4-75 死人の森の断章∞ 必ず貴方を迎えにいくから





強化外骨格パワードエクゾスケルトン――モデル【群狼アーロウン】起動。全門斉射。どっかーん」


 轟音と衝撃が、少女の肉体をずたずたに引き裂いていった。

 刹那の間に夢見た光景が霧散して、【世界劇場】が爆発で再び崩壊していく。今度の破壊は決定的だ。亀裂が空間そのものを軋ませていく。


 そして、俺が宿るチリアット――再生者と化した女王の従僕は、腹部から下を完全に吹き飛ばされていた。他の種族だったら死んでいたところだ。もう死んでいるけれど。


 無造作な破壊をもたらしたのは、巨大な砲を腰だめに構える大型のシルエット。人間を外側から覆って、動きをアシストする鎧のような『衣服』だ。

 顔は露出しており、特徴的な狼型頭部が装着者の頭に帽子のようにちょこんと載せられているのが独特のユーモラスさを醸し出していた。

 見覚えがある。

 いつか、トリシューラが量産機として見せてくれた強化外骨格。

 それが何故、こんな所に?


「そんな、この呪力は――ノエル?! どうしてっ」

 

 ずたずたにされた肉体を再生させながら、血まみれの少女が叫ぶ。

 空洞の眼窩は不意の闖入者を凝視している。

 俺と女王の結末に亀裂を入れた人物は、冷ややかな声と視線で意思を表明した。違和感と既視感が同時に襲いかかってきて、眩暈がした。


「やれやれ、呆れ果てました。妹として恥ずかしい限りです――と、こういう時にはこういう言い回しをするのが人間らしい振る舞いでしょうか」


 強化外骨格の内側にいたのは、まだ若い十代半ばくらいの少女だった。

 赤い髪を左右で浅めに括って、肩の前に垂らしている。毛先が少しだけ巻かれており、動く度に肩から跳ねた。緑色の瞳には、何の感情も映し出されていない。同様に表情もまた完全に色のない透明さで、俺は見慣れているはずの顔が一体誰のものなのか、即座に理解できなかった。


「トリシューラ、なのか?」


「その質問は、私の完成に必要なことですか」


 よくわからない返し方をされて困惑する。

 見た目は明らかにトリシューラなのだが、口調といい雰囲気といい、まるで別人のようだ。コルセスカの物真似でもしているのだろうか。それにしたって、コルセスカはもっと感情豊かだが。


「朝に弱い姉を起こすのはいつものことでしたが――まさか時空を超えて目覚めさせなくてはならないとは、流石の私も予測不能でした。長期的な未来予測機能の精度を改良しておくべきでしょうか。とりあえず、現代の私が復帰した時のために優先タスクとしてスタックしておきますね」


 本当に、何を言っているのか全く分からない。

 トリシューラらしき人物は、こちらに視線を向けると事務的に言葉を並べていく。その内容に、俺は目を見開いた。


「貴方に伝言です」


 録音された呪文が再生される。

 気付かないうちに、俺は肉体を再生させて立ち上がっていた。

 微睡みに溶けていこうとしていた意思もまた蘇り、ちびシューラの存在も思い出す。クレイに抑え付けられていた小さな妖精を助け出して、邪魔な手刀使いを視界から放り出す。俺の目の前に右腕が現れて、少女の傍に転がっていった。

 透き通った声が、世界に響く。


 ――言理の妖精語りて曰く。


『聞こえてますか? リーナ・ゾラ・クロウサーです。今回は代理で伝えたいことがあってこの呪文をトリシューラに託しました。内容はこうです。アズーリア・ヘレゼクシュが、ライブの時に貴方に会いたがっています。ずっと果たせなかったけれど、迎えに行くという約束を、今度こそ果たしてみせます。そうしたら、きちんと話をしましょう。言葉にしたいことが沢山あります。まずは、キール隊のみんなの思い出話なんてどうでしょう。きっと貴方も聞きたいんじゃないかと思います。違ったらごめんなさい。でも、私は貴方に、みんなのことを記憶しておいて欲しい。私たちの中に、みんなはまだちゃんと生きているということを、思い出し続けていたいから――とのことです。取り急ぎ、要件だけ――ええっと、タマちゃん先生、これでいいの?』


