4-99 脆弱性、あるいは仕様②


 昼を少し回った頃、俺とトリシューラは公社ビルのすぐ近くにある中央庁舎を訪れていた。既にコルセスカは会議室に到着しており、ブウテトと交替して用意された円卓に着席していた。円卓を挟んで対峙する二人の女王。その背後に護衛として立つ俺は、はす向かいにクレイがいることに気付いた。一瞬視線を向けられたが、すぐに逸らされる。相変わらず不機嫌そうな顔をしていた。

 【死人の森】との会談はいつもと同じような流れで進んでいく。


「というわけで、この第五階層を覆う私たちの森の中に暫定自治区ガロアンディアンを用意してあなたにはそこに住んでいただきますぶー。あ、もちろんアキラ様は私と一緒に黒百合の館で暮らしましょうねー♪ ぶうぶう♪」


「だから裏面と郊外の自然区画と地下を国立公園に指定してあげるからそれで満足しろって言ってるよね? 何度言っても理解できないのは脳が腐ってるから? それとも老化のせいかなブウテトおばあちゃん?」


「ぶうー! おばあちゃんなんてひどいですぶひ! まだ心は若いですぶひ!」


「うーん。人は老いると幼児に近づいていくって言うけど、その口調はなんかそんな感じするよねえ」


「好きでぶうぶう言ってるんじゃないぶう! 元に戻れる方法があるなら戻ってるぶう!」


「呪力が詰まった真珠をいっぱい集めたら元に戻れるかも。九百個くらい?」


「そんなの無理でぶう!」


 ――頭の痛くなることに、これがいつも通りである。

 この数日間、トリシューラとブウテトは顔を合わせればこの調子で仲裁するのも一苦労。ようやく落ち着いたと思ったら今度は六王が騒がしく口を挟んできて滅茶苦茶になるという流れが定型化しつつあった。


 とりあえず、どうにかカーティスを中心にしてリールエルバ救出を試みるという方針は固まりつつあるのが救いと言えば救いだ。第五階層地下にある【白骨迷宮】では急ピッチでスキリシアに繋がる【扉】の構築が進んでいる。


 カルト教団が提示した期日は近い。こちらとしては、表向き交渉に応じるような態度をとってマロゾロンド教徒に理解を示しつつ、カーティスと協力して狂信者たちを一網打尽にする方針である。先んじてスキリシアに潜入したサリアもいることだし、今日から合流するアルマも加わればコルセスカの【痕跡神話】が丸ごと味方についてくれる。むしろ無謀なカルト教団に同情したくなる陣容だ。


「こういう周辺事情の話し合いはまとまるのになあ」


(第五階層の事についてはゆずれないんだよ、アキラくん)


 ちびシューラが腕組みしながら偉そうに言った。威張るところでは無いと思うが、彼女としても威厳を保ちたくて必死なのだろう。それだけ【死人の森】というのは強大な勢力なのだ。


「双方に理はあろう。しかしそこで互いの感情を逆撫でして如何にする。どうか一度落ち着き、譲歩可能な点から検討してみてはどうか」


 厳かに告げたのはアルトだ。右目の大きな傷、詰め襟の軍服と重々しい雰囲気という威厳に満ちた亜竜王は、しかし二頭身なのでいまいち迫力が無い。円卓の上に立って、二人の言い争いを諫めている。


「下らん」


「それより僕、姫と遊びに行きたいなー♪ え、何で睨んでるんですか、アルトおじさん。邪魔するなら存在ごと消しちゃいますよ?」


 パーンとヴァージルは相変わらずマイペースで協調性というものが無い。

 一応、最初の頃に【死人の森】からガロアンディアンに提供できる交渉材料を提示することでトリシューラから譲歩を引き出すという仕事はしたのだが、その後は退屈そうにしているだけだ。


 ガレニスが保有する呪具製造のノウハウ、ヴァージル個人が持つ古代イルディアンサの情報通信技術はトリシューラの保有する『杖』の叡智に比べるといかにも古びてしまっているが、レトロさが価値を生むのがこの世界。古代の王からもたらされたというブランド性も含めればその呪的価値は膨れあがる。


(というか、居住地区を指定ってどうなんだ? 分断と対立を招くだけじゃないのか。レオがティリビナ人との諍いを未然に防ぐためにかなり苦労してるのは知ってるだろう)


