4-103 異界転生②
ちびシューラが慌てた様子で手を上下に振る。
第五階層に満ちる転生力は過去最大級の高まりを見せていた。
六人の王による同時転生。過去から未来へと旅立ち、現代に辿り着いた彼らはこの世界で何を思い、何を為すのだろう。
イアテムの声は圧倒的な六王の力によって圧殺された。
【死人の森】は砕かれ、ブウテトはその力を大きく削がれたものの、当面の敵は撃退できた。だというのに、この不穏な空気は何だ。
クレイが唇を噛んで必死に理性を保とうとしている。震える手で立ち上がり、横たわる豚を救出しようとしているのだが、それよりも先にヴァージルが動く。
「相変わらずアルトおじさんのお説教、長くて退屈です。さっさと消しちゃえばいいのに。ね、サイザクタート?」
跳躍したヴァージルの足下に、雷によって構成された三頭犬が出現する。
中央の頭部が目を見開いて大気を震わせた。
「私もそう思うが、何事も忍耐は必要だよ、ヴァージル。君の大望を成し遂げる為にも、どうか迂闊な動きはしないでおくれ。他の王たちが君の一挙一動を注視している。流石に全員から攻められては私も守りきれない」
「むう。今の僕ならわりといけそうだと思うんだけどな」
頬を膨らませる紅顔の美少年は、稲妻の犬を駆って倒れている豚に近付いていく。ブウテトは気を失っているようだが、介抱する目的にしては妙に物々しい。
「やめろ、貴様っ」
俺と同じように倒れているクレイが絶叫する。
腕を振って斬撃を飛ばすが、サイザクタートに触れると稲光が弾けて無効化されてしまった。消耗のせいか、クレイの呪力は明らかに弱まっていた。
「――ああ、何か調子いいと思ったら、太陰の封印がいつの間にか解けてるね。【死人の森】の正統な王権保持者にしか解除できないんだけどなあ? まあいいや、誰がやったのか知らないけど、手間が省けた」
豚を抱きかかえると、ヴァージルは口の端を吊り上げた。
三日月のような笑み。
その不気味さに、背筋が粟立つ。
「冥道と接続――開門する」
ヴァージルが片手を天に掲げると、掌から一条の稲妻が放たれた。
青白い電流は天へと伸び上がっていき、天蓋が失われた第五階層という小世界を突き抜けていく。時空を超越した雷は青空に浮かぶ真昼の月――物理的な衛星である太陰に吸い込まれていった。
「ヴァージル、貴様っ」
その行動にパーンが激昂し、マラードとルバーブが、アルトが、オルヴァが、揃って制止しようと一斉攻撃を加える。
イアテムならば百回は死んでいるであろう猛攻撃。
しかし、ヴァージルには傷一つ無い。
厳密に言えば、一度全身が引き裂かれた直後、一瞬にして破壊が無かったことになったのである。まるで、悪い夢から覚醒するように。
「わあわあディー、酷い目にあったよ?」
「怖いね怖いねダム、夢の底から引っ張り出されたと思ったらこれだよ」
調子外れな声が二重になって響く。
先程まで眠っていたサイザクタートの左右の頭部が目覚めていた。
互いを『ディー』『ダム』と呼び合う頭部の瞳が朱色に輝くと、ヴァージルを中心とした空間が曖昧に揺らぎ、破壊に類する事象が全て巻き戻されていく。
更に景色を歪に寸断するような境界線が発生し、六王たちに撤退を余儀なくさせる。取り残されたイアテムが空間ごと引き裂かれて肉塊となった。
「おや、こいつはイアテム。憎らしい仇じゃないか」
「よくもよくもやってくれたな! グレンデルヒの肉壁だったお前がいなければ、僕らが死ぬことも無かったんだ!」
俺には知り得ない因縁があるのか、残ったイアテムたちが『線の嵐』としか形容しようのない呪術でずたずたに引き裂かれていった。
その様子を見たヴァージルは、満足そうに頷いて言った。
「どうかなサイザクタート。君の子孫の中から最も優れた個体の記憶を集合無意識の底から回収してみたよ。若くして襲名者となった天才児らしい」
「これはこれは、誇らしい限りだね。初めまして、私がサイザクタートだ」
中央の頭部、初代サイザクタートが左右の子孫に語りかける。穏やかな口調は祖父が孫に語りかけるようだった。
