SANtaクロース(株)~年に一度の繁忙期~

くろぬか

第1話 今日から君もサンタクロース


 俺は昔、本物のサンタクロースを見た事がある。

 そんな話をしても誰だって鼻で笑うし、子供の時なんかはイジメの対象になるほど馬鹿にされた経験だってある。

 でも、本当に居たのだ。

 幼い頃、クリスマスイヴにそいつは現れた。

 深夜ふと目が覚めた。

 多分尿意だか、喉が渇いたとかで目覚めた気がする。

 ムクッと身を起こしてみれば。

 サンタ服を着たおっさんが、部屋の中に居たのである。

 ホラーだ。

 間違いなく、ホラーでしかない。


 「うぎゃぁぁ――」


 「静かに、騒ぐな。いいな?」


 おっさんはやけに鋭い視線をこちらに向けながら、俺の口を覆った。

 親父のコスプレとか、親戚のおじさんが……なんて感想はその瞬間に消し飛んだ。

 間違いなく知らない声、見た事もない鋭い眼差し。

 やばい、サンタ服を着て強盗するヤバイ連中に襲われた。

 そんな風に思ったんだ。

 だというのに。


 「見られちまったのなら仕方ない。ホラ、プレゼントと一緒にオマケを一つくれてやる。将来“仕事”に困ったら、ハロワにコレを提出しな。履歴書と一緒にな」


 そう言ってから俺が欲しがっていた小説と一緒に、一枚の紙きれを差し出し男は去って行った。

 窓から。

 ジョワッ! という謎の掛け声と共に飛び立ち、空中でトナカイの引くソリに飛び乗った。

 その後シャンシャンとやけに煩く鳴り響く鈴の音と共に、彼は寒空の中に消えていった。

 アレは、間違いなくサンタクロースだった。

 悪夢だったのかと思った事もあったが、枕元に両親が購入した覚えのないプレゼントが置いてあったのと、窓辺にヤツの靴跡が残っていたのが何よりの証拠。

 サンタクロースは、間違いなく存在する。


 ――――


 時は過ぎ、大いに過ぎ。

 俺は大人になった。

 最初に就いた会社は見事にブラックで、残業時間は二百を超え、全体で四百何時間という過重労働を強いられた俺。

 無理です、死にます。

 と言う訳で、ハローワークにお世話になる事にした二十一の冬。

 適当な求人票を印刷して窓口に並び、受付の人に「こんな感じの仕事を捜してるんですよ」みたいな感じで伝えた。

 相手も相当慣れているんだろう、眉一つ動かさず俺の経歴と照らし合わせて色々と相談に乗ってくれた。


 「あ、そういえば。コレ使えますか?」


 まるでコンビニでクーポンを差し出すかの如く、大昔にサンタ(不審者)から貰った紙切れを差し出してみた。

 使える訳がない、それくらい分かる。

 「何ですかコレは?」って言われるのがオチだ、それくらい分かっている。

 でも社会に疲れ果てた俺は、いつだって財布の底に仕舞っていたソレを出してしまった。

 笑いたければ笑えばいい、そんな事を思いながら。

 すると。


 「此方なら、即採用になる可能性が高いですが。非常に体力気力と根気がいる仕事、但し給料は良いです……覚悟はよろしいですか?」


 受付に居たおばちゃんの雰囲気が、ガラリと変わった。

 思わずゴクリと唾を飲み込みながら、首を縦に振った。

 仕事に就けるのなら、何でも良い。

 そんな気持ちで。

 しかし、それが間違っていたのだろう。


 「分かりました、ではコチラに」


 そういって人気のない廊下へ誘い出された後、おばちゃんから何かのスプレーを吹きかけられ、チョークスリーパーを掛けられた俺。

 徐々に意識が遠くなる中、トラックの荷台に放り込まれたのだけは分かった。

 何だ、何が起きた?

