第44話 正直
「一つ訊ねても? 何故、嘘を?」
石畳の上で跪くティカに、セレーナは訊ねた。
ティカは俺の名前を知っていた。それはここに俺がいると聞かされてきたからだろう。
だが先ほどティカは、ここにはほぼ悪魔化した紋章の持ち主しかいないと聞かされてきた、と口にした。セレーナは言っていることが矛盾していると言いたいのだろう。
そんなセレーナに俺が答える。
「正直に言うなんて前置きする者が、真実を話すと思うか? ティカは俺を試したんだよ」
「試した?」
首を傾げるセレーナに俺は頷くと、ティカとネイトに顔を向ける。
「正直に言おう……」
言ったそこから俺も前置きしてしまった……恥ずかしい。
「俺は、お前たちの境遇に感じることがあったから命を救った。俺を殺そうとし、最後まで嘘を吐いた相手を」
「そこまでのことをしてお許しくださるのです……寛大なお方だと思いました。だからこそ命を捧げるに値する方だと。ですが、境遇というのは?」
ティカの問いに、エリシアが俺の代わりに答える。
「アレク様はこのティアルスに、あなたたちのような闇の紋章を持つ者や、魔族が住める場所を作りたいのです。あなたたちの苦しみを知っているから」
少し驚いた。
エリシアは俺の思いを、完全に代弁してくれた。
以前帝都の修道院に買い物に行った際、俺はエリシアにリーセたち闇の紋章を持つ者をアルスに呼び寄せたいと話した。
……エリシアには俺の意思がしっかり伝わっていたようだ。
しかし、エリシアは二人を冷たい目で睨む。
「正直言って、私はあなたたちを絶対に許せません。ですが……あなたたちは、アレク様に生かされたのです。今後は、アレク様のためだけにその命を費やしなさい」
正直に言ってか……
本音のところは、エリシアも二人の境遇に思うところがあったはずだ。
ティカは真面目な顔で俺を見上げる。
「そのつもりです……今後は私たち二人、アレク様のためだけに生きます!」
「生きます」
ネイトも深く頭を下げた。
そんな二人を見て、俺は頷く。
「ありがとう。後悔はさせない。だが、まずは……黒幕について話してくれるな?」
「はい。アレク様を殺害するよう命じたのは……帝都神官長ビュリオスです。もちろん直接言われたわけではなく、密書を通じてですが」
帝都神官長は、帝都にある神殿を統括する重要な役職だ。
この役職を務めた者は、ルクス教の最高権力者である教皇に就くことも多い。
実際に俺のやり直し前、帝都神官長であるビュリオスは教皇になっていた。今から五、六年後には教皇位に就くはずだ。
教皇となったビュリオスは次第に皇帝にも堂々と異を唱えるようになり、紋章による階級制度を導入するよう強く求め始める。
俺のやり直し前の最期の日に起こった帝都大反乱は、弟のルイベルを新たな皇帝に据えようとした教皇も一枚噛んでいる……と、俺は見ている。
そしてこのビュリオスは言うまでもなく、至聖教団の一員である。自ら至聖教団の一員と公言していたし、間違いなく上位の幹部だろう。
ティカは俺を見て、少し不思議そうな顔をする。
「あまり……驚かれないのですね?」
「え? ああ、そうだな」
ビュリオスは帝国政府内に大きな影響力を持っている。そんな人物に狙われるのだから、もっと焦るのが普通だ。
「いや、まあ恐らくビュリオスは至聖教団の一員だと思っていたから。闇の紋章の持ち主を殺そうとするのは自然なことだと思って」
「そうですよね……私たちも闇の紋章の持ち主ですから、結局は消し去られていたでしょう。いくら、命令通り悪魔を祓い、神殿の敵を消しても、結局は……」
ティカは自分の手の甲を胸の前に持ってきて見つめる。
「密書には、失敗して帰れば私たちの育った修道院の仲間がどうなるか分からないとありました。皆、アレク様や私と同じように闇の紋の持ち主ですから……」