「大変だ大変だ、サイザクタートが起きてるよ! 夢が終わっちゃう! あ、こんにちはご先祖様。お世話になります、ぺこり」
「困った困った、夢が弾けて終わっちゃう! けど今はもう終わりの続き? 二度も死んだ僕たちは、夢の欠片のつくりもの? なら大丈夫、このまま微睡んでいればどうせみんなあやふやだ! あ、新しいご主人様よろしくね、ぺこり」
圧倒的な戦力。ヴァージルは他の王を向こうに回して余裕の構えだ。
そして、ヴァージルが天に解き放った雷の呪文が世界を揺るがせる。
天が歪む。第五階層に亀裂が入り、構造そのものが変貌していた。
(まずい、シューラが万人に開いた第五階層の掌握者権限――ヴァージルはそれを奪取しようとしてる!)
「気付くのが遅いよ――そして余りに脆弱な防壁だ。ああ、妖精の形で視覚化しているんだ――気持ち悪いね、反吐が出そう♪」
ヴァージルの周囲を見たこともない形状の呪文が図像のように踊る。
同心円を描くタイルのように回転する文字列の中に、沢山のちびシューラが囚われているのが見えた。
(ど、どうしようアキラくん。ガロアンディアンの行政と管理を任せていたシューラが殆ど捕まっちゃったよう)
経済産業シューラ、農林水産探索シューラ、運輸シューラ、建設創造シューラ、国土交通シューラ、通信シューラ、環境シューラ、厚生労働シューラ、総務・放送シューラ、防衛シューラ、法務シューラ、外務シューラ、財務シューラに金融シューラ――その他多種多様なちびシューラが磔にされて苦しそうに呻いている。これらのちびシューラは、このガロアンディアンを回していくために必要不可欠なシステムを視覚的に捉えやすくするためのインターフェースだが、呪術的には『人間の代わりに仕事をしてくれる妖精さん』だ。
ちびシューラたちが奪われれば、ガロアンディアンを危うい均衡の上で成立させていた全てが瓦解してしまいかねない。
もう間違い無い。ヴァージルはガロアンディアンの、俺たちの敵だ。
それどころか、他の六王たちすら敵に回して何かをしようとしている。
「ちびシューラに、何をしたっ!」
怒りを制御する事に失敗する。身体の奥底から熱い感情が溢れ出し、イアテムの呪詛を注ぎ込まれた物理的実体を放棄して霊体が飛び出す。
感覚のみで構成した幻影の身体を『幻脳』で操作してヴァージルに飛びかかろうとする――しかし。
「馬鹿め、その状態で奴に挑んでも死ぬだけだ。死に急ぐな未来人」
横合いから叩き込まれた低出力の波動が俺を吹き飛ばす。
パーンの横槍だ。
怒りが込み上げる。ヴァージルはちびシューラに手を出した。許せるはずがない。俺の主、俺のちびシューラ、俺のコルセスカに手を出しておいて、生かして帰すと思うなよ狂王子ヴァージル。
俺が殺す。俺が取り戻す。それは俺のものだ。
俺の、俺の、俺の、俺の――圧倒的な自我が身体の奥、熱を持った腹の下から爆発的に湧き上がり、沸騰して溢れ出す。
凄まじい違和感を強引に踏みつぶして立ち上がった。
左腕を換装してパーンを殴りつけながら/俺と共にパーンを挟撃するように幻影の拳を叩き込む。俺と目があった。凄まじい違和感。
「おい、何だそれは」
俺の/俺の拳が同時に受け止められる。パーンは俺を地面に叩きつけ、曖昧な俺の身体を波動に包まれた右腕の義肢で掴む。
眼鏡の奥で、瞳が喜色に染まる。
「面白いことになっているな、未来人。貴様、揺らいでいるな?」
視界にノイズが走る。パーンの姿が霞み、ちびシューラの声が聞こえた。
足下、いや頭上でパーンに吊り上げられている俺、俺が、俺を――? とにかく俺は脳を襲った途轍もない違和感に存在を引き裂かれそうになっている。
脳を二つに引き裂かれてそのまま遠くに切り離されていくような感覚。
俺は俺のままなのに、俺という存在が引き延ばされて、その距離が拡大し続けるような――意識が希薄になっていくような。
(アキラくん、アキラくん! アキラくんは、ここにいるよ! シューラの所に戻って来て! はやくセスカを助けないと!)