 何も理解出来ぬまま、俺はトラックの冷たい荷台に揺られながら長時間移動する羽目になったのであった。


 ――――


 「おらぁぁ! 新人! さっさと動けぇ! もう時間がねぇぞ!」


 「は、はいっ!」


 気付いたら、俺は働いていた。

 目の前にはベルトコンベアー。

 次々と流れて来るラッピングされたプレゼント。

 ソイツを指定の袋に仕分けして、いっぱいになったらキュッと閉める。

 そんな事を、数日間続けていた。


 「馬鹿野郎! ソレは東京の配達袋だろ! 今入れたのは埼玉の分だ! 良いか!? リボンの色で見分けろ、こっちが東京で、こっちが埼玉。分かったか?」


 「は、はいっ!」


 「だからって適当に分けるな! そっちは鴻巣市の袋! 今お前が手に取ったのは北本市の袋に入れるヤツだ!」


 「すみませんっ!」


 結果から言おう、俺は無事就職出来た。

 ブラック、ではない。

 しかし、年に一度だけドブラックになるからと言われてしまった。

 それが、十二月二十四日の夜。

 配達の為に、寝ずに働け。

 そこが山場であり、俺達の存在意義だ。

 そう語った社長は、とんでもなくムキムキだった。

 そして、俺に仕事を教えてくれる先輩もまた、ムキムキマッチョメンだった。

 彼らに反抗出来る訳も無く、俺は働き続けた。

 コンベアーから流れて来る荷物を、指示通りに袋詰めする仕事。

 やけに送り先が手広いが、それでもなんとかなっていた。

 今日までは。


 「諸君、準備は良いか? 今日は、我々の存在意義を証明する為の大事な一日。いや、一日もない。眠った子供達から順に配達する、翌朝まで計算するに……十二時間前後の戦争だ」


 やけに不穏な台詞を、社長が両手を振り上げながら言い放った。

 完全に悪の幹部である。


 「しかし、我々は成し遂げなければいけない! 我々は、その為だけに存在する! たった十二時間前後、その少ない時間にこの一年の成果が凝縮する!」


 「「「オォォォォォ!」」」


 「働け、諸君! 働け、同志たち! 君たちは人類の希望であり、子供達の未来だ! 夢と希望を持つ子供達に、確かなる“夢”を届けるのが我々だ! ミスは許されない、時間の遅れも許されない! とても過酷な任務である事は分かっている! しかし、君達なら成し遂げられると信じている! 総員、準備ィィィ!」


 「「「ウオォォォォォォォ!」」」


 「聖夜を超えるぞ! 我々の本当の仕事は、今この時から始まるのだ!」


 株式会社、SANtaクロース。

 初月から手取り三十万超え、ボーナス有り、有給有り。

 一年“超えられる”毎に、昇給在り。

 ただし、クリスマスイヴに休暇を取る事は許されない。

 正直、冗談か何かかと思っていた。

 運送会社の倉庫とかで働かされているのかと思っていた。

 しかし、どうだろう。

 巨大なシャッターが開いたその先に並んでいるのは、やけに筋肉が成長したトナカイ達。

 そして、その猛獣たちが引くのであろうソリがこちらに向かって準備されているではないか。

 更には、バケツリレーの様に積み込まれていく袋詰めされたプレゼント達。


 「配達を開始せよ! 我々の戦いは、既に始まっている! いけぇぇぇ!」


 社長の言葉と共にムキムキトナカイが引くソリに、ムキムキサンタが飛び乗り、なんとテイクオフしていくではないか。

 目を疑った。

 何度目を擦っても、その光景は消えてはくれなかった。

 皆知っているか? トナカイって、飛ぶんだぜ?