闇の紋章……か。
俺もティカの紋章に目を凝らす。
「【無月】……」
ティカが首を傾げる。
「え?」
「いや、君のその紋章は【無月】と呼ぶらしい。闇魔法は置いとくとして、気配を消すことができる……魔法の《隠形》みたいなものか。特に暗い場所で効果を発揮するようだが」
「……無月? 隠形? なんです、それ?」
「ああ、いや……ともかく、ティカの紋章は隠密行動に恩恵があるようだ」
俺の言葉にポカンとするティカに、エリシアが言う。
「アレク様は、闇の紋章を解読することができるのです」
「そ、そんなことが……まあ、ずっとそんな感じの仕事やってきてましたし」
そう答えるティカにネイトが呟く。
「納得。たしかにティカはたまにどこに行くか分からない時がある」
「ネイトだって似たようなもんでしょ!」
「そうかもな……ネイトのほうは【影鷲】。こちらも【無月】ほどではないが、気配を消すのに長ける。あと、狩りや戦闘にも恩恵があるみたいだな。やっぱり暗い場所だと更に効果を発揮するらしい」
そう言うと、ネイトはふふんと自慢げな顔をティカに見せる。
「……なに、勝ち誇ってるのよ?」
「ティカより存在感があるってことだし、戦いに強い紋章だから」
「いつも訓練じゃ私の勝ちだったじゃない!」
言い争う二人を尻目にエリシアが言う。
「二人とも暗殺者向きの紋章を持っていたのですね。たしかにティカの動きはまるで消えているようでしたし、ネイトの狙撃術もたいしたものでした」
「まあ、戦いの腕はよくても、暗殺者としてはこのままでは……」
セレーナも呆れたように呟いた。
そんな中、エリシアは俺に強い口調で言う。
「このポンコツ二人の教育は私たちにお任せください! しっかりとアレク様のお役に立つように、びしばし鍛えます!」
「ほ、ほどほどにお願いね……ティカ、ネイト」
俺の言葉に、ティカとネイトは言い争いを止めて跪く。
「表向きには、お前たちは魔境で死んだことにする。そうすれば、少なくともすぐにはお前たちの育った修道院には手が及ばないはずだ」
「そうしていただけると私たちも助かります……私たちは一度死んだ身。これからは、ただアレク様のためだけに生きてまいります」
そんなことは望んではいない……いないが、ティカとネイトの能力は、俺とティアルスにとっても魅力的だ。
二人には力を貸してもらおう。
「ああ……その言葉を信じている。それと、さっきエリシアが正直に言うと言ったが……あれは本当だ。お前たちの育った修道院にいる者たちも、いずれはこの島に呼び寄せたい」
「ほ、本当ですか……?」
ティカは声を震わせる。
ネイトもえっと口を開けている。
「……もちろん、俺に仕えてもらうかたちになると思うが」
俺の言葉に、二人は目に涙を浮かべる。
「……ぜ、絶対に説得いたします!」
「……アレク様万歳。アレク様超かわいい」
ティカとネイトは俺に低く頭を下げるのだった。
その後、俺はさらにティカとネイトから至聖教団についての情報をまとめた。
帝国における至聖教団の団員は、すでに万を超すらしい。帝国内外の支持者なども含めれば、数十万の戦力を持つと見ていい……
彼らは俺だけでなく、闇の紋章を持つ者や魔族を今後も迫害していくだろう。
このティアルスを、そんな者たちにとっての防波堤にしたい……
そしてゆくゆくは、俺自身もこの島で悠々自適に暮らしたいところだ。
そのためにはこの島をもっと住み良くしたり、お金を稼ぐ必要がある。
俺はしばらく、このアルス島に滞在し魔導具の制作などに取り組むのだった。
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