息を吸い込み、俺を消した。
意識の途絶と共に勢いをつけて立ち上がる。物理的実体としての『俺』がパーンへと掌打を喰らわせた。既にパーンの手には幻影は存在していない。
「面白い――が、また退屈になったな。俺は先程の方がマシだと思うぞ?」
「黙れっ」
俺とパーンが争っている間にもヴァージルの呪術が世界を改変していく。
恐ろしく複雑で膨大な呪文式が展開され、圧倒的な呪力が嵐となって吹き荒れる。近付けば誰であろうと滅びの雷によって抹消される。一級言語魔術師たるイアテムの群が虫のように散っていくのを見て、その確信を強めた。悔しいが、パーンの言うとおり今のヴァージルに挑んでも無駄に死ぬだけだ。
「【死人の森】は再生する――逆位置の『王国』、さかしまのテテリビナ、原初の歌を紡げ九罪源の断章、我こそは権力の選定者」
「ヴァージル貴様、オーファの禁呪をっ」
「やはり野心を秘めていたか――させぬ」
ヴァージルが【心話】による仰々しい詠唱を始めたのを聞いて、パーンとアルトが同時に動いた。
波動と氷爪が少年を襲い、三頭の番犬がそれを防ぐ。
だが、本命は影に紛れていたもう一人。
「――世界根を捧げ、世界樹の灰を撒け。ガリヨンテの肉を裂き、レルプレアの骨を抉り、アルラウネの血を――ぐっ」
詠唱が途切れる。ヴァージルの真下に出現した影のような人物が、黒い靄を掌から放ったのだ。
灰色の文字列――精緻な呪文障壁によって守られたヴァージルには生半可な呪術は通用しない。現に先程から攻撃を試みているイアテムは片端から反撃を受けて脳を焼き切られ、ちびシューラが攻撃用に分割した兵隊シューラたちは残らず壊滅していた。
「【墓の下の穢れ】」
だが、カーティスが唱える『言語魔術』は理屈も何もない極めて非効率的なまじないだ。灰色をした文字列の網を漆黒の靄がすり抜けていく。
「くそっ、夜の民の
上級言語魔術師であるヴァージルすら退ける仰々しい神秘の業。
六王の中で最も古い、影の呪法が跳び回る兎に牙を剥く。
稲妻の犬が一瞬で形状を崩壊させ、夥しい量の呪詛がヴァージルの体内に侵入。少年が口から大量の血を吐き出す。
ヴァージルがカーティスによって追い込まれた事で均衡が崩れる。
オルヴァが落ちてきた豚を抱き留めようとするが、風のように動いた巨体が豚を攫っていった。疾風如き速度で豚を主に届けたルバーブが続けて襲いかかってきたパーンと激突、機械の腕と太い腕が組み合い、拮抗する。
「そこを退けルバーブ。フェロニアをどうする気だ」
「私は、陛下の願いを叶えるのみ」
ルバーブの踏み込みで大地が割れ、跳ね上がった岩盤がアルトの視線を妨げる。氷爪が岩盤に激突して砕け、目にも留まらぬ速度の掌打がパーンを打った。飛翔して回避したパーンは右腕を伸ばすと、ルバーブの頭上を超えてマラードを狙う。しかし、
「発勁用意」
耳に馴染んだ発声。ルバーブは自らの頭髪を自在に動かしてパーンの腕を絡め取ると、そのまま捻りを加えて投げ飛ばす。
「元祖サイバーカラテ・ラフディ相撲。打撃と柔術、そして呪術を複合させたこの体技は波動であっても崩せはしませぬ」
ルバーブはいつの間にか端末経由で【サイバーカラテ道場】をインストールしていた。水晶玉の形をしたデバイスを利用して目の前に幻影のちびシューラを表示して、六王たちに対抗する為の戦術を構築しつつある。