 空中を走るとかじゃない、“跳ぶ”と同時に空中の何かを蹴って再び“跳ぶ”のだ。

 サンタが乗るソリにベルが付いていて、シャンシャンシャンみたいに表現するが。

 あれはトナカイが空中を蹴った時に起こる“揺れ”があるから鳴るベルの音だ。

 つまり、シャンシャンシャンなんて軽く口にするが。

 それくらいの速度でトナカイは空を駆けているという事だ。

 音速を超えろ、と言わんばかりに遠ざかっていく背中を見送りながら、次々とサンタが夜空に向かって飛び立っていく。

 何を言っているのか分からねぇとは思うが、俺にも分からない。

 例えるなら、ガン〇ムがどんどん夜空に向かって出撃していく感じだ。

 そんな勢いで、ムキムキの先輩達が夜空に向かって出撃していく。


 「おう、新人。俺達もそろそろだぜ?」


 「マジですか」


 「大マジだ、ちびるんじゃねぇぞ?」


 いつもお世話になっている先輩に引っ張られ、ソリの中へと乗車してみれば。

 あれ? 意外と乗り心地が良い?

 とかなんとか思っていた瞬間。


 「埼玉方面二十六番! 発進!」


 先輩が良く分からない言葉を吐いたその瞬間、ソリはドド〇パになった。

 富士山の近くにある遊園地、そのなかのアトラクションの一つ。

 アレくらいに急発進しやがった。

 しかも速度はどんどんと上がっていくし、背もたれから一切体が放せない。


 「せぇぇぇんぱぁぁぁぁぁぃぃぃぃぃ」


 「もう少しだ! もう少し耐えろ! 雲を抜けちまえば、もう少し楽になる!」


 ちょっと良く分からない御言葉を頂きながら、俺達は夜空を駆け抜け雲を抜けた。

 そして。


 「うわぁぁ……」


 「すげぇだろ」


 ニッと微笑みを浮かべる先輩と、周囲には一面雲が広がる光景。

 それはまさしく。


 「飛行機に乗った時とかわんねぇっすね、雲しか見えないっす。あと息は楽になりました」


 「おめぇは子供の頃戦闘機とかに憧れなかったタイプか……」


 「俺車の方が好きなんで」


 なんて、アホな会話をしながら俺達は雲の上を走り続けた。

 正直、付いていけない。

 なんじゃこりゃって言いたくなるし、俺は今何をさせられているんだとも思う。

 しかし、会社名からしても明らかなのだ。

 俺は今、“サンタクロース”になっている。

 子供の頃一度だけ目撃した“本物”の彼も、この光景を眺めて居たのだろうか?

