4-71 死人の森の断章6 コキュートス/ROUND6




 遙かな天に光が見える。あれこそが目指す舞台。

 背景が暗闇に包まれ、そこに淡い光を放つ大小の球体が浮かぶ。

 そして天上から伸びてくる青い糸と操り人形たち。

 ここはラフディ。六王国の中で、最もラクルラールと縁深い大地。


 第五ラウンドはこちらの勝利で終わった。これでどうにか押さえるべき王はこちら側に引き込むことができたわけだが、問題はこの後だ。

 恐らくこの領域では、グレンデルヒとゾーイたちはラクルラールに支配されてしまうだろう。グレンデルヒは利用されることを不快に思うかもしれないが、抗うことはできまい。なぜならば彼は本来利用されるべくして生み出された存在だからである。彼の在り方は、実のところ私に近い。


「イェツィラー」


 ラクルラールの融血呪、青い髪の毛という形をとった操り糸が垂らされ、そこに繋がる人体が形成されていく。再構成されていく力士が今回演じるのはフィフウィブレス=ハルハハール。美しき闇妖精にして死霊を統べる王。空を飛ぶ大烏賊クラーケンと同化した力士は「八十パーセント」の声と共に九つの触手をうねらせる巨大怪獣へと変身してみせた。


 第六ラウンドの開幕と同時にアキラの全身を覆い尽くす無数の鱗。その姿が隠れていく。一言で今のアキラを形容するなら、鱗に覆われたアリクイ。湾曲した爪は鋭く、長い尻尾を丸めるとまるで球体のようになってしまう。大きさもまた膨れあがり、大烏賊と対峙して何ら見劣りしない巨獣が土俵に立つ。いつの間にか、私たちの認識のスケールに合わせて土俵も広がっていた。


 穿山甲パンゴリンと呼ばれる動物そっくりになったアキラは、紛れもなくラフディの王を演じ切っている。かの国の王は、国宝である鱗鎧を身に纏って戦うのだ。建国神話に登場する偉大な亜竜から剥落した鱗がその由来であるとされ、それはあらゆる危険から持ち主の身を守り、また自在に形を変えて攻撃にも防御にも応用できる万能の装備だという。


 巨獣同士の対決が始まった。無数の触手による連続攻撃を、アキラは身を丸めて球となり、ごろごろと転がって回避していく。移動はそのまま攻撃に繋がる。勢いのままに突進した巨大球。大烏賊はそれを真っ向から受け止めて、触手で包み込むように捕縛しながら巨大な口で食らいつく。


 鋭利な歯は、しかし硬い鱗に阻まれて逆に砕けてしまう。あらゆる攻撃を受け付けない無敵の護り、そして球神ドルネスタンルフの加護を受けたラフディ王の呪力が大地を鳴動させ、岩石で出来た無数の槍を迫り出させていく。触手を貫かれた大烏賊は空高くに固定され、そこに穿山甲の長い尾が叩きつけられた。


 全ての触手が千切れていくと共に、地面に叩きつけられる大烏賊。しかし、溢れ出した青い血が大地に染み込んでいくと、その下から実体を持たない亡霊たちが這い出してくる。青い糸が地縛霊たちを操っているのだ。


(切り裂けっ)

 

 叫んだのはクレイだ。鱗を刃のようにして射出すると、次々に糸を切断していく。女王第一の配下である彼の『剣』は融血呪に対して極めて有効な切り札となり得る。ラクルラールの気配が遠ざかり、状況がこちらに有利な状況に戻る。私はアキラ演じる巨獣を操作してきぐるみの中に入り込む。


 力強く踏み込むと、片足を前に出して、四足歩行の獣特有の前傾姿勢から足を前方へと引き付けていき、至近距離から突き上げるようにして背中からタックルした。硬い鱗が柔らかい大烏賊の全身へとエネルギーを伝える。足裏から直に響く、大地のエネルギーだ。


 穿山甲せんざんこうによる鉄山靠てつざんこう。全体重を乗せた渾身の一撃が巨大な海獣を吹き飛ばしていく。

 空を舞う大烏賊は全身を四散させて土俵の外で消滅した。

 勝利を確信したその時、悪寒を感じて振り向こうとする。

 

 しかし時は既に遅く、穿山甲はその尻尾をがっしりと掴まれてしまう。

 視点を浮上させると、案の定そこには巨獣と比して遙かに小さな力士が。

 ここにきて私は理解する。ラクルラールが操る大烏賊ははじめから囮の人形だったのだ。グレンデルヒとゾーイはもう一つの肉体を地中に構築して、機会を窺っていた。ラクルラールに利用されるのではなく、その人形を囮にして利用してみせたあちらの勝利だった。


 力士の怪力が巨獣の尾を掴んで、豪快に振り回していく。

 ジャイアントスイング。回転させて目を回させるだけではなく、そのまま場外まで吹き飛ばすという荒技だ。精妙なバランス感覚と回転軸を保つ技量が要求される、テクニカルなタイプの力士が得意とする技。穿山甲は土俵の外に飛んでいき、闇の中で星となって消えた。


 寸前で脱出したアキラは辛うじて土俵に帰還する。これで三勝三敗。

 五分の状況で、私たちは遂に舞台の上に辿り着く。

 昇降機が停止して、土俵は舞台の床と一つになる。

 ここは【世界劇場】の中心。演劇空間の基点となるヒュールサスだ。



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