それに加えて、マラードを守護するその実力は他の王と遜色が無い程だった。戦闘能力で劣るマラードを、ルバーブが補っているようだ。
激しく戦うルバーブの背後、庁舎の外壁の前で異変が起きていた。
マラードが抱きかかえているブウテトが光り輝くと、瞬時にその姿が入れ替わる。豚から人へ。ブウテトからコルセスカへと。マラードの手の中から飛び出したコルセスカは、ふうっと息を吐いた。
「どうにか戻れました。済みません、心配をお掛けしました。ブウテトは私が一時的に凍結封印したので、これ以上状態が悪化することはありません。速やかに『王国』の再建儀式を行ってブウテトを復活――」
不意にコルセスカの言葉が途切れた。
どん、という音が響き、壁に手を突いたマラードがコルセスカに覆い被さるようにして顔を近づける。その光景に、目の奥が熱くなった。
「あなたがいけないのだよ、姫。そんなにも罪な振る舞いで我らを誘惑するから、このような争いが起きてしまう」
「え、あの、ちょっと」
コルセスカの戸惑ったような声。マラードに隠れてその表情は見えない。
沸騰する。歯が割れるかと思うほどに怒りが込み上げる。
「いい加減、この俺のものになるがいい。あなたがこの美貌に屈したがっているのは分かっている」
ていうかマジで言いやがった! 素面であんな台詞を口に出来るとかあり得ないだろう何を考えているんだマラードの奴!
何やらコルセスカの「凄い、凄い! もう一度、今のもう一度お願いします! 録音録音」とかいう興奮した声が聞こえるが、多分幻聴だろう。極限状況で精神が参っているのだと思う。
「ふ、そうかそうか、そこまで俺に愛を囁かれたいのか。全く、愛されすぎるというのは困りものだな」
ルバーブの隙を突いて動いていたオルヴァ、そしてイアテムたちがマラードを背後から刺そうとしたその瞬間、激震が走る。
マラードを中心とした大地が激しく揺れ動き、誰もが立っていることすら困難になる。素早く跳躍するヴァージルでさえ大地から次々と隆起する岩石と瀝青の槍を回避するのに必死だった。
「俺はルバーブのような武技は修めていないし、オルヴァ王のような呪術の心得も皆無だ――だが、昔から大地には好かれやすくてな。何もせずともこの美貌に惚れ込んだ大地が俺を守ってくれるのだ」
マラードは、大地そのものを使い魔とする支配者だったのだ。
いかに優れた武術家であっても、大地を踏みしめていなければ拳に威力は宿らない。局地的に地震を引き起こすマラードの前ではあらゆる戦士は無力と化す。イアテムの群が地割れに飲み込まれていった。
「おお、ブレイスヴァ! 私からまたしてもキシャルを奪うのか! ああ、ああ、憎い、憎い、ラフディが憎い!」
血の涙を流しながらオルヴァが叫ぶ。しかし揺れ動く地面も襲いかかる大地の槍も、大賢者に傷をつけることはできない。吹き飛ばされたイアテムの時間を停止させて足場にすると、階段を上るようにして移動したのである。
鋭い槍の連撃も流れるような動きで回避していった。カシュラム十字の形に輝く瞳が未来を見通しているのだ。
乱戦、激戦、変転する優位と劣位。
圧倒的な力を持つ六王は、それぞれに能力の相性があるようだ。
得手不得手、戦場の位置関係、そして争いの中心となっている一人の女性。
それらの状況によって勝敗はいかようにでも変化しうる。
だが、そもそも何故こんな事になっている?