 今はトリシューラの警護中なので、脳内でちびシューラに語りかける。正直、彼女のブウテトに対する態度が不可解でならない。誤解を恐れずに言ってしまえば不満があった。トリシューラと同じように円卓に座るレオに視線を向ける。背後にはカーインが控えており、今のところ発言する様子は無い。


 公社は各種インフラの管理だけでなく、細かな地域社会のトラブルを防ぐ為に尽力している。というか、主にレオが直接赴いて人々と話し合い、調停を行っているのだ。カーインという護衛がいなかったら危なっかしくて仕方無いが、あの少年はそうすることで地域住民の信頼を勝ち得てきた。


 第五階層では創造能力によって比較的転居が容易であるため、住民間のトラブルは移動などの調整や区画整理で片がつくことが多い。それが最適解では無いにせよ、レオは個別の住民たちが生活しやすくなるように心を砕いてくれている。罵声を浴びせられても笑顔を絶やさない少年の精神は俺には直視できないほどに眩く、強靱だった。


(一箇所に隔離した結果、治安悪化とか事実上の独立とか、洒落にならない)


(それとこれとは別。実際に別の勢力なわけじゃない?)


(戦争がしたいのかお前は)


 ちびシューラが緑色の瞳を揺らめかせた。眉根を不快そうに寄せて、強くこちらを睨み付けてくる。こちらも退く理由は無い。ちびシューラとここまで険悪に対峙したのはいつ以来だろう。


「いやあ、すっかり遅れてしまったな。俺の美しさに免じて許せ」


「我が王、まずは両女王陛下に遅参の説明を――」


 ちびシューラと俺、トリシューラとブウテトの間にあった重苦しい空気を破壊しながらマラードとルバーブがやってくる。

 円柱に車輪が付いた自動機械にちょこんと乗って移動する小さな二人は盛大に遅刻しながらも、その態度は対照的だった。


「実はな、表通りの一等地に俺が経営する美容院を建てようと思っている。先程まで下見をしていたのだよ。前の土地の持ち主ともちょっと話し合って、快い返事を頂いたところだ」


 普段なら空気を読めと言いたくなる所だが、今だけは良くやってくれたと言いたい。マラードは奔放に振る舞っているが、第五階層にやってくる連中などはどうせ皆好き勝手に振る舞って適当に居着いてしまうのだ。徹底して管理や制御をしようとするのは無謀だし、何よりトリシューラらしくないと思える。


(だって、だって!)


 駄々をこねるように、ちびシューラが不満を露わにする。

 こうしたことは珍しい。幼い少女のように苛立ちを隠そうともしない。

 いや、ちびシューラがそう振る舞うということは、俺に何らかの意思表示をしているということだ。だが、彼女は俺に何を読み取って欲しいのだろう?


 意図が読み取れないまま、会議室の扉が開く。

 珍しくブレイスヴァブレイスヴァと言わずに物静かにやってきたのはオルヴァだ。目を閉じて円柱機械の上に立つ姿はどこか聖性のようなものを感じさせた。

 純白の清廉なローブ、デフォルメされていても端整なままの顔立ち、ゆっくりと開いた瞳にはカシュラム十字の煌めき。その佇まいは紛れもなく歴史に名を残す大賢者のそれだった。


 高名なオルヴァの姿は数々の肖像画に残されており、端整な顔や穏やかな表情、ともすればやや病的にも見えてしまうほどに白い肌に十字の瞳という特徴は広く知られている。第五階層でもオルヴァを見た人々は『上』も『下』も関係無く歴史上の偉人を目にした驚きに打たれていた。


 だが、そうした視線にも彼は動じない。ただ自分の在り方を保ち続ける。

 【死人の森】に所属しながらも自由奔放な言動は、ある種の美的な絶対性を感じさせた。恐らく彼は老いるときも美しいのだろう。そう思わされるほど、彼は時空の中で孤高に在り続けていた。

 と、このように黙ってさえいれば本当に絵になる男なのだが。

 かっと目を見開いたかと思うと、言う事がこれだ。


「おお、ブレイス――」


 と思いきや、途中で言葉が途切れてしまった。どうしたのだろう。

 不思議に思って見ていると、オルヴァはふうと息を吐いて、


「何と、恐るべき御名の終端さえも自ら喰らうというのか。カシュラムの諺に言う、『ブレイスヴァを喰らうことができるのはブレイスヴァをおいて他に無し』とはまさしくこのことよ。おお、ブレイスヴァ!」


