第8話 ゴブリンとコボルト

 コバルト鉱石。原子番号27の元素であり銀白色をしたレアメタルの一種だ。

 鉄よりも錆びにくく酸やアルカリに侵食されにくい便利な合金材料として活用されている。ガスタービンやジェットエンジンといった高温で高い負荷が生じる装置などに用いられている他にも、携帯電話や電気自動車に使用されるリチウムイオン電池の素材としても用いられている重要な鉱石だ。


 前世においてはその希少性から紛争鉱物として知られ社会問題となっていた。この世界でも情勢は大して変わらないだろう。人類に争っている余裕はないはずなんだけど、発展途上国でミュータントが傭兵として雇われるくらいには火種は燻り続けているらしい。


 そのコバルト鉱石なんだけど実は一つ面白い逸話がある。

 16世紀のドイツにて、熱すると有毒ガスを吐く鉱石が度々鉱山で発見され、Koboldと呼ばれる妖精が銀や銅を抜いたのが原因だとされたのだ。

 後にこの伝承はイギリスに渡り、その石はヒ素や銀・銅を含んだものであると解釈される。そして18世紀にはそこから精製された物質を原子番号27の金属元素として制定する運びとなった。


 コバルト鉱石の冶金の難しさが、16世紀のドイツでコボルトが坑夫を困らせる為に魔法をかけているのだと信じさせたんだ。


 この逸話は原子番号27の金属元素の呼び名を決める時、ドイツ語で地の妖精を意味するコーボルト(Kobold)に由来して名付けられたくらいに有名な逸話だ。そして、その経緯こそが魔法少女大乱の世界では力を持つ。

 それが迷信だろうとジョークだろうと関係はない。人々はそう信じ、その信仰を、その神秘をコボルト達へと捧げた。


 信仰を捧げられた歴史こそがデーモンの強さだ。故にコボルトはコバルトを生み出せる、はず。


「あー。最近、生まれたコボルトには無理なのか。後付けで習得させるには最低でも神秘を蓄えて進化させる必要がある訳ね」


 掲示板の有志ニキ達の検証結果を見た僕は溜息を吐いた。

 そう、ゲームの有名な雑魚モンスターとして最近のコボルトは引っ張りダコだ。もしくは人懐っこい亜人種という設定を与えられる事もある。


 16世紀ドイツの逸話に登場するコーボルトと、近年のゲームのコボルト。どっちが有名かは語るまでもない。

 歴史の浅い生まれたばかりのコボルトはそれ相応の力しか持たないという訳だ。


「つまり、鉱物資源-の不利特徴は16世紀基準での評価じゃなくて、普通に食い物として消費するからって事?」


 うわマジか。期待してた分、ガッカリ度が半端ない。

 そもそも他の箱庭のコボルト達は普通に森に住み餌も鉱石なんて必要ないらしいし。ガセネタじゃないのって疑われる始末だ。


「いやいや。コボルト達が栄養不足で困窮してるのはマジなんだぞっと」


 ん? 魔素が足りなくて箱庭が崩壊寸前なのか? なんで、そういう話になるんだ?



◆◆◆◆


箱庭名:アールヴヘイム

支配者:サルマ・フィメル


文明レベル:0

文明タイプ:原始/精霊


箱庭人口:16人

経過年月:10日13時間34分

箱庭面積:10km2


魔素濃度:1959

蓄積神秘:101


保有戦力

N  :226

R  :25

SR :0

SSR:0

UR :0


◆◆◆◆



 初日から魔素が1000近く減ってるけど、それはSR黒き仔山羊を2枚買ったせいだから計算通りだ。

 その後は増えていく魔素をトレント繁殖事業に回した。5苗に1400魔素は注ぎ込んだと思う。


 意外な事にトレントを魔素で急成長させた時より、眷属にした時の方が倍は必要魔素が多かったんだよな。全モンスター眷属化計画は机上の空論だったか。

 めっちゃ増えてるNランクモンスターは大半がスライムな。簡単に分裂して増え、高所から落ちたりして簡単に死ぬ。死体は森の栄養になってるみたいだ。どうやら微精霊が物質化した生命体なだけあって、こいつらも魔素を放出してるらしい。数字に表せない小数点以下の微々たるものだけどな。有り難い話だ。


 うーん。やっぱり問題ないよな。何がおかしいんだろう。


「あ」


 そうだ。デーモンは魔素がある限り飢えない!!