復活した六王たちは【死人の森の女王】が倒れた途端に暴走を始めた。
これは一体何を意味しているのか――いや、そうではない。
六王はいずれも様子が奇妙だ。しかしそれは六王だけではない。
俺もそうだ。
箍が外れかけた理性――いや、既に外れてしまっているのか。
心が、身体が、叫び出すように欲している。
コルセスカが、どうしようもなく欲しい。
彼女に近くにいる全ての男を一人残らず殺したい。
この暴力的な衝動は一切の制御がきかない、毒のような呪いだ。
もしこの衝動を六王も抱えているのだとすれば、ここから始まる戦いは回避できない。俺以外の全てを排除するまで絶対に終わらない。
「やはりあなたは俺の姫、いや俺だけのセレスだ。約束したね、大きくなったら結婚しようと。【冥道の幼姫】――幼き姫と呼ぶのはもう終わりだ。長きに渡るレストロオセとの戦いは終わった。森の下での眠りが終わりを告げた今こそ、大人になったセレスは俺のものになるんだよ」
マラードが、また馬鹿な事を口にしている。
全くあの男は本当に救いがたい。
あれではルバーブも苦労することだろう。同情する。
殺してやる。
「マラード、てめえぇぇぇっ」
「させませぬ」
立ち塞がったのは丸々とした巨体。分厚い脂肪の下に秘められた屈強な筋肉が隆起すると、足裏から地脈経由で莫大な呪力を導引する。一度は共感を覚えた相手、同じ主を守る者として共に戦っていけると思ったルバーブを、今はただ邪魔な障害物程度にしか感じない。
「発勁用意――」
「NOKOTTAAAAAAAAAA!!!!!」
土塊と金属の掌打が激突、双方が踏みしめた大地が陥没していく。
闘争の渦は広がり続けた。
トリシューラが【マレブランケ】を率いてコルセスカを救助に向かおうとするも、アルトとカーティスに邪魔をされる。
「下がっていろ。パーンが巨人の力を解放しようとしている。巻き込まれるぞ」
「ちょっと増殖するから道を空けてくれるかな? 大丈夫、私もアルト王も君の味方だからね――」
「調子に乗るなよ貴様らぁっ」
空高く飛び上がったパーンが右腕を掲げて巨大な藍色の光球を生み出す。
そこに、無数の雷が襲いかかった。
「もういいよ、全員消えてくれる」
高く跳躍したヴァージルの背後に煌めく水晶の板が出現する。
空間を歪ませて放射状に展開された水晶の内部を高速で大量の光が流れていくと、巨大な呪力がパーンの構築していた巨人の拳を一瞬で霧散させた。
感情の無い声が呪文を唱える。
「まとめて絶滅しろ――【
「頭が高いぞ――二十倍加速!」
ヴァージルとパーンが必殺の呪力を練り上げて激突し、
「貴様ら、いい加減にしろっ!」
アルトの叫びそのものが【
「これはまずいかな。闇に融けよ、【
「おお、ブレイスヴァ!」
更にカーティスの闇が、オルヴァの呪術が、俺とルバーブの激突が、凄絶な破壊を撒き散らし、第五階層そのものを揺らしていった。
大量のイアテムの血が生贄として大地を染め上げていく中で、男たちは欲望にその目を曇らせて死闘を開始する。
どうしようもない感情任せの愚行だ。
俺も含め、六王は一人残らず頭が悪い。
しかし――理性を超えて身体は暴力を欲していた。
原初的な衝動――リビドーの命ずるがまま。
あの女を手に入れろ。
さもなくばお前に生きる価値は無い。
駆り立てる欲動が、存在を賭けた戦いに身を投じさせる。
過去最大級の転生力がガロアンディアンを引き裂いていく。
理性も文明も進歩も砕け、秩序はここに失われた。
