第43話 同情

 天使が消滅した後、すぐにセレーナの声が響いた。


「動くな!!」


 セレーナはすぐに剣をティカとネイトに向けた。鎧族たちも武器を向けて、二人を囲む。


 ティカとネイトは武器を下ろし、諸手を上げる。


「アレク様、まだ何かを手札を残しているかもしれません……ここは」


 エリシアは真剣な眼差しを俺に向けてきた。


 俺をどこかに行かせ、自分があの二人を斬るということか。

 まだ俺が子供だから、人の死を見せないようにと気を遣っているのだろう。


「いや、エリシア……その必要はない。もう、ずっと一緒に魔物を倒してきただろ?」

「失礼しました……では」

「いいや、まだ手を下すんじゃない。二人には聞かなければいけないことがある」


 俺の声に、ティカとネイトはぎゅっと口を噤む。


「拷問はしない。だけど……回答によってはエリシアとセレーナに斬ってもらう」


 そう言うと、ティカは警戒するような目で俺を睨む。


「その前に聞かせて……あなたは、悪魔なの?」

「……」


 そんなこと俺にだって分からない。


 でも天使は俺を攻撃した。それはつまり、俺を悪魔と認識したからだろう。


 セレーナが言う。


「……闇の紋章を見て、悪魔と勘違いしたんじゃないのか?」

「そんなことは聞いたことないわ……私も何度か天使と一緒に戦ったことがあるけど」


 ティカは嵌めていた白い手袋を外した。


 黒く蠢く文字と紋様が、ティカの手の甲にはあった。


 ネイトも空気を読んでか手の甲を見せるが、そこにはティカと同じく闇の紋章が。


 俺も天使が闇の紋章を持つ者を襲うなんて話は聞いたことがない。


 もし天使がそんなことするなら、至聖教団は闇の紋章を持つ者を殺すのに天使を利用するだろう。


 ともかく、俺は天使から敵視されていた。

 あの天使が特殊という可能性もあるが……これからも天使が襲ってくる可能性は高い。


 そんな中、ティカが言う。


「もし、あなたがまだ正気を保っているなら、大事な人を殺す前に……」


 エリシアがそれに口を開こうとする。


 だが俺がすかさず言う。


「俺は悪魔じゃない。誰かを襲うこともない」

「でも、天使はあなたを攻撃した! それにあなたの使った魔法は、闇の魔法でしょ? ……あなたが悪魔でないなら何なの?」

「それは分からない……でも、俺はこうして自分の意思で動いている。それが全てだ」


 その言葉に、ティカは口を噤む。

 代わりに、ネイトがこんなことを呟いた。


「……悪魔になっても自分の意思で動ける」


 ティカはえっとネイトを見て言った。


 俺もそんな話は聞いたことない。


 ネイトに訊ねる。


「どういう意味だ?」

「悪魔も涙を流す。私の友達もそうだった。友達を殺して泣いていた」

「ネイト……」


 ティカも何かを思い出したのか、暗い顔をする。


「ティカも覚えている? ミアリの最期の言葉」

「私がナイフで胸を突き刺したとき……ありがとうって言っていた」


 修道院出身で闇の紋章を持っている……

 過去に同じ境遇の友人がいたのだろう。


 そしてその友人は、悪魔となってしまった。


 動ける、というのとは少し違う。だが悪魔になっても感情が残っていることは考えられる。


 そんな中、エリシアはちっとも表情を緩めず首を横に振った。


「そもそも、アレク様が何者であろうと関係ありません。アレク様は私やセレーナにとっての大事なお方。その方を害そうとしたのです。命まで救ってもらっておきながら……」


 セレーナも頷く。


「アレク様。アレク様はまだ幼い……そしてとてもお優しい。だが、彼らを生かして帰すことは」


 俺は首を縦に振った。


「ああ、それはできない」


 俺の声に、ティカとネイトは観念するように両膝を突く。


