4-73 死人の森の断章9 神話の痕跡
そうして、最後の王さまが仲間になったことで、女の子のまわりはたくさんの人々でいっぱいになったのです。
もうさみしいことなんてありません。
ひとりぼっちでいることも無いのです。
――そのはずでした。
どうしてでしょう。
それでもさみしさは消えません。
もう一人ではないのに、どうしてだろうと女の子は悩みました。
すると、同じようにさみしがりな、一番最後にやってきたねずみとこうもりたちの王さまが言います。
それは、ひとりじゃなくなったからなのだと。
たくさんの人に囲まれている時の方が、ひとりきりの時よりさみしく感じられるものだというのです。女の子はふしぎなことだと思いましたが、なるほどと納得もしました。
するとどうしてか、女の子の右目から涙がこぼれ落ちました。
王さまたちは大慌てで理由を尋ねました。女の子はぽつりぽつりと話し始めます。自分はずっと思い出が無くて、どこから自分が来たのかがわからなかったのだと。けれど、今ようやく全てを思い出したのだと。
それは、こんな話でした。
ひとりぼっちになるより前、今と同じようにたくさんの仲間たちに囲まれていたこと。その人たちは、みんないなくなってしまったこと。それは彼女が生まれる前のこと。女の子が今のような女の子になるよりも昔のこと。女の子にとっては昔だけれど、今よりも未来の話という、とても不思議な物語です。
ずっと、ずうっと前、もう思い出せないほど昔。
女の子は、冒険をする人でした。
今よりもずっと大人びた、けれどもどこか子供っぽいところのあるその女の人は、頼りになる仲間たちと一緒に地の底を目指して旅をします。
世界を火の海に変えてしまうという、恐ろしい竜を退治するためでした。
たくさんの大変な冒険があって、たくさんのつらい戦いがあって、それでも女の人は前に進み続けます。彼女にとって、仲間たちとの冒険は楽しいものでした。竜を退治して、世界をもっと面白おかしく生きてやろう、そんな夢見がちなことを思いながら、長い槍のような塔を下へと進んでいきます。
戦いのたびに仲間たちは増えていって、最後には女の人も含めて九人が恐ろしい竜の前に立つことになりました。
竜の吐き出す炎はあらゆるものを灰にしてしまうので、女の人は自分の力を全員に分け与えて仲間たちを守ります。その代わり、女の人が使う竜退治のための呪いを使うためには、仲間たちの命が必要なのでした。
九人はそれぞれが信じ合い、生きるときも死ぬときも一緒だと決めていましたから、命がけの戦いも平気です。
平気だと、思っていました。
信じ合う心は、恐ろしい竜の前では何の意味もありません。
一人として、生き残ったものはありませんでした。
ずっと一緒だったかわいい妹も、姉のような背の高い戦士も、草木や花々を愛する優しい老賢者も、父のようで弟のようでもある魔法使いの少年も、愛情深いぜんまいじかけのお人形さんも、我が子のような剣士も。
そして、弱くて傷つきやすい、守ってあげたくなるかわいいペットも。
みんなみんな、いなくなってしまいました。
竜に勝つことは誰にもできません。
なぜなら、竜とはこの世界そのものだったからです。
たったひとり残った仲間、一番最初に共に戦うと約束してくれた狩人が言います。あなただけでも、助けてみせると。
氷でできた弓矢と、時計を持ったハエと、大切な人の魂が砕け散ると、全ては無かったことになっていきます。
それはたった一人だけが最初から冒険をやり直しできるという奇跡でした。
そして気がついた時、女の子は森の中にいました。
生まれ変わった女の子は、いつか自分がもう一度竜退治の旅に出なければならないことを思い出します。自分がだれで、どこからきたのか。それが分かった今、女の子は迷いなく歩き出すことができるのです。
女の子は、本の中から呼び出した六人の王さまたちをお供にして旅立ちます。
恐ろしい竜がよみがえるまではまだ長い長い時間があります。
それまでに、たくさんの準備をしなければなりません。
まずは、六人の王さまに自分の力を分け与えることにしました。
女の子は自分で自分の右半身をパンのように千切って地面に埋めます。すると、そこから立派な柘榴の木が生えてきました。植物のお世話をする方法は、前の人生で仲間だった一人に教えてもらっていたのです。
柘榴の木は、月が一度満ち欠けするたびに一つの実をつけました。
季節が巡り、女の子は真っ赤な柘榴を一つずつもいで、順番に王さまたちに分け与え、食べるように言いました。
少女の血肉から生まれた柘榴。それを食べた六人は、とても強い力を手にします。この世界を視る力。言葉の力。女の子と繋がる力。そして命そのもの。
準備が整うと、女の子は六人のお供を連れて旅立ちます。
全ては、ぐるぐると回り続ける運命を断ち切るために。
『続く』をやめて、『お終い』にするために。
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