 ギギギッと険しくなった目をコボルト達に向けるとビクンっと震えてコボルト達の尻尾が逆立った。

 へぇ。薄汚れてるけど別に痩せちゃいないね。やつれて見えたのは、これ見よがしに足取りが覚束なかったからかな? ふぅーん。


「騙した?」


 ダラダラと冷や汗をかくコボルトに尋ねるけど視線が合わない。おう、こっち見ろよ。

 苛々した感情のままに今度はトレントに視線を向けてみたが、こっちは飄々とした顔のまま佇んでいる。僕が木のウロに浮かぶ感情を読み取れていないだけかもしれないけどね。


「嘘ついた?」

「いえいえ。確かにコボルト達は栄養不足で住居も野晒しですぞ。魔素のおかげで健康には何の問題も御座いませぬが」


 ちょっと言葉が足りませんでしたなと笑うトレント。こいつ確信犯だ。

 そういえばトレントが示唆したのはコボルト達の現状と生態だけだった。コボルト達は本来なら地下や坑道に住み鉱物を食べる、と。そう僕に気付かせるだけで何かを改善しろとは要求して来なかった。


 コボルトカードを僕自身が見る事で現状のままでは駄目なのだと推測させて、嘘を吐かずに望む方向へ話を誘導する。

 何だこの狸爺。前世は政治家なの?


「嘘を吐いてないのは分かった。で、何が目的でこんな真似を?」


 デーモン社会で箱庭の主は絶大な権力を持つ。日本と違って法律が住人を守る事は無い。

 僕がトレントを不快に思って切り倒そうとしても別に止める奴なんていない。それはトレント自身も分かってるだろうに。


「少し調整が必要だと思いましてな」

「調整?」


 首を傾げる僕にトレントはゴブリンの事ですな、と口にした。


 ゴブリン。悪戯好きで邪悪な妖精。僕の箱庭でもその伝承通りの存在で、コボルトを虐めトレントに悪戯し主の僕にさえ嫌がらせを繰り返す、まさに害獣。

 そういう存在として伝承されているから、そういう存在になったのだと僕は思ってる。コボルトと同じく雑魚モンスターとして有名で、コボルトよりも可愛げがなく悪辣。色んな媒体にそういうキャラとして登場する。ある意味、人間の信仰を最も集める事に成功した矮小で邪悪な怪物だ。


 だがトレントによると僕の箱庭でゴブリンが嫌がらせを繰り返していたのは伝承のみが原因という訳ではなかったのだとか。


「神秘の蓄積。それがゴブリンの目的でしょうな」


 信仰を集める事で伝承存在は存在の位階を上げる事を可能とする。それを神秘の蓄積という。

 僕がトレントを病気で魔素収支が赤字になる可能性を呑み込んでまで繁殖させているのも同じ理由だ。トレント以外は神秘の蓄積に貢献してくれてないからね。魔素的には赤字になってでもやる価値は十分にある。


 それと同じような事をゴブリンもやっていた?


「神秘の蓄積は下から上への一方通行なものではないのです。むしろ効率を考えるなら高位の存在の寵愛を受ける事こそが最も手っ取り早い」

「僕、ゴブリンに肯定的な感情は一切ないんだけど」

「だからですな」


 寵愛を受けられないならば、嫌われる事で注目を集めれば良い。

 その感情こそがゴブリンを強くする。


「え、ゴブリンってそんな頭が良いの?」

「本能でしょうな。獣は皆、生きるのに何が必要なのか生まれた時に悟るものです」


 そんなゴブリンに比べてコボルトは生態に適してない環境に馴染もうとしてるだけで僕に何のアピールもしなかった。

 このままではそのうち、箱庭のバランスが崩れて危うくなる。より多くの神秘を集めようとゴブリンが今まで以上の危害をトレントに加え始めるのは目に見えていた。


「だから僕がコボルトを心配して世話をするよう促したと」

「ですな。いきなりカードに戻そうとし始めた時は慌てましたが」


 なるほど。筋は通ってる。マジか。ゴブリンって何も考えてないって信じ切ってた。

 というか箱庭内で僕が一番、呑気にしてたんじゃないの? 目眩がしそうだ。こんな狭い箱庭内でもう生存競争が始まってる。


 バナナ、バナナ、バナーナ言ってた僕がまるで馬鹿みたいじゃないか。


「分かった。もうちょっとコボルトの事を可愛がる。それで良い?」

「当面はそれで構わぬでしょう。他にも外敵に対応する為の魔素貯蓄に新たなニンフの加入が望ましいのですがの……」

「それは却下」


 んー、うちのコボルトが鉱石を食べるってのは本当みたいだし、ちょっとくらいは魔素で買ってあげるか。

 そう尻尾を丸めて俯せになってるコボルトを見て思った。


 あ、これ土下座してんのか。

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