第42話 天使

 《転移》──いや、《闇壁》!


 天使の剣先から光線が放たれるのを見て、俺はとっさに前方へ《闇壁》を展開した。


 後方に誰がいるわけでもない。《転移》して避ければよかっただろう。

 しかし、したくでもできないのだ。


 俺の《闇壁》も、どことなく薄い。


「《炎壁》!!」


 異常を察知してか、セレーナは声を響かせた。


 俺の《闇壁》に被せるように、炎の壁を展開してくれたのだ。


 すぐに《闇壁》の向こうから、眩い光が広がる。


 魔力が霧散するのを見るに、何とか天使の魔法を防げたようだ。


 ティカとネイトは、こちらを見て目を丸くしていた。


 二人にとっても意外だったのかもしれない。手筈通り天使を《召聖》したのはいいものも、まさか俺を攻撃するとはと焦っているのだ。


 俺自身も、内心では焦っている。


 何故……天使が俺を攻撃する? 


 悪魔しか攻撃しない天使が、人間の俺を。


 俺の中にいる悪魔の声が聞こえなくなったのと何か関係があるのだろうか……いや、それとも俺はもう。


「俺は……くっ!」


 再び天使が剣先に光を宿すのを見て、俺は再びすぐに《闇壁》を展開する。


 自分の体がどうなっているかなんてわからない。


 だが、俺の体は俺の意思で動いている。それが、全てだ。


 しかし、どうやって天使を倒すか。


 人間が天使を倒した記録なんて残っていない。天使を殺した悪魔なら少し記録に残っているが稀だ。


 神殿としては天使が負ける記録を残したくはなかっただろうが、そもそも天使は悪魔に圧倒的有利でまず負けることはないのだ。


 天使の前では、悪魔の得意とする闇魔法が大幅に弱体化する。

 天からの光によって、天使の周囲の魔力は聖属性に変えられているのだ。


 俺が闇魔法を上手く使えないのは、そのせいだ。


 近くで《闇壁》を展開するのはまだできる。

 しかし、離れた場所では上手く闇属性の魔力に変換できず《転移》を使うのは難しい。


 俺が闇魔法を放っても、正面からでは絶対に勝てない……だが、俺には仲間がいる。


「セレーナ! 炎魔法であいつを!」

「承知!! 全力でいかせて頂きます! お前たち、死にたくなくば伏せておけ!」


 セレーナが天使に手を向けると、ティカとネイトは道の脇に逃げる。


「炎よ! 万物を灰燼と化せ!! ──《炎龍》!!!!」


 威勢の叫びと共に、セレーナの手からはぶわっと極大の火炎が放たれる。


「──っ!?」


 当のセレーナも驚いているようだった。


 《炎龍》は最高位の炎魔法だ。今の帝国でも使える者はそうそういない。


 名前の由来は、拘束でうねる火炎が蛇のように長い東方の竜を思わせるから。その威力は、百人の兵をも焼き払うと言われていたが……


 俺の眷属になったことで魔力が増したからだろうか、セレーナ自身も驚くほどの炎が出てきたのだろう。百人どころか千人は焼き払えそうな大きさの火炎だった。


 《闇壁》の向こうでは、セレーナの火炎と天使の光線がぶつかるところは見えない。


 だが魔力の動きで分かる。《炎龍》は天使の聖魔法を飲み込み、瞬く間に天使に迫っていた。


 そのまま極大の炎は天使を包み、空へと押し上げていく。


 セレーナは言う。


「天使だかなんだか知らぬが、アレク様に弓を引くやつは私が許さん! お前たちも──なっ!?」


 空を見て、セレーナは口をポカンとさせる。


 天使は跡形もなくなって……はいなかった。


 人型ではなくなっているものも、煌々と丸い光を輝かせていた。


「魔核のようなものか?」


 セレーナがすかさず炎魔法を放つが、核は壊れなかった。ならばと水や風も試すが効果なしだ。


 天使を殺した悪魔がいるなら……それはやはり、あの核に闇魔法を当てたのだろう。


「《闇斬》! ──くっ」


 俺の放った闇魔法は、天使の核に届く前に消えてしまう。


 その間にも天使は再び、人の形を取り戻していく。


 セレーナは悔しそうに言う。


「これは……もっと近くで核を露出させなければいけないというわけですね! もはや《炎獄》を使うしか!」

「待て、そっちはアルス島ごと吹き飛ぶ! セレーナはもう一度、《炎龍》を頼む。それとエリシア」


 俺の声に、エリシアは察したのか、天使に手を向ける。


 聖属性の魔法で、闇の魔法を包む。

 あるいは、聖属性の魔力を操ってもらい、天使まで闇魔法が届くようにする。

 《聖騎士》の紋章を持つエリシアならば、それができるはずだ。


 早速、セレーナが再び叫ぶ。


「万物を灰燼と化せ!! 《炎龍》!!!! ──っ!?」


 セレーナは魔法の使用を中断し、突如身を躱した。


 突如、矢のような物が飛んできたからだ。


 セレーナはすぐに道の脇を睨む。


 そこには、長大なクロスボウを構えるネイトが。


「お前……!」

「……天使の邪魔はさせない」


 ネイトはそう言うと、クロスボウからボルトをこちらへ連射する。


 きっと魔導具を使ったクロスボウなのだろう。

 弾速が速く、セレーナも俺たちも回避と防御でいっぱいいっぱいになる。


「鎧族! そいつを取り押さえろ!」


 その声に、鎧族がネイトに走る。


 だが彼らの足元には何か球のようなものが投げられ、そこから撒き散った粘液によって動けなくなってしまう。


「ネイト、そのまま! ……あとは、私が!」


 そう言ったのは、いつの間にかナイフを持って間近に迫っていたティカだった。


「──覚悟!! っ!?」


 ティカが俺に投げたナイフは、かんと床に弾き落とされる。


 俺の前にはエリシアが剣を抜いて立っていた。


「アレク様に手を出したのです! 誰であろうと許しません!」


 エリシアは青筋を立ててティカに迫った。


「私たちにはこうするしかない!! あなたも修道院の出身なら分かるでしょ?」

「知ったことではありません。私にとっては、アレク様が全て!」


 ティカはナイフで、エリシアは細剣で剣戟を交える。


 セレーナはボルトを落としながら、なんとかネイトのもとへ向かおうとする。


 一方で、天使はもう少しで人型に完全に戻ろうとしていた。


 落ち着け……エリシアとセレーナが、二人を抑えてくれている。俺があの天使をなんとかするんだ。


 魔力量なら俺のほうが上だ。

 ただ、核に届かないだけ。


 なら、やることは至って単純だ。エリシアにやってもらおうとしたことを、一人でやればいい。


「──《聖灯》!」


 俺は自分の前に聖属性の光を膨らませた。中には空洞を作り、そして……


「アレク様? それではむしろ!」


 横目でこちらを見るセレーナはそう言うが、俺は構わず光球を天使へ放つ。


 天使は光を見て、何もしてこない。それはそうだろう。むしろ、聖属性の魔力は自分の体を回復させるのに好都合なのだ。


 そうして俺の放った光が天使の間近に迫ったとき──俺は光の中で圧縮していた闇の魔力を、一気に広げた。


 俺の《聖灯》は、すぐに弾けた。

 代わりに、圧縮した黒い靄がぶわっと広がる。


 天使が気が付いたときには遅かった。


 空にドカンと大きな爆発が起こる。


 あまりの眩しさに目を一瞬瞑ったが……目を開くとそこには青空だけが広がっているのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る