4-80 死人の森の断章∞ 女王と錬鉄者③




 トリシューラとアキラ、そして彼に憑依したコルセスカの三人が向かったのは巡槍艦の傍から少し離れた倉庫街だった。第五階層へと帰還する際に、アキラたちは二手に分かれた。空間を自在に移動する【扉】の作り手である星見の塔の姉妹に力を借りて、力士という難敵を隔離したのだ。そうしなければ市街地に甚大な被害が出ることが予想されたこと、アキラの肉体と左義肢を取り戻す時間が欲しかった為の措置であるが、その為に数人の仲間たちに多大な負荷をかけることになってしまっていた。


 箱形の倉庫が建ち並ぶその区画は、盛大に破壊されていた。違法に持ち込まれた呪具や武器弾薬が起爆してあちこちで火災が発生しているが、それすら巻き起こった暴風に掻き消されてしまう有様だ。定期的に大地が揺れているのは、誰かが足を踏みならしている為だろう。


「これが、力士の本気の四股踏みか」


 姿は無くとも、その存在ははっきりと感じられる。

 この先に行けば本気の力士と拳を交えることになる。

 これまでの戦績は決して良いとは言えない。それでも戦うのかと、理性が問う。それに答えを出すのは、しかしシナモリアキラではなかった。


「行くよ、アキラくん!」


(さあ、やるからには勝ちますよ!)


 二人の魔女が選び、それを受け入れる。

 使い魔は両手の義肢を硬く握りしめた。自然とついてきていた白骨の狼が威勢良く顎を打ち鳴らしたのは、吠えたつもりなのだろうか。彼が女王ではなくアキラの後を追ってきたのは少しだけ意外ではあったが、その事実に少しだけ表情を緩めるアキラだった。


 激震する大地を粉砕して、地中から現れるものがあった。螺旋の回転で硬い階層の足場を穿孔して現れたのは巨大なドリル。無限軌道キャタピラに支えられた重厚長大な胴体部分が瓦礫を弾いて、現れた無人兵器が突撃してくる。左右に分かれて回避したトリシューラとアキラを、更なる脅威が襲う。


 空から舞い降りた大型の軌道船オービタが強化外骨格を纏ったトリシューラに襲いかかる。時空航行を可能とする巨大艦船がデブリ除去用の凝集光レーザー砲を放つが、トリシューラは硝子霧を散布して威力を低下させて抗磁圧障壁で防ぎきる。


 だが、軌道船の下部ハッチが開いてそこから出現した無人機が繰り出した攻撃は防ぎきれなかった。それは人型をしていた。強化外骨格を纏ったトリシューラよりも更に一回り大きい。鋼の四肢が唸りを上げて、掌から放つ磁力干渉によって抗磁圧障壁を引き裂く。腰の部分に取り付けられた電磁投射砲コイルガンがきぐるみの装甲に傷をつける。


「ここからは僕がお相手しよう。肉体に縛られない知性体同士、仲良くしようじゃないか」


 ヘルメット状の頭部のフェイス部分がスクリーンとなって表示されたのは行司姿の青年。ウェーブがかかった黒髪に濃茶色の肌をしたインド人――ケイトと呼ばれていた力士の相棒が、無人機を操作しているのだ。


 軍用サイボーグ【ドラゴンテイル】が咆哮する。電磁石作動機ソレノイドアクチュエータが唸りを上げ、形状記憶合金を用いた人工筋肉の束が剛腕の一振りを砲弾に等しい威力で撃ちだした。トリシューラが左腕を拉げさせながら吹っ飛び、地面に叩きつけられる。腰の噴射孔から輝く推進剤を散布して流星のように追撃するケイト。


 トリシューラを守ろうと助勢に駆けつけたアキラが左腕の一撃を突撃しながら叩きつける。真横からの衝撃にケイトの軌道が逸れてトリシューラは難を逃れるが、カウンターで繰り出された掌打であっさりと吹き飛ばされてしまうアキラ。倉庫の薄い壁面を貫いて転がっていく。


 ケイトが操る無人機の剛腕は、旧アキラの右義肢を遙かに凌駕する出力だった。かつてのシナモリアキラは最も上等な部類の義肢を更に違法改造して出力を上げていたため、やろうと思えばちょっとした戦闘用義肢級の出力を発揮する事ができた。しかし、最初から戦う為に作られた機械腕はそもそもの設計思想からして異なる。多くの民間警備会社が正式採用している磁力制御型戦闘用アンドロイドの戦闘能力は、単純比較で旧シナモリアキラの完全上位互換だ。