 とかなんとか言い始めた。もうわけわからん。


「遅参したことを謝罪しよう。時間をブレイスヴァに食い尽くされてしまった」


 そして言い訳もひどい。


「しかし、そうか。現代にもカシュラム人は残っていたとは。私の終端はまだ遠いらしい――ブレイスヴァよ、恐れられてあれ!」


 口ぶりからすると、現代のカシュラム人たちと遭遇したらしい。ラフディもそうだが、末裔たちとの交流の中で彼らが第五階層に自然と受け入れられていけばなし崩し的に【死人の森】はガロアンディアンと融和していけるのではないだろうか。都合の良すぎる考えかもしれないが、少なくとも今は穏やかに接触できているように思える。


(それはちょっと、頭がお花畑過ぎるよ。アキラくんは六王を演じたから感情移入しちゃってるのかもしれないけど、六王はそんなに都合良く動いてくれる、制御可能な相手じゃない)


 どうも、ちびシューラの危惧が実感できない。

 六王は確かに強大ではあるが、こうして小さな身体でこの場所に馴染もうとしている。ブウテトだってそうだ。間抜け極まりない姿だが、平和でいいという意見もある。実際このような滑稽な姿が住民たちには親しみやすく映っているようで、受け入れられるのもそう難しくは無いように思うのだ。


(アキラくん、それは、シューラがこういう姿であることと同じだよ? 私を可愛がったり、性的な視線で見たりすることは誤作動だって、クラッキングされた結果だって理解できてるよね? アキラくんは可愛さや可笑しさに惑わされてるんだよ。思い出して、シューラは邪悪な魔女だってこと!)


 そんなことを頬を膨らませ、両手をぶんぶん振り回しながら言われても。

 豚鼻の女王ブウテトに、騒がしい六人の小人たち。むっつりと不機嫌そうに押し黙る手刀マザコ――クレイ。一人と七人の集団とは一時的に協調しているだけだが、いずれは真の意味で手を取り合えるような気がしていた。


(ほら、敵対してたカーインともなんだかんだで仲間になってるわけだし)


(アキラくん、どうしちゃったの? おかしいよ。前までのアキラくんならそんなこと――あ)


 不意に、ちびシューラは何かに気付いたように愕然と目を見開いた。

 本体のトリシューラまでもがブウテトとの口論を止めて口を抑えている。


「一貫性の乱れ――まさかもう分裂が始まってるの? 早すぎる」


「ぶぶ? どうしたんでぶう?」


 首を傾げるブウテトから視線を外して、振り返って俺を見るトリシューラ。大気を震わせる音声で直接語りかけてくる。


「アキラくん。お願いだから、できるだけそのままでいようとしてね。成長しようとか、より良い自分になろうとか、そういうことだけは考えないで」


「はあ? 何を言ってるんだ一体。フィードバックを欠いたらサイバーカラテ道場としては終わりだろうが」


「そういうことじゃないの! 詳しい事は後で説明するから、とにかくダメダメでクズでだらしなくて惚れっぽいどうしようもないアキラくんのまま私に踏みつけられて興奮する変態として惨めに生きてって言ってるだけ! 本っ当に存在価値が無いよね、死ねばいいのに。いやむしろ今すぐ死んで?」


「ぶうー! アキラ様にひどいことを言わないで欲しいぶひ! それは私が言いたいことなのでトリシューラは言っちゃダメ! ぶうぶう!」


 真剣そうなトリシューラの言葉にブウテトが口を挟んで、険悪な空気は完全にぶちこわされていった。また話がまとまらないパターンかな、これは。

 ぎゃーぎゃーと騒がしくなっていく会議室。

 最後にやって来たのはやはりというべきか、カーティスだった。

 この吸血鬼は極めて遅刻が多い。パーンが神経質に苦言を呈する。


「カーティス、貴様またか。約3,100秒の遅刻だぞ」


「秒とは何のことかな?」


 古い夜の民であるカーティスにとって、昼の世界の単位は理解の外にあるらしい。吸血鬼の王は黒いフードを被って小首を傾げた。こうしていると小さな夜の民そのもので、正直なんかこいつ可愛こぶってねえかと邪推したくなる。女性と見紛うような容貌なので実際可愛いのがアレだ。