 そんな事を思いながら、周囲を眺めて居れば。


 「そろそろ埼玉県だ、降りるぞ?」


 「はい、わかりまし……降りる?」


 「降りるぞ? 違う言い方をすれば、落ちるぞ」


 その声と同時に、ガクッと角度が変わった。

 ソレはもう、ジェットコースターが頂上から真下に落下するかの如く。

 当然息は詰まり、顔は風圧で凄い事になりながら。

 それでも叫んだ。


 「夢と希望はどこにいったんですかぁぁぁぁ!」


 「ソレを届けるのが俺達だ! 俺達にはそんなものはねぇ! 耐えろ!」


 雲を突き抜け、眼下の街の明かりを見下ろしながら。

 俺達は上昇する時以上の速度で落下していくのであった。


 ――――


 「まずはこの家だ」


 平然と袋を漁る先輩の隣で、俺はぜぃぜぃと息を切らしていた。

 いや、無理。

 想像して欲しい。

 ベルトも何もない状態でド〇ンパされ、拘束具も無い状態で落下角度最大121度を超えたんじゃないかってくらいの高〇車を味わって。

 到着したのが何でもない一軒家である。

 死ぬわ、普通に死ぬわ。

 なんて、くたばっていると。


 「フンッ!」


 窓に向かって、先輩が何かをしていた。


 「なにしてんすか?」


 「鍵を開けている」


 「普通にヤバい人!」


 体中の筋肉をムキムキと使いながら、彼は手のひらサイズのリモコンみたいな道具を使って、窓辺でちょいちょいと掌を動かしている。

 その姿、完全に不審者。

 しかし。


 「よし、開いた」


 「おまわりさーん!」


 俺の叫びも空しく、彼は室内に侵入し眠る子供の枕元にプレゼントを置くと、音も無くトナカイのソリに飛び乗って来た。

 その間、約三秒。


 「任務完了、次に行くぞ」


 「最終地点が刑務所じゃない事を祈ります」


 そんな訳で、俺達は各所の子供達にプレゼントを配り続けるのであった。

 とてもじゃないが、合法とは思えない手段を使いながら。

 埼玉県の子供達よ、今年はマッチョおじさんが三秒だけお部屋にお邪魔するよ。


 ――――


 その後も不法侵入は続き、幾つものプレゼントをスピーディに枕元に設置していく先輩。

 これは憧れて良いのか、それとも引けば良いのか。

 もしくは通報した方が良いのか分からない状況になって来た頃。


 「おう、次だ」


 「あ、はい」


 この寒空の下でも暑くなってしまったのか、サンタ服の上半身を脱ぎ捨てた先輩がソリに乗り込んで来た。

 え~っと、次に向かう先は……。

 なんて、行き先のリストを睨んでみれば。


 「あれ?」


 「どうした、新人」


 何となく違和感を覚えて、後ろに積んである袋の中身とリストを見比べていく。

 そして。


 「すみません、俺のミスです……一つ、プレゼントが足りません」


 そんな言葉を紡ぎながら、真っ青な顔で先輩にリストを渡してみれば。

 彼は、大きなため息を吐いた。


 「いや、あってるよ」


 「でもリストとプレゼントの個数が――」


 「届いた手紙を読んでみろ、そうすりゃ分かる。俺達でも、プレゼント出来ないモノは有るってこった」


 そう言いながら先輩は俺に一枚の手紙を放り投げ、手綱を俺から奪い取った。

 再び走り出すトナカイの引くソリ。

 この勢いにも結構慣れて来た。

 だからこそ、渡された手紙を開いてみれば。


 『サンタさんへ、おもちゃもお菓子もいりません。だから、僕に才能を下さい。僕には両親が居ません。だから生きていくために、お話を書こうと決めました。それを売って、一人でも生きていける様に、お話を書けるようになりたいです』


 そんな言葉が書かれていた。

 なんだ、コレは。


 「それな、まだ小学三年生の男の子なんだ。そんな年まで“俺達”を信じてくれているってのは有難いが……ちょっとプレゼント出来る代物じゃねぇ。だから、その子の所には向かわねぇ」