 加えて、ケイトは元々生身の人間である。意識を電子化した情報的人類であるケイトが宿った無人戦闘機械アンドロイドは、その瞬間に定義上、肉体を全て機械化した『テセウスの船型サイボーグ』となる。在り方すらシナモリアキラの先を行く相手。それを乗り越えようとコルセスカとアキラの意思が一致して立ち上がるが、トリシューラがそれを制止する。


 傷付いたきぐるみ姿で、三叉槍のような兵装を構えて戦意を漲らせるトリシューラ。バックパックと補助腕で膨れあがった歪な背中が、ここは自分に任せて先に行けと告げていた。


「『人間上がり』に認めてもらえるのは嬉しいけど、私にはアキラくんがいるからもういらないよっ」


「それは残念」


 トリシューラと交戦状態に入るケイト。トリシューラには何かしらの対抗意識があるのか、勢い込んでケイトへと挑みかかっていく。二つの世界における最先端の『杖』が正面から激突する。


(アキラ、ここはトリシューラを信じましょう)


 コルセスカの意思がアキラに先を急がせる。それに、いつまでもその場所に居続けることが出来ない理由もあった。彼を追いかけてくるドリルを備えた装甲車がもう一台姿を現して二つの螺旋が迫り来る。更には軌道船が凝集光を地上へと掃射。どこからともなく真紅の消防車までもが現れて高圧の消火剤を吹き付けてくる。遮られた視界の中を大質量が縦横無尽に走り回り、アキラを轢殺せんと車輪を加熱させる。これもまたケイトが遠隔で制御しているのだろう。無言のまま殺意を向けてくる鋼を回避しながら疾走。思わず毒突くアキラ。


「くそ、何なんだよこの車輌のラインナップ!」


(わかりません、アキラから吸い取った記憶の中の力士は、こういった車輌とは何の縁も無いはずですが)


 続いて現れたのは巨大な鉄球。前のめりに転がって回避してから背後を見ると、クレーンが吊り下げた鉄球を振り回していた。振り子運動の追撃から逃れようと疾走するアキラは、無人機の種類に規則性など無いことを理解した。恐らくはあらゆる状況に対応できるように様々な車輌を用意しているのだろう。それを全て戦闘のために投入してくるケイトらの判断は理解を絶していたが。


 鉄球が倉庫街を解体していくのを尻目に、ひたすら走り回る。軌道船が上空から放つ凝集光を氷の右手に展開した多面鏡で弾きつつ、遂に戦場へと躍り出る。

 戦場を一陣の風が吹き抜けた。流線型の車輌が高速で空中を駆け抜けていき、第五階層の空へと飛翔していく。壁面を透過して突き抜けていったが、恐らくは転移能力を有しているのだろう。しばらくの時間を置いてまた戻ってくる。


 長大な全体像。蛇を思わせる優美な連結車輌にはその上下左右の各所に強力な電磁石が取り付けられている。電磁誘導方式の磁気浮上マグネティックレビテーション型リニアモーターカーが、先行して空中に仮想構築された円筒状の磁界のチューブの中を弾丸のように駆け抜けた。


 狙われているのは、ビーグル氏族の虹犬であるグラッフィアカーネ。だが年若い電磁合気の使い手は逃げようとはしなかった。落ち着いた佇まいのまま手を前に突き出す。その手と平行に浮遊する片側が鈴になった金剛杵から紫電が迸り、大気をイオン化させながら電磁空気投げが行われる。


 発生したマイナスイオンの呪力が構築されたレールの軌道を歪曲させて、車輌の進路があさっての方向へと逸れていった。無人機の中でも極めて厄介な速度と殺傷力を有するリニアモーターカーを一人で相手取っているグラッフィアカーネの戦い振りは見事の一言だった。視線が一瞬だけ絡み合い、アキラはこの場を少年に任せることにした。


(ちなみにネガティブイオンじゃないよ、マイナスイオンだよ。堕落した古き雷神の加護を宿したイオンだよ!)