 声が聞こえる方に、一歩、二歩と歩き出す。

 背後から、引き留める声が聞こえた。


「待って、駄目、行かないで! 私を、こっちを見て!」


 少しだけ、足を止めそうになったが、振り向かずに前に進む。 

 ずっと待っていた。

 だから、気持ちはわかるなんて、烏滸がましいとわかっているけれど、共感はできるのだ。

 それでも、俺は振り向かなかった。

 あらゆる感情よりも、その衝動が勝ったからだ。

 

「予定調和と言った所ですか」


 醒めた目でトリシューラが言った。

 コルセスカもかくやという極寒の視線。邪視が発動して世界が凍り付かないのが不思議なほどの温度の無さだった。


「そもそも、調査資料によれば彼が自然分娩で出産された事実はありません。人工子宮の中でナノマシンによる調整を受けてごく普通に生まれたはずです。人類を妊娠させるという、母体と胎児双方にとって極めて危険で人権を無視した行為を回避して生まれてきた貴方にとって、母と子という呪力は本来は無意味なものです。論理的帰結として、貴方が母親の中に『帰る』ことは不可能。それにその少女は母親ですら無い赤の他人でしょう」


 淡々と、頭の悪いものを見るような目つきでトリシューラが言う。

 ちびシューラの方もうんうんと頷いている。というか、ほぼ同じ内容をずっと叫んでいたのだが、俺が聞かなかったことにしていたのだ。楽な方に流された結果が先程の女王に全てを委ねただらしのない姿である。まあ依存対象が変わっただけとも言うが。

 

「それと罰についてですが、普通にガロアンディアンの法廷で裁けばいいでしょう。非常事態であること、この世界の法に照らし合わせて問題が無いことからあえてコストをかけてそんなことをするのもどうかと思いますが。うやむやにしたくないというのなら仕方ありません」


 トリシューラの言葉は常にシンプルでわかりやすい。

 混沌とした精神が整理されていく。


「まず嘱託殺人についてですが、先に定義を確認します。被害者の承諾を得てこれを殺すこと、という定義でよろしいですね? ここで問題となるのは、被殺者が自由に意思決定できる状態で嘱託を行ったかどうかという点です」


 それに対して、少女が反論する。


「カインの同意はありました。それは認めましょう。けれどその意思表示のみを評価するのが生者の理なら、内心の感情も含めて判断するのが再生者の理です」


「なるほど。つまりこの場所は死人の森であるため、そちらの法律が優先される、と主張するわけですね?」


 肯定する死人の森の女王。

 トリシューラはしかし、それを認めない。


「ですが、ここ第五階層でもあり、それはつまりガロアンディアン領内でもあるということです。そして、ガロアンディアンはドラトリアを始めとする幾つかの国家から正式に承認された国ですが、そちらは自称王国でしかありません」


「私たちの王国は、古くから続く正統な――!」


「ガロアンディアンの前身である竜王国の起源はヒュールサスや死人の森よりも古い。そのことは、貴方が一番理解しているはずです」


「それこそ自称でしょう! 私の配下である六王の中には正統な王である――」


「それはアンドロイド差別ですね」


「は?」


 聞き慣れない言葉に、女王が呆然とする。

 トリシューラは生真面目に解説する。


「竜王国及びガロアンディアンの理念は多種多様な種族を許容すること。そして、時代が下ってからは王は血統によってではなく選挙によって選出されるようになりました。当然ですね、あらゆる種族に平等な機会が与えられる必要がありますから――つまり、アンドロイドが正統な王になってはいけないというのはガロアンディアンの理念に反しています。差別です。訴えます」


 絶句する女王。

 トリシューラは真剣だ。

 何しろこの理屈を押し通すために、わざわざガロアンディアンなどという黴の生えた名前を持ちだしてきたのだから。

 この論理を押し通す為には絶対に必要な条件がある。


 すなわち、アンドロイドは種族にんげんである、という。

 そしてそれは、彼女が末妹になるための条件なのだった。


「死者には死者の法がある。しかしそれによって生者を裁くことは道理に反します。いいですか、貴方は生と死の非対称性を語りますが、それは逆の視点からも同じ事が言えるわけです。生者は死者のことを知ることができない。そのハンディを前提とせず、一方的な恨みをぶつけるものは怨霊であり、社会秩序を著しく乱していると判断できます」


 この世界には、悪霊や怨霊を裁く法があると聞いた事がある。

 しかしだからといって、トリシューラの発言はいささか強引に過ぎやしないだろうか?