 鼻を啜りながら、先輩は言い放った。

 この子の所には、サンタクロースは訪れないと。


 「あの、ちょっと寄り道するくらいの時間って在りますか?」


 「ねぇよ」


 「お願いです。この子にも、プレゼントしたいんです」


 「馬鹿かてめぇは。才能なんてもんは、俺達には配れねぇ。行くだけ無駄だ」


 「だとしても、です」


 それだけ言って、ソリの上で土下座して見せた。

 本気で謎の光景が繰り広げられた事だろう。

 ムキムキトナカイとサンタが乗るソリの助手席に、コスプレみたいな恰好をした若造サンタが土下座しているのだから。

 この光景をカメラに収めた人が居れば、多分コラ画像と疑われた事だろう。


 「一つ聞く、何をするつもりだ?」


 額に青筋を浮かべた先輩が、こちらを振り返った。

 正直、滅茶苦茶怖い。

 見た目だけじゃなく、気配だって怖い。

 下手な事を言えば、雲の上からポイッとされてしまいそうな雰囲気がある。

 だとしても。


 「俺達は、サンタクロース。なんですよね?」


 「そうだ。この日この夜に、俺達を信じている子供達に夢を配る。それが俺達の仕事だ」


 正直、今この瞬間でも信じられない。

 サンタなんて存在がこの世に居た事も、こんな風に空を走るソリとトナカイが居る事も。

 あと、サンタが皆ムキムキな事も予想外だった。

 だとしても、だ。


 「なら、手紙をくれた子供達には夢を見させてあげましょうよ」


 それだけ言って、ニヤッと口元を吊り上げて見せた。

 滅茶苦茶怖い先輩に対して、意地でも笑って見せた。

 すると。


 「全部配り終わって……それでも時間が余ってたら、考えてやる」


 「ありがとうございます!」


 フンッと強めに鼻を鳴らした彼は、呆れ顔でこちらに手綱を放り投げて来るのであった。


 ――――


 「使い方は覚えたな?」


 「はい!」


 先輩から“窓の鍵が開く最新機器”という非常に不安しかない装備を受け取ってから、俺はベランダに降り立った。

 不法侵入もいい所だ、今更だけど。

 ソイツを窓の鍵に向けてちょいちょいっと動かせば、中からはカチャンッと軽い音が鳴り響く。

 今日、俺は犯罪者……じゃなかった、本物のサンタ―クロースに変わる。


 「お、お邪魔しまーす……」


 一応静かに声を上げながら、スッと部屋に踏み込もうとすると。


 「あの、すみません。靴は脱いで貰って良いですか?」


 「あ、そうですよね。ごめんなさい」


 ごく当たり前の事を言われ、慌ててブーツを脱ぎ捨ててベランダに揃えた。

 では、改めて。

 とか何とかやって、初めて違和感に気が付いた。

 今俺誰に話しかけられた?


 「えっと、サンタさん? それとも泥棒ですか?」


 ベッドで半身を起こしている少年と、ばっちり目が合ってしまった。

 ちょぉぉ!? 今何時だと思ってんの!? とか声を上げそうになり、思わず口を押えた。

 ここで俺が騒げば、御両親が起きてくるかもしれない。

 バクバク言い続けている心臓を宥めながら、少年に向かってハンドサインで「待って、待って」と訴える。


 「えっと、ウチ両親居なくて。祖父母にお世話になっているので、少しくらい声を上げても大丈夫ですよ?」


 「あ、そうなの?」


 そういえば手紙にそう書いてあった。

 というか、何故この少年はココまで落ち着いているんだろうか?