棍棒と呪術、血と闘争、鉄の願いが支配する、呪わしい混沌が到来したのだ。
そして。
かつての暗黒街時代すら上回る、救い無き戦乱の時代が始まる。
おまけ
「あれ? 個別ルート入って普通に攻略しただけなのに何故私は責められているのでしょうか――」
コルセスカが不思議そうな顔で首を傾げる。
マラードに「あなたが悪い」とか言われたのが納得いかないらしい。
「――まあ俺も同感だが、お前それ実際に口に出すのはまずいからな?」
「えっだって個別ルートでのイベントはノーカンですよ。他のルートに別ルートの問題を持ち込まないで下さい。ゲームと現実の区別が付かない人ですか?」
「コルセスカだけは絶対にそれを口にしてはならないと思うんだが」
「失敬な。私はちゃんとついてますよ区別。だから現実をゲーム的に改変できないかと日々邪視の鍛錬を欠かしていないのです」
なるほど、それであの浄界か。
納得していると、コルセスカははっと何かに気付いたような顔をする。
「ああ、なるほど。これはファンディスク的な続編でのプチ修羅場展開」
「いやガチなやつだよ」
「何か楽しい気分になってきました。やめて! 私のために争わないで!」
「いい加減にしろ」
下界の混乱を見下ろしながら、一個上のレイヤーで適当な解説ですらない雑談を続ける俺たち。グレンデルヒを殴り倒してから暇なこと暇なこと。ちびシューラが用語解説を頑張ってくれるので俺たちは専らダラダラする人と化している。
「紀人と書いて『にいと』と読むらしいですよ」
コルセスカがお菓子を食いながらそんなことを言う。
いいのかなこれで。
下の危機に連動するように、俺とコルセスカの身体も不安定になりつつある。
だが、俺たちにはどうすることもできない。
人の戦いというものは、人が決着をつけるものだ。それによって俺たちの存在が揺らぐのだとしても、全てを信じて委ねるしかない。
「ところでさ、コルセスカ」
「はい?」
「あれどうしようか」
二人でそちらを見た。定義された空間に、ちびシューラを追い回す巨大なタコの姿があった。なんか好かれたらしい。
「見てないで助けてよー!」
「あいつは上でも下でも大変だなー」
「引っ張りだこですからね。主にトリシューラが常時呼び出してるせいで」
さっきまで下界に顕現していた大ダコのように、ちびシューラは常時召喚された状態に近い。だからそのぶん下界の影響も受けやすいわけだが、このままだと一番危険なのはあの小さな妖精なのは間違い無い。
「このままだと俺たち三人ともやばいよなこれ」
「ですねえ。何か手を打ちましょうか」
「シューラ捕まっちゃったから何もできないよー」
三人揃って首を捻る。ちびシューラは頭からタコにのし掛かられて苦しそうに呻いていた。
と、コルセスカが俺の方を見ていることに気付く。
「どうした?」
「いえ、実はまだ【コキュートス】は弄る余地があるんですよね。この際ですから、ちょっとやってみましょうか。リスクもありますけど」
「やらないよりいいだろ」
コルセスカが今や世界そのものと同化した浄界の設定に手を加えるのを眺めつつ、俺はちびシューラからタコを剥がしてやった。
目が合う。
「よし、食うか」
「タコ焼き? タコ焼きだね! よし、シューラ頑張るよ! セスカ、それ終わったら一緒におやつにしようね!」
和気藹々。
『注釈の世界』は今日も平和だった。
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