「覚悟はできてるわ。まだ幼いあなたを殺そうとした……」

「悪魔は私たちだったのかもしれない」


 懺悔するような二人に、エリシアは剣の柄をぎゅっと握る。


 エリシアも同じ修道院出身。

 二人に思うところがあるのだろう。


 神殿と修道院で育ったなら、神官の言葉は絶対だ。悪魔は絶対悪なのだ。


 天使は人間を襲わない。天使は悪魔だけを襲う。それが、彼女たちの世界であり常識。


 俺も二人の境遇に、やり直し前の自分のことが頭によぎる。

 自分も最期の最期まで、常識を疑うことはなかった。この二人も、自分の世界のルールを疑えずにいる。


 甘いかもしれない……だが、俺の力は二人にやり直す機会を与えることができる。眷属にすればいいのだ。


 冷静に考えるなら、俺を暗殺しようとしている黒幕を探ることもできるだろう。俺は先も言ったが、拷問はしない。


 俺は二人に言う。


「お前たちのこれからは二つに一つだ……俺に文字通り命を預けるか、それともここで死ぬか」

「私たちを、使うって言うの?」


 俺は首を横に振る。


「使うって言葉は優しすぎるな。命を捧げてもらうことになる……俺が念じれば、すぐに命を獲られる。眷属……いや、従魔は分かるな?」

「主人に逆らった従属の魔物は、魔法の効果で即座に殺される……」

「そうだ。そうまでして、生き永らえたいかは人にもよるだろう。だから、選んでもらう」

「私たちは……」


 ティカが言うと、ネイトがこう呟く。


「もともと、トカゲのしっぽだった。帰っても口封じに消されていたかもしれない」

「それは分かってる……でも、やるしかなかったでしょ?」

「うん。だから、もう死んでもいい」


 ネイトは思い残すことがないような顔で言った。


「だけど……約束を守ってくれるかなんて分からないじゃない! 誰が保証してくれるの!?」


 ティカの声に、ネイトは黙り込んでしまう。


 俺は二人に言う。


「お前たちの懸念は、悪いが俺には関係ない……だが確実に言えるのは、死ねば終わりだ」


 神妙な顔の二人に、俺はこう続ける。


「もし……俺に命を預けるなら、もちろん働きには応えるつもりでもいる。自由は与えられないが、望みにはできるかぎり応えよう。金で解決できることなら、だいたいはなんとかできるはずだ」


 ティカは分からないといった顔で俺に訊ねる。


「あなたに、何の利益が?」

「ある。お前たち裏にいる黒幕を知ることができる」

「残念だけど……いや、もう正直に言うけど、私たちもここにほぼ悪魔化している闇の紋章の持ち主がいるとしか、聞かされてない。思ったような情報は、得られないはずよ」

「それでも……何か役に立つはずだ」


 何か、役に立つか……

 自分でもおかしなことを言っていると思う。


 同じ闇の紋章を持つ者だからだろうか。

 俺は二人に同情してしまっているのだろう。

 殺したくないのだ。


 ティカとネイトは、しばらく顔を見合わせる。


 するとやがて、二人は深く頷き合った。


 ティカが俺に真剣な眼差しを向けてくる。


「アレク様……あなたのお気持ちは伝わりました」

「私たちでよければ、どうかお使いください」


 ネイトがそう言って頭を下げると、ティカも深く頭を下げた。


 どうやら、俺の気持ちが伝わったようだ。


 俺ならば命を預けてもいいと思ってくれたのだろう。


 思わず、ほっと息が出てしまう。


「……分かった。なら、お前たち二人は、俺の眷属だ」


 そう言うと、二人の体が光る。


 特に見た目に変化はないが、二人は何かを感じたようだ。


 再び、俺に頭を下げる。


「アレク様……誠心誠意、お仕えいたします」


 こうして俺は、人間の眷属を得るのだった。

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