 普通なら大騒ぎしてもおかしくない状況だろうに。

 改めて少年を眺めてみれば、疲れ切った様な瞳で随分と顔色が悪い。


 「君、この手紙の子だよね?」


 胸ポケットからウチの会社に届いた手紙を取り出して見せれば、彼は少しだけ驚いた表情を見せて、静かに頷いた。

 良かった、とりあえず間違いはないらしい。


 「サンタさんって、本当に居るんですね。思ったより、ずっと若かいですけど」


 「は、はは。俺新人サンタなんだよね」


 「新人とかあるんですね」


 何とも間抜けな会話を繰り広げてから、ゴホンと咳ばらして気持ちを切り替える。

 そして、背負った袋から一冊の本を取り出した。


 「コレ……クリスマスプレゼントですか?」


 本を受け取りながら、少年は俺の事を見上げて来た。

 やけに礼儀正しい子だな、同時に危うい感じもするが。

 そんな訳で、とりあえず彼の頭を撫でてから。


 「そ、サンタから君へのプレゼント。あげられるなら、“才能”って奴をプレゼントしたかったんだけどさ。俺にも才能なんて何にもないから」


 言っていて悲しくなるが、実際そうなのだ。

 ド平均、標準、良くも悪くもない。

 それが俺と言う人間なのだから。

 それでも。


 「その本さ、すっげぇ昔に“サンタ”から貰った本なんだ。すんごい面白いの、絶対ハマるから読んでみてよ」


 「えっと、ありがとうございます」


 ポツリと御礼を溢す少年に対して、今度は紙切れを二枚取り出した。


 「これは?」


 「一枚は未来に困った時のチケット。コレをハロワに出せば、君もサンタクロースになれる」


 過去、俺の部屋に侵入した不審者が差し出して来たモノ。

 色あせて、ボロボロになってしまっているが。

 それでも、最後には俺を助けてくれた夢のチケットだ。

 そして、もう一枚。

 こちらは俺が今さっき走り書きしたアドレスが掛かれているメモ用紙。


 「そこのサイトにさ、俺が書いたお話が載ってるんだ。もう全然人気なくて、人っ子一人来ない程ダメな小説」


 「えっと……?」


 ま、何が言いたいかと言いますと。


 「その本は、俺も憧れてお話を書こうとさせてくれる作品だった。そんでもって、憧れた奴が頭振り絞った書いた駄作が、そのアドレス。俺は君に“才能”をプレゼントする事は出来ないからさ、世界の広さをプレゼントしようかと思った訳だ」


 本を貰った経緯は色々とアレだったが、それでもクリスマスのプレゼントに欲しがったほど、興味を引かれた話だったのだ。

 俺はこの本を読んで、憧れ、自らも文字を綴った。

 その結果は惨敗で、結局普通の社会人になった訳だが。

 それでも“その事”自体に後悔はなかったし、何より楽しかった。

 例え目指す先は違っても、プロになるってのは本当に難しい。

 才能って言葉で一括りにしちまえば、あるなしの世界なのかもしれない。

 しかし、そこを目指して必死に頑張っている人達が数多くいる。

 この本の様にすげぇ文章を綴る人も居れば、俺みたいなダメダメな奴も居る。

 だからこそ、知ってほしいのだ。

 “才能”が欲しいと言ったこの少年に。

 上ばかり見ても、いつかは躓く。

 だったらたまには下を見たって良いじゃないか。

 俺みたいな才能の欠片も無い奴が、必死に紡いだ文章だってあるのだ。

 そうする事で、広さが分かる。

 自分よりも下手だと思う人間でさえ、たまに光る物があったりする。

 逆に自分より上手い人間でさえ、俺ならこうすると考える事もある。

 色んなモノを見て、学んで、その全てをちゃんと糧に出来るなら。

 それこそ、“才能”ってモンだと俺は思う。

 なんて、偉そうに語って見たものの。


 「まぁ、結局何者にもなれなかった奴の妄想だと思って良いよ。そんでもってさ、どうしても上手くいかなくて、どうやっても踏み出せなくなった時は。もう一枚のチケットを使いなよ。そうすれば、君はサンタにはなれるからさ」


 そういって笑ってみれば、少年はジッとこちらを見つめながら静かに頷いた。

 そして。


 「“才能”は、自分で育ててみます。それでもダメな時は、お世話になると思います」


 「そうならない事を祈っているよ、少年。そんじゃ、俺は戻るから」


 んじゃ、なんて軽い感じで手を振って窓枠に足を掛けたその時。

 後ろから引っ張られた。

 振り返ってみれば、ベッドから飛び出したらしい少年が俺の服を必死に掴んでいた。


 「貴方はまるで自分に才能が何にもない、みたいに言っていましたけど。ちゃんとあります、絶対あります。僕は今日、生きる目標が出来ました、未来の“保険”も頂きました。ありがとうございます。貴方は、立派なサンタクロースです」