「ふざけるな。お前たちの棲む影世界は我々の宇宙の影響下にある。秒くらい知っているだろう。占星術によって平均太陽時から求めた時間の単位だ」


「そりゃあ、朝の種族が『一日』とか『暦』とかいう信仰によって自らを律していることは知っているよ? けれど、マロゾロンド神のしもべである私があえて天体マーディキ時間ソー・ラヵーといった異教の神々の教えを守る必要は無いと思ってね。ああ、もちろん今の私は愛しい姫のものだけれどね」


 平然と遅刻してくる時間間隔のずれは、こんなところから来ているらしい。

 同じ夜の民でも、時間をきっちり守って迅速に移動する店員ラズリさんとは大違いだった。現代人と古代人のギャップを感じてしまう。


「どうでも良いですけどー。それは古い時代の話で、今は天青石セレスタイトを利用した光格子時計で一秒を定めているらしいですよー」


 ヴァージルが幻影の窓に検索結果を表示していた。いつの間にか携帯端末を購入していたようで、菱形の水晶が少年の前に浮かんでいる。

 こんな感じで、いつも通りに大騒ぎに発展してしまう。賑やかなのはいいが、これではいつまで経っても話が先へ進まない。トリシューラとブウテトも何故か感情的に対立してしまうせいで平行線を辿るばかりだ。


 うんざりし始めたその時、不意の来客が更なる混乱を招き寄せる。

 それは警戒していた相手の、全く予期しない形での襲来だった。

 白眉のイアテム。

 その男は真正面から庁舎の玄関に現れた。


 背後に配下と思しき男たちを引き連れている。多種多様な『眷族種』が入り交じった、『上』側の勢力であることを主張する陣容。道行く人々が何事かと注視していた。端末を手に念写している者までいる。

 物々しい雰囲気に警備ドローンが銃口を向けるが、背後の男らは身動きせず、イアテムだけが徒手空拳のまま前に進み出てくる。


 俺たちは建物の前に居並んだ相手が一向に攻め込んでこないことを不審に思いながらも迎撃の構えをとった。幸いここには【マレブランケ】の全員が終結しており、【死人の森】までいる。どこかからミヒトネッセが奇襲を仕掛けて来たとしても今度は遅れを取らない自信がある。


(念の為、アキラくんはブウテトをしっかり守って。幻肢操作アプリで性能をアストラル寄りにして、呪殺を妨害する準備をしておけば髪の毛の件にはある程度対応できるはずだよ)


 ちびシューラの忠告に従い、機械の身体と重なり合う幻影体を構築した。幻脳が形成され、俺という存在が二重になって揺れ動く。ブウテトを背後に庇うと、余計な事をするなとばかりにクレイに睨まれた。やたらと殺気立っている。

 刃の様な視線の先で、イアテムが動く。

 すう、と息を吸い込み、


「たのもう!」


 と力強い叫びが響いた。

 その言葉は、はっきりと俺に向けられていた。

 『しまった』と『やられた』という思考が同時に脳裏を駆け巡り、何か対抗策を練ろうとするより先に、俺という生まれたての紀人の『本質』が疼き、【サイバーカラテ道場】としての性質が自動的に身体を操縦していく。


(アキラくん、ダメッ)


 ちびシューラの制止は遅すぎた。いや、そもそも制止はできないのだ。

 俺はもう、そのように存在を作り替えられてしまっているのだから。

 神話的存在は、その性質に規定される。

 本質を束縛されてしまうのだ。その意思に関わらず、『在り方』を曲げることはできない。それは神話的存在として死ぬことだからだ。


 紀人としてのシナモリアキラ。その脆弱性を的確に突いた、真っ向からのクラッキング。その名も道場破り。

 俺という存在は、看板を賭けた正々堂々たる挑戦を断れない。

 

