しか受け付けないからね。命令をずっと覚えていられる程の記憶力がないからさ……。悲しくなってくるよ。


 不利特徴の食性制限は肉類の摂取が駄目みたいだね。エルフは菜食主義だってイメージのせいで動物性タンパク質を口に入れる事に嫌悪感を抱くみたいだ。

 味覚的には問題ないみたいだけど、何か嫌いっていう食わず嫌いが発生してる。貧乏くじミュータントが善意でプレゼントしてくれた鶏の唐揚げは僕のお腹の中にだけ収まった。


「その刃物をどうするつもりなの?」

「またボクの枝を切るの?」

「やめて! もう虐めないで!!」


「え。いや、でも剪定しないと……」

「虐めないから大丈夫だから」

「何か可哀想だよぅ」


 ジリジリと近付くダークエルフ達を警戒する苗木トレント達。うん。上手く行ってるようで良かった。

 コボルトだともう姿を見た段階で泣き出すからね。周囲の大人トレントも微笑ましそうに見ている。


 紛争地帯のストリートチルドレンをやっていた割にダークエルフの子供達は擦れてない。路地裏にいた期間が短かったんだろう。路上で長生きを出来るような環境じゃなかったという闇深案件だけど、素直で扱う僕としては助かってる。

 年齢は十代前半。小学校の高学年生か中学に入学するあたり。男の子が一人に女の子が二人。繁殖の事を考えるなら、もう少し上の年代が欲しいんだけど、これから育ってくれるだろうか。デーモンは不老化する年代が個体毎に違うから少し心配。背丈があまり変わらない僕が言うのもなんだけどね。


「ほら、君らがご所望の栄養価が高いご飯だ。欲しかったら我儘を言わず大人しくしてなよ」

「黒土だ!」

「お水もある!」


 インベーダーのコピー商会から買い入れた肥料と水入りペットボトルを見せたら苗木トレントは直ぐに大人しくなった。

 本当に人間の子供をあやしてるみたいで可愛らしい。これがあの狸爺トレントになるのかと思うと残念でならない。


「助かります」

「剪定する枝は分かるね?」

「はい。なんとなく」


 年長者の男の子が真面目な顔で頷く。野性味のある顔立ちと黒髪黒目黒肌と色合いが黒一色で耳が尖ってるから闇の者感が半端ない。素直な良い子なんだけどね。

 剪定する枝を何の説明もなく理解できるのはトレントもまた精霊の一種だからだ。彼らが発する魔素を感じ取って本人が邪魔だと思ってる枝を見付けるのはダークエルフなら難しくない。

 うん。凄い当たり種族だ。人間を買って良かった。



◆◆◆◆


箱庭名:アールヴヘイム

支配者:サルマ・フィメル


文明レベル:0

文明タイプ:原始/精霊


箱庭人口:68人

経過年月:25日7時間52分

箱庭面積:10km2


魔素濃度:3040

蓄積神秘:105


保有戦力

N  :4835

R  :28

SR :0

SSR:0

UR :0


◆◆◆◆



 人間の眷属化は100程度の魔素消費だったから貯蓄も減ってない。むしろ初期に持っていた魔素濃度を超えたくらいだ。

 ベッドを買った時のように家電製品を結構、衝動買いしたから不安になったけど全然大丈夫だな。流石はニンフ。


 いや、バナナの売れ行きが良い感じだから家電製品の購入は7割くらい相殺されたのか。発電機とか大型冷蔵庫とか洗濯機とか窓ガラスとかガソリンとか照明とか衣服とか買いまくったのに1魔素しかしないバナナが消費を補ってる。マジでか。

 よく考えたら1魔素って日本円で1000円くらいの価値はあるから、デーモンプレイヤーは皆して1000円のバナナに群がった訳で。


 やっぱバナナなんだよな。メロンとかの方が受けが良いかもとか気の迷いだった。


 比例して懐かしの山菜果物セットの売り上げが激減したけど、仕方ない。魔素補給をしたいだけなら箱庭を持たないデーモンだって魔石を丸呑みすりゃ終わるもの。10魔素も出してマズい食材を大量に食いたくはないだろう。一部に根強いファンがいるから出品は続けているけどね。


「でもバナナの果樹が既に枯れそうになって来てるんだよな。思った以上に早かった」


 やはり地球の植物が時空の狭間にある箱庭で育つのは無理があったのかも。魔素を利用してる周りの植物に淘汰されるまでもなく、土地の栄養が少ない上に水も僕が撒くペットボトル分だけで太陽光も少ないって最悪の環境だ。勝手に枯れる。下手に数百本も生やしちゃったから環境を改善してる小精霊の数も間に合わなくて焼け石に水だったし。


「新しく生やすのは問題ないんだけどバナナ販売だけに手間を取られるのはなぁ」


 しかもこの問題はバナナだけじゃない。他に品種改良されたフルーツや野菜にも付き纏う事柄なんだ。

 可能なら僕自身は全く事業に手を出さず、眷属の元人間を監督してるだけで現金や魔素が湧いてくるって体制を築きたいと思ってる。怠けたいんじゃなくて、そうでもしないと箱庭の規模を大きくした都市国家なんて誕生させる事は難しいんだ。箱庭内に循環する経済市場を導入しないと小さな村落で終わってしまう。


 市場を箱庭に導入するには外貨を獲得するのが一番、手っ取り早い。品種改良した美味しい食品。魔素さえ豊富ならデーモン国家に売れると思うんだ。

 今なら僕以外の売り手もいる訳だし。ダークエルフならデーモン国家を彷徨いても不自然じゃない。送迎にSRの娘を使えばいける。


「気が早い。焦るな。地道に一歩ずつ行かないと」


 まだ魔素が豊富なフルーツ食品の作成にすら成功してないんだ。ダークエルフの数も少ないし、激変した環境に慣れてない。

 SRの娘を解放するのは……そろそろ良いか? 僕をトップとする信仰体系の形は少しずつ見えて来てるし。今、解放すると初期の箱庭での強力な用心棒くらいの立ち位置だ。僕の立場を脅かす程じゃない。


 もう少しして、武力の必要性が高くなったら解放するかな。ダークエルフの数を増やす方が先かもしれないけど。


「女神さま」

「ん? なにかな」


 考え込んでるとダークエルフの中で最も幼い娘がクイクイっと僕の服の裾をつまんでいた。


「あの。トレントの幼い子の一人が怪我をしてて。治せませんか?」

「怪我……? ああ、ゴブリンに木の幹を傷付けられた子か。今、魔素で自然に治ってる最中だから心配しなくて大丈夫」


 そもそも植物を人が意図的に癒やすなんて――。


 あ。


「でかした!」

「え、え。なにゃに、ですか?」


 閃いた。接ぎ木だ。

 2個以上の植物を切断面で接着して1個にするアレ。


 アレさえ用いれば魔素の豊富な地球産フルーツが出来る!!

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