 ほんっと、今どきの子ってのはこうなのかね。

 やけに丁寧で、しっかりしていて。

 涙腺の弱いズタボロ社会人には、ちょっと眩し過ぎるよ。

 今は少年の言う通り、サンタクロースな訳だけども。

 とはいえまぁ、何とも。

 嬉しい事を言ってくれるじゃないの。


 「頑張れよ、少年。来年のクリスマスには、ちゃんとプレゼント出来る物を書いてくれよ? そしたら、しっかり届けてやるから」


 「はい! お待ちしてます!」


 「こんな時間まで起きてんな、ちゃんと寝なさい悪ガキめ。顔色悪いぞ?」


 照れ隠しに彼の頭をガシガシと撫でてから、ブーツを履き直してベランダから飛び降りた。

 そして。


 「メリークリスマス!」


 走り出すソリから身を乗り出し、見えなくなるまで手を振った。

 アレだけしっかりした子供だ、俺が何かしなくたって別に心配はなかったかもしれない。

 それでも、だ。

 自己満足だったとしても、悪い気はしなかった。

 笑顔で手を振ってくれている今の彼は、最初見た時の様に悲しそうな顔はしていなかったのだから。


 「新人、やってくれたな」


 「げっ」


 完全に忘れていたが、待ちぼうけにしていた先輩は非常にお怒りの御様子。

 額に青筋を立てながら、全身から湯気が立ち上っている。

 汗が蒸発してるの? 何それめっちゃ怖いんですけど。


 「見つかったのもそうだが、潜入時間が長すぎる。コレが最後の一軒だったから良かったモノの、アレじゃ仕事が回らねぇ。今回の事は社長にも報告するからな?」


 「すみませんでした……俺、クビっすかね?」


 アレだけ少年にデカい口を叩いたその日にクビになるとか、目も当てられないが。

 はぁぁ……と大きなため息を溢して俯いてみれば。

 ガツンッと後頭部に先輩の拳が落ちて来た。

 マジで痛い。

 眼球飛び出るかと思った。


 「もっとスマートにやれって言ってんだよ。サンタは子供達に夢と希望を配るのが仕事だ。今回お前はその両方と、未来の保険までプレゼントして来たんだろ? クビにしろとか言う奴が居たら、俺がぶん殴ってやるから安心しろ」


 「今しがた……俺が殴られましたが」


 「そりゃ愛の鞭だな、今後はもっと早めに済ませろ。無関係な奴に見られちゃ困る、可能なら子供にも見られるな。それがサンタクロースだ」


 特殊部隊か何かかよ、なんて思っている内に俺達は再び雲を抜けた。

 そこに広がっていたのは。


 「見ろ、新人。クリスマスの朝日だ」


 下には真っ白な雲が広がり、真上には青空。

 そして、正面から登って来る太陽は。


 「い、いや! 眩しい! 滅茶苦茶眩しいですって! 遮る物が何もない太陽マジで眩しい!」


 「クハハハ! 配達が遅れたサンタの宿命だな! 来年からはサングラス用意しておけよぉ!?」


 ドデカイ声を雲の上で叫びながら、先輩はどこからか取り出した厳ついサングラスを装備していた。

 もう、見た目が完全にター〇ネーターなのだ。

 ズボンと帽子だけはサンタクロースだったが。


 「さて、戻るぞ。こっから“下り”だ」


 「ま、まさか……」


 「本社に戻るぞぉぉ! 今日からはしばらく休みだぁぁぁ! しっかりと捕まっておけよぉぉぉ!」


 「またコレかあぁぁぁぁ!」


 絶叫を響かせながら、俺達の乗ったソリは再び雲を抜けて墜落するかの如く降下していった。

 これだけは、いつまで経っても絶対になれない気がする。

 とはいえ、まぁなんだ。

 今日、俺は本物のサンタになった。

 自分で言っていて、何をトチ狂った事をぬかしているのかとも思うが。

 サンタクロースになったのだ。

 すぐすぐ先輩達の様にはなれないだろうし、何年たっても“新人”な気がしないではないが。

 だって本番が年に一度しかないのだ。

 コレばかりは仕方がない。

 それでも、だ。

 普通じゃ出来ない仕事を、俺は始めた。

 多分来年も、再来年も続けると思う。

 そんな風に思えるくらい、楽しかったのだ。

 社会人になってから、仕事が楽しいなんて感じる事は無かったというのに。

 だから、俺はサンタクロースになる。

 子供達の夢と希望を叶える、そんな大人になりたいと、そう思ってしまったから。

 そして何より。


 「来年からは昇給決定だぁぁぁ!」


 「ガハハハハッ! その意気だ新人!」


 サンタクロースは、高給取りなのである。


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