 視界隅にちびシューラが出てきてよく分からない注釈を入れる。先程たった一人で果敢に難敵の足止めを買って出たというのに悲壮感も何も無かった。

 大地が揺れる。アキラの目的地へと向かう疾走は遂に終わりを迎えようとしていた。そこで、二体の巨獣が激突を繰り返していた。


「はっきよい!」


「グオオオオオオオッ!!」


 硬質化した生体質量の鎧を纏ったゾーイ・アキラの突進を、巨大な異形が正面から受け止める。そればかりか、高速で突き出される突っ張りや振り抜かれる張り手、大剣の如き手刀チョップといった殺傷力に優れた技のことごとくを凄まじい速度で回避してみせる。


 異形の巨大生物は、二つに分かれた頭部で同時に咆哮した。

 片方は眼球に迫る程に湾曲して伸び上がった牙を持つ猪。

 もう片方は漆黒の鱗を持った大蜥蜴だ。

 二体の巨獣を半ばから切断して融け合わせたかのような合成獣の名はチリアット。トリシューラの忠実な配下にしてガロアンディアンの守護に燃える戦士。右腕に宿る魔将の細胞を最大まで活性化させた彼の現在の実力は、魔将ダエモデクのそれに匹敵すると言っても過言では無い。


 かつて中原で名を馳せた暴虐の黒き亜竜が全てを腐敗させる瘴気の吐息ブレスを吐き出せば、異界の力士は猫騙しによって発生させた衝撃波でそれを全て吹き飛ばす。力士が四股を踏んで大地を粉砕させると、隆起した岩盤の数々を素早い足運びで回避し、避けきれないものは長く頑丈な蜥蜴の尾で薙ぎ払う。


 巨獣同士の攻防は一進一退だ。

 チリアットは目の前に迫り来る牙という不可避の死を直視することで、臨死の恐怖を引き金に時間の体感速度を引き延ばすことができる。その反応速度は本気を出したコルセスカと一時的に渡り合えるほど。力士を相手に一歩も退かない戦い振りは流石の一言だった。しかし。


「多分、結構危ないと思います。あの状態に変身してからかなり時間が経ってるから――トカゲさんが悲鳴を上げてるのが聞こえます」


 心配そうに呟くのは、離れた場所で戦いを見守る猫耳の少年だ。黒い耳を外向きに動かしながら、レオが揺れる瞳でこちらを見た。


「『このままだと、友を喰い殺してしまう。それは嫌だ』って、そう言ってます――お願いですアキラさん、もう休ませてあげてください」


 僕には何も出来ませんけど、とレオは悄然と項垂れた。左手が緊張のためかぴんと張り詰めて反った状態になっている。アキラは少年の頭に優しく左手を載せて、左右に撫でる。猫耳に触れたせいか少年が少しくすぐったそうな顔をした。


「レオはそこで応援しててくれ。チリアットの手当も頼んだ。だから、後は俺とコルセスカに任せろ」


「――はい!」


 柔らかな頬を紅潮させて喜色を浮かべるレオはアキラをにこやかに送り出しつつ、既に力士に敗北していた役立たずの護衛の顔を無造作に踏みつけた。




 荒れ狂う戦場のただ中に、シナモリアキラは白骨の四つ脚人狼と共に突っ込んでいく。左腕を変形させながら無数の瓦礫を右腕で振り払い、チリアットへと呼びかける。


「悪い、待たせた!」


「おお、身体を取り戻されたか、師範代! すまぬが限界のようだ。もう右半身が言う事を聞いてくれぬ」


 力士に突き飛ばされたチリアットがどうにか踏みとどまりつつ、牽制の吐息を放って距離を空けさせる。転移して退いた隙に言葉を交わすと、どうにか理性は保てている様子だ。しかし全身が傷だらけで、息も上がっている。更に邪視の使いすぎで瞳からは血の涙が流れていた。いくら再生者化しているとはいえ、これ以上戦えば意思を喪失した『動くだけの屍』になりかねない。


「ここからは俺とコルセスカでやる。それに、どうもカインも力になってくれそうだ。さっきからそんな気がしてる」


 力強いアキラの言葉を信じて、チリアットは右半身の大蜥蜴を抑えながらレオたちのいる方向へと退避していく。

 そして、シナモリアキラは同じ名前を持つ力士と真正面から相対した。

 瞳には氷のような輝きが宿り、呪布が解けた氷の右腕は硝子細工のようにクリアな全体像を露わにしている。浮遊する多面鏡を従えながら、右半身を前にして構えをとる。光り輝く左腕の換装はまだ終わらない。


 激震が第五階層の大地を鳴動させる。四股を踏んだ超重量の異界力士が獰猛な笑みを浮かべながらこちらを見ていた。その背後に揺らめくようにして浮かぶ、蓬髪を振り乱す壮年男性の幻影。氷の視線と傲慢な睥睨が激突し、力士とサイボーグが間合いをじりじりと詰めながら次の手を探り合う。無論、空間を跳躍する力士はあらゆる場所から攻撃を仕掛けることができるため、サイバーカラテ道場の戦術予測システムはフル稼働状態だ。