「生者は生者の法で裁くのが適切でしょう。恐らく、通常の嘱託殺人罪か承諾殺人罪が該当し、懲役三年前後といった感じではないでしょうか? 判例などを鑑みましても、情状酌量の余地ありとして執行猶予をつけても構わないですし、ガロアンディアンの法ですと脳髄洗いで強制改心させて社会奉仕活動などに従事させることで刑期は短くできます」


 てきぱきと提示されていく情報に、俺は戸惑い、選択できずにいた。

 トリシューラに、縋るように声をかける。


「俺は、どうすればいいんだ」


「知りません。私は貴方の母親ではないのですから、自分で考えるか、正式なパートナーである現代の私と話し合って下さい」


 突き放された。

 その事が、想定を遙かに上回るショックを俺にもたらしていた。

 トリシューラはいつだって俺の代わりに決断をしてくれると思っていた。

 けれど、こうも言っていたのだ。


 ――私は、あなたのママじゃないんだよ?


 心を震えさせる呪文に、思いがけない拒絶。

 それに加えて、背後から強烈な冷気が吹き付けてくる。

 予感があった。

 今度こそ俺は振り向いて、彼女を直視した。


「全く、油断も隙も無い。共闘できると思った途端にこれですからね。どれだけ独占欲が強いのでしょう。我が前世ながら引きます」


 蜂蜜色の髪をした少女は、既にどこにもいなかった。

 その存在は取り込まれて――いや、上書きされて飲み込まれたのだ。

 目の前にいる、氷の義眼と白銀の髪を持つ冬の魔女に。

 幾度となく繰り返された存在を賭けた戦い。

 勝利と敗北を繰り返しても、最後には必ず勝つ。

 それが、四英雄の一人にして末妹候補の邪視の座、コルセスカだ。


「ごめんなさい。ですが、もう彼女の意思は抑え付けました。六王も半分程度は掌握できていますから、いつでもグレンデルヒと戦えます」


「結構です。それとコルセスカ、その口調は何ですか? 私の真似などしても別に頭の悪さが直ったりはしないと思いますが」


 トリシューラがまたしてもよく分からないことを言う。

 コルセスカは珍しくかなり驚いた様子で、半身同然の姉妹を凝視した。


「え、ええ? あの、トリシューラ?」


「その呼びかけは現代の私にしてください。同一の存在だと呪術的に確定させてしまうと時系列に矛盾が発生してしまいます」


 俺とコルセスカは、崩壊していく劇場の壁の奥からやってくる彼女たちを見た。機械が駆動する音と共に、複数の強化外骨格を纏った人物が現れる。

 それはいい。量産機なのだから複数あるのは当然だ。

 だが、その使い手までもが全員トリシューラというのは、一体どういう事だ?

 疑問に答えて、トリシューラたちが名乗っていく。


「私は十四才シューラ。端的に申し上げれば、援軍です」


「私は十二才シューラ。もう会う事も無いでしょうが、よろしくお願いします」


「十才シューラ、通信のみにて失礼します――敵性体反応あり。グレンデルヒ四体、イアテム六体が接近。迎撃します」


「七才シューラ中破! 八才シューラがサポートに回ります」


「九才シューラより全年代のシューラへ。世界槍外周部に巨大な呪力反応有り。外世界技術による大規模な時空間跳躍の予兆と推測できます。可及的速やかに対処の必要あり。増援を要請します」


「三才から六才シューラがドローン十機及び強化外骨格四機と共に既に向かっています。二十秒持ち堪えて下さい」


「というわけで、私たちが来たからにはもう安心だよっ! アキラくんとお姉ちゃん! ――と、現代のトリシューラはこのような口調で良いでしょうか」


「問題無いと判断できます。コルセスカのものをベースに微調整して個性付けをすると共に、幼少期からの変化というストーリー性を持たせることで人間性の獲得の一助となるはずです」