「どうれ」


 信じられないくらい自動的に、俺は挑戦を受けていた。

 自分という存在に自分の意思で抗えない。

 そのことにとてつもない不快感を覚える。


「サイバーカラテ道場師範代、シナモリアキラに一対一の試合を申し込む! 流派の名誉を賭けて我と武を競っていただく!」


 そして、今のサイバーカラテは【死人の森】が擁する六王の権威も背負っている状態だ。つまり、俺が負ければ一緒に六王の権威にも傷が付くのだ。

 何の事は無い、今のガロアンディアンにとって最も脆い部分とは、他ならぬ俺自身だったというだけのこと。


「上等じゃない。ガロアンディアンの最大戦力がどれだけ凄いか、目にもの見せてやればいいんだよ! アキラくん、返り討ちにしちゃえ!」


 トリシューラの叫びで我に帰る。

 俺が負けた時に傷つけられるものは俺だけではない。外部に依存しきった俺が戦いの中に身を置く限りそれは避けられないのだろう。

 しかし、ならば勝てばいいだけだ。


「ああ、任せておけ。魔女殺しだか英雄だか知らないが、精々技を盗んでサイバーカラテ道場の肥やしにしてやるよ」


 赤と黒のカプセルを飲み込んで肉体を活性化させながら挑発的な言葉を吐き出す。イアテムはあくまでも冷静にこちらを見て、短く呟いた。


「では始めるとしよう――イェツィラー」


 本日二度目の衝撃。

 イアテムの腰の辺りを取り巻くように、白く濁った青い激流が形成される。

 では、こいつがそうだったのか。結局、グレンデルヒもブウテトもクレイも、トライデントとは関係が無かった。【使い魔の座】が擁する新たな刺客、禁呪を使う『細胞』の正体とは、このイアテムという男だったのだ。


 背後でトリシューラやブウテト、それにマラコーダが反応する気配があった。それは融血呪を知るが故の焦り。一対一の試合という形式を迂闊に破れば俺の存在が危うくなる為、周囲はこの状況でも何も出来ない。

 だが、あちらは違うのだ。


 イアテムが操る白濁した流体が背後の男たちに飛沫として降りかかる。シャワーを浴びたように濡れた男たちは、液体が触れた箇所をどろりと融解させて呻き声を上げた。ぐるりと眼球が回転し、白目を剥いて立ったまま気絶する。

 そして、そのまま亡霊のように動き出した。


「我々はトライデント。我々は群。我々は一つ。我々はイアテム」


 恐らく百人はいるであろう男たちが、一斉に敵意を向けてくる。

 放射される圧力は、その辺りの雑魚とは一線を画する。

 地上有数の探索者集団を構成する腕利きの探索者たち。

 それがイアテムによって統一されて襲いかかってくるのだ。


(ううっ、こっちにはカーティスがいるからズルだって強く言えないよう)


 ちびシューラが唇を噛みながら悔しそうに言った。

 仕方が無い、多勢に無勢でもやるしかない。

 サイバーカラテ道場が視界に無数の戦術を提示していく。ちびシューラの提示する最適解に従ってウィッチオーダーの形態を選んで次の動きを組み立てていく。イアテムは青い流体を右手で握りしめると、束ねて高圧の刃を形成した。勇ましく中段に構えて口を開く。


「我はトライデントの細胞が十三番――」


 十三という数字に、記憶が刺激される。

 それはマラコーダがかつてトライデントの細胞だった時の番号だ。

 たしか細胞の名は【尻尾】。イアテムは同じ役割を与えられているのか、それとも別の役割を担っているのか。その答えは直後に明かされた。


 屈強な肉体に充溢していく気迫、増大する呪力、巻き起こる旋風。

 恐るべき宣名圧の予兆に、大気が戦慄しているのだ。

 そして男はその本質をさらけ出す。

 誇るような宣名が第五階層を震撼させた。


「――【男根】のイアテム!」






 シューラ先生の『ここテストに出ないよ』


 【疑似英雄詩モックヒロイック


 これが巫女としてのスキルだとすれば、かなりの邪法だよ。

 否定的で露悪的なパロディによって降ろした伝承を下品に零落させる『見かけの参照』ってとこかな。引喩系呪術としては下の下だよ。アキラくんは正統派な神話参照で真っ向勝負していこうね!


 え? 杖だって神秘の零落じゃないのかって?

 同じ零落でも杖の零落は再現性を持たせることで利便性や整備性なんかを向上させるいい零落だもん。一緒にしないで!


 それにしても巫女なのかニンジャなのかはっきりして欲しいよ。

 ――えっと、アキラくん、歩き巫女ってなあに?

 甲賀望月? 武田?

 うう、日本史はあんまり勉強してないんだ、ごめんね。



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