「準備は出来たみたいだね。待ちくたびれたよ、いい加減にさ!」


 挑発的な言葉と共に、打撃が空間を越えて届く。

 巨大な肉装甲に包まれた腕が轟音と共にアキラの眼前を通り抜けて消える。コルセスカの神経反射でさえギリギリ回避できるかという速度の奇襲。更に続けて腕だけが出現しては突き出され、またかき消えていく。見れば、遠く離れた力士の腕が消滅と出現を繰り返していた。


「部分転移もできるのかよ!」


 戦慄しつつ空間凍結で攻撃を凌いでいく。更に背後に回り込んだ巨体の気配を【Doppler】で察知して振り向きざまに蹴りを放つ。呪的発勁。ちびシューラとコルセスカの【氷】が呪的侵入を試みるがグレンデルヒによって遮断、一瞬の攻防の後に大きく間合いをとって仕切り直す。長く力士の間合いに居続ければ『廻しをとられてしまう』からだ。


 力士の戦闘能力は相も変わらず計り知れない。その超質量も、そして卓越した打撃と投げの技術も、転移能力という恐るべき技術も、全てが一級品だ。それに加えてグレンデルヒという英雄の加護も付いている。今のアキラには六王の力は無い。その魂は今、彼らが従うべき女王の元に集っているはずだ。もう一体のグレンデルヒを倒すために。


 ゆえに、この戦いはアキラとコルセスカ、そしてちびシューラの力で乗り越えなくてはならない。そうだ、とシナモリアキラは内心で己に言い聞かせる。この相手は、力士ゾーイ・アキラだけは、自分が倒すべき相手なのだ。前世からの刺客。自分を否定する存在。間違った状態を正そうとする意思。シナモリアキラの生存は間違っている。


「そうだ、お前は生きていてはいけない。お前の命が他者の生命を踏みつける。一人分の罪人が席を譲れば、より良き者が生きることができるのだ」


 力士の言葉がグレンデルヒの意思と重なる。転生設備を占有することの罪深さ。それはそのままコストの問題だ。転生には金がかかる。様々な苦労を重ねた末、転生技術は保険という形態に組み込まれているが、二重転生は明らかに予算をオーバーしている。食い潰した資源はどうするのか。他の転生待ちの死者たちの機会を奪っているのは誰なのか。人の死を踏みつけながら生きるお前に価値は無いとグレンデルヒは言い放つ。


「何がシナモリアキラだ。何が【鎧の腕】だ。お前は惨めな人生の敗残者だろう? なあ、セト――」


 言葉を遮るように、カチカチと骨を鳴らす音がした。白骨の人狼が、アキラの注意を惹こうと音を立てている。喉のない屍の必死の咆哮。その小さな鳴き声は、確かにアキラに届いていた。答えは既に、あの森で得ている。ゆえに彼はもう迷うことは無い。


 正しくない答え、選ばれなかった道、死んでしまった運命。

 それらに再び生を与えるのが死人の森。

 ならば再生者オルクスとは、言葉を持たない死者というよりも。

 転生者ゼノグラシアに近い存在なのではないか。


 ある女王はアキラの弱さを許した。

 決断を預かり、全てを引き受けて互いを肯定し合う為に。

 ある女王はアキラが生きているという罪悪を赦した。

 生きている罪深さ、それ自体が尊いのだと、優しく肯定する為に。

 そして、二人の女王と繋がり合う氷の少女はこう叫ぶ。


「『たとえ誰かのことを踏みつけていたとしても、私たちは今、ここに生きている。罪深くても、傲慢でも、私は大人しく死を待つのなんて嫌です。だってこの世界は、こんなに楽しいじゃないですか!』――コルセスカはこう言ってる。俺も、そう思うよ」


 開き直ったような宣言が告げられた途端、世界が凍り付く。美しく煌めく氷のリングが形成され、上空には装飾された二つの『体力ゲージ』が出現し、対峙する両者の中心地点で『ROUND1 FIGHT!』の文字が光り輝いた。砕け散る文字列を見据えながら、冬の魔女は己の世界観を、傲慢な意思を世界へと叩きつけた。世界を滅ぼす火竜を殺すという運命を背負った少女は、あろうことかただ遊び続けたいという理由で戦うのだ。


「楽しさの為に戦う――いいね、そういうの好きだよ私。ずっと忘れてた感覚だけど、あんたたちと戦って久々に思い出したよ。生きてるのは楽しむ為だ。なら戦いも目一杯楽しまなくちゃ損ってもんだろ!」