「了解――だよねっ、活発で明るい方が人間味あるよねきっと! よーし、そういうわけでばんばん敵をやっつけるぞー! おー!」


 呆然。

 よく観察すれば、トリシューラたちはよく似ているが、その容姿や体格が少しずつ異なっている。まるで成長段階に会わせて別々の身体があるかのような――と、そこまで考えて気付いた。

 そもそも、アンドロイドが成長するはずもない。


「そうか、今まで私の成長と共に乗り換えてきた身体を、予備戦力として待機させていたのですね?」


 コルセスカの推測が答えだった。

 トリシューラは常に自らの予備身体を用意して破壊された時に備えているが、彼女をして同時に複数の自己を動かすことはできない。機能を制限した下位の『ちびシューラ』たちを自律的に行動させる程度だ。彼女には自らの固有性を保持したいという呪術的な拘りがあるための制限である。


 だが、その制限を回避する裏技がある。

 それが、過去の自分を起動することによる『疑似的時間移動』である。


 この過去のトリシューラたちは、記憶を操作することで『過去の時点から現在に時間移動して未来の自分に協力している』という暗示を自らに施している。

 そして最終的に『過去シューラ』たちの記憶を『現在シューラ』と同期させて共有すれば、トリシューラには『昔時間を移動して未来の自分を助けに行ったという記憶』が残り、自己の固有性には矛盾が生じなくなるのだ。


 ふと、すぐ傍で白骨狼が所在なさげにしているのに気付く。

 すると、過去シューラたちがどこからか運んで来てくれたリーナのメッセージが呪文となってその形を変化させた。

 光り輝く文字の群が、翼を持つ鹿のような形をとると、白骨狼のすぐそばをくるくると回っていく。戯れるように、楽しげに並んで走り出す命無き獣たち。

 辺りを走り回ったあと、呪文が白骨狼と重なり合う。

 狼は一声、カタカタと頭蓋骨を鳴らすと、俺のすぐ傍にやってくる。


「どうやら、貴方についていきたいみたいですね。悪い気配は感じませんよ」


 コルセスカの云う通り、白骨狼は人懐っこく俺の足に頭を擦りつけてくる。思えば、彼はずっとこんな風だった気がする。

 何かが解決したわけでは無いし、俺の醜悪さが改善された訳でもない。

 それでも、一つだけ希望が生まれてしまった。

 現金なことに、俺にはそれだけで良かったのだ。


 一番始めに俺の心を救い出してくれた呪文は砕けて消えた。

 けれど、新しい呪文がまたしても俺を救い出して、新たな拠り所になってくれている。実は俺は決められた数値を入力すると規定の行動を取るように設定されたひどく簡素な装置なのではないだろうか。そう思ってしまうくらい、俺は単純にできていた。


 アズーリアと会おう。

 そして、話をするんだ。色々なことを。今までにあったことを、これまで考えてきたことを。そして、アズーリアの話を聞かせて貰おう。

 俺はずっと、それを望んでいたのだとようやく気付いた。


「悪い二人とも。不甲斐ない所を見せた」


「お互い様です。もう不覚は取りませんよ。次に意識を乗っ取られ掛けたら、私を思いきり殴ってくれて構いませんから」


「準備が出来次第、壁を砲撃して浄界を破壊します。外に出たらすぐに戦闘が始まると思って下さい」


 それぞれに言葉を交わしながら、俺たちはようやく旅の終着点に辿り着く。

 長かった過去への旅もこれで終わりだ。

 最も厄介な相手を乗り越えた今、俺たちに怖いものなど何も無い。

 相変わらず俺自身はどうしようもないが、それでも俺の外側に価値あるものは確かに存在している。ならば、俺はそれを肯定して守るだけだ。

 それを否定するような在り方を、俺は許容できない。

 自分自身の存在が、拡散していく。

 チリアットが拳を固め、その背後からグラッフィアカーネが現れ、どこからともなくレオが、カーインが集う。


「今度こそ最後の戦いだ。英雄と力士を殴り飛ばして、盛大に凱旋するぞ!」


 力強く応じる声が響くのと同時、過去シューラたちの一斉射撃が浄界を完全に崩壊させた。轟音と共に、舞台が、壁が、大道具や舞台装置などがまとめて消滅していく。そうして破壊された世界の外で、最終決戦の幕が上がった。

 


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