 獣のように吠える力士の顔面で、稲光が閃いて大気を焼き焦がす。高まる圧力は、力士がまだ余力を残していたことを示していた。


「百パーセントだ――制限解除、システム【蹴速けはや】を解放する」


 途端、力士の脚部から凄まじい雷光が迸り大気を蹂躙していく。巨大質量を支える筋肉の塊のようだった柱の如き脚部もまたその形状を変化させていき、まるで全く異質な生命へと変貌を遂げようとしているかのようだった。


 一方で、戦意を溢れさせているのはゾーイだけではなかった。

 シナモリアキラの左腕の変形が止まらない。膨れあがる光が熱を放射し、凍れる右腕で抑え込んでもまだ反発するほどの呪力が吐き出されていく。いつもの換装とは違う、何らかの異変が起きていた。


(これって、もしかして九姉兵装の制限が解除されてる?)


 ちびシューラが驚きの声を上げる。何が要因となったのか、ウィッチオーダー最強の九形態、その封印が一つ解除されているのだ。

 それこそは冥界の権能を司る第五の封印。不完全な解除なのかアキラが自らの意思で制御する事すらままならず、半ば暴走するかのようにして勝手に換装が行われてしまう。だがその時、アキラの肉体を焼き滅ぼそうとする呪力を抑え込むようにしてカインが跳び上がった。骨の上顎と下顎が打ち合わされて、小さな咆哮が第五階層に響き渡る。人狼が内包する引き千切られた左腕が光り輝いた。


 生身の左腕が、ウィッチオーダーから溢れ出す光の中へと飛び込んでいく。本来の腕と新たな腕、新旧の腕が一つに重なり合い、調和していった。光量が抑えられ、その真の姿が明らかになる。


 それと同時に、カインにも異変が起きつつあった。

 ――というよりも、その変化は始めから死せる人狼の存在を織り込んだものだったのだ。骨の全身がバラバラに弾け飛び、アキラの全身の各所を包み込むようにして接触していく。再生者の骨はあくまでも骨組みでしかない。第五階層の物質創造能力が左手の制御下で限界を超えて駆使されて、狼の骨を基点にして装甲を形作っていく。


 それは生物のようであり、機械のようでもあった。全体としてはトリシューラの強化外骨格に酷似している。死者を核にした、第五階層でのみ機能する鎧。死人の森を土台に、ガロアンディアンが構築する神秘の結晶。艶のない漆黒の装甲がアキラの全身を一回り大きくして、鋼鉄の内側で莫大な呪力が荒れ狂う。


 犬に比較して長く細い頭骨が湾曲しながら広がり、兜となってアキラの頭部を包み込むと、上顎の第四前臼歯である裂肉歯が燐光に包まれて更なる大型化を遂げる。視界を妨げないように真下に伸びた牙と牙の間に透明な素材が形成され、暗色のヘルメットバイザーとなる。


 装甲に覆われた両腕の尖端部から鏡を纏う氷の拳と歯車を回す鋼鉄の拳が迫り出した。手首ががっちりとホールドされ、両腕の呪力が十全に発揮される。

 構えをとると、鎧は滑らかに従った。むしろ鎧の方がアキラを導くかのように息を合わせてくれている。それは意思を持った生ける鎧リビングアーマーだった。アキラは言葉ではない、けれど確かな意思を感じていた。


 それは、いつかのように。

 言葉で通じ合えないがゆえに真の意味での理解には遠くても、あの短い共闘はきっと無意味ではなかった。そう思えて、アキラはフルフェイスのヘルメットの中で小さく呟いた。頭蓋の中で響いた言葉に、狼からの返事はない。屍だからだ。それでも、無言の中に意思は響き続けている。

 

(――見えたよ、五番義肢の性能と、その強化外骨格の名前が!)


 ちびシューラが高らかに叫ぶ。それは封印が解かれたことで天啓の如く上位のトリシューラからもたらされた知識だった。

 それは運命のように。


 新たなるカインの名前は、あつらえたような響きを持っていた。

 シナモリアキラは、獣が吠えるように宣名を行う。

 第五義肢が形成した新型強化外骨格、その名は。


「吠えろ、【錬鉄者トバルカイン】!」

 

 其れこそは全ての黒金を鍛える者。

 あらゆる武装を作り出す、刃の鍛え手。


 死者を踏み越えた果てに叡智を築き上げる原初の鍛冶師。

 罪と死を踏破して、アキラは鋼鉄を纏い戦場を駆け抜けていく。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る