第14話 初めての魔物退治!

「もう、帝都があんなに遠くに!」


 俺の頭上からエリシアの声が響いた。


 帝都を出て半日、俺たちはヘルホワイトに乗ってティアルスを目指していた。


 ヘルホワイトとは、俺が昨日買った馬の名前だ。

 バイコーンと普通の馬の間で生まれた子。


「あれ、アレク様。帝都を見なくてよろしいのですか?」


 この態勢で振り返ればどうなるか。


 ヘルホワイトには、俺とエリシアの二人で乗っている。前が俺で、後ろがエリシアだ。


 だから少しヘルホワイトが揺れるだけで、頭の後ろが柔らかい何かで大変なことになる。そうでなくてもエリシアと脚が密着しているので、色々と……


 ともかく、無難に馬車にするか、馬を二頭にするべきだったと今頃後悔している。


 だが、《転移》のしやすさを考えると、これがベストなのだ。


 それにほとんどの荷物を《パンドラボックス》に仕舞えるから、馬車もいらない。


 見た目も俺は黒のローブだし、エリシアもお揃いだ。皇族や貴族には見えないから、盗賊も襲ってこないかもしれない。


 恥ずかしさを紛らわすように俺は言う。


「て、帝都なんていつも見ているし……そんなことより、馬乗れたんだね」

「ロバはよく乗っていましたから。それに、この子はだいぶ大人しいみたいで」

「厩の主人は気性が荒いと言っていたんだがな」


 ヘルホワイトは俺たちに触れられて全く嫌がる気配がなかった。


「しかし、すんなりと門から出られましたね」

「宮廷で見送るやつもいなかったしな。盗賊に捕まろうがもう知らないってことなんだろう」

「アレク様の魔法を見れば、皆そうも言わなくなると思いますがね」

「逆に怖がられて、命を狙われるだけだよ……まあ、もしかしたらもう狙っているやつもいるだろうが」

「アレク様をですか? 何か問題を起こしたわけでもないのに」


 こくりと俺は頷く。


「エリシアも修道院にいたなら、至聖教団は知っているよな?」

「存じてます。ルクス教の中でも、聖の神を至上としている一派ですね」


 本来、闇の神は他の属性の神と等しく信じられていた。祟る神も神の内だったのだ。


 だが、次第に闇の神は忌み嫌われるようになり、神とはみなされなくなった。


 その過程で、人に恩恵を与える聖の神が至上、という考えが生み出されたのだ。


 年々信者を増やしており、今ではルクス教の上層部にも堂々と至聖教団所属と名乗る者がいるそうだ。


「私たち魔族や、闇の紋章を持っている者を堂々と侮蔑していました」

「そうだ。彼らもすべてがそうというわけではないが、中には闇の紋章を持つ者の抹殺を目論む過激派がいる」

「彼らが殿下を狙うと?」

「可能性はある」


 というより、やり直し前に一度やられた。

 魔法学院に通っていた時に、至聖教団の生徒に。


 しかし事件はもみ消され、犯行の生徒はお咎めすらなかった。


 命の危機を感じた俺は、仕方なく宮廷に引き籠るしかなかったのだ。


「それは厄介ですね。気を引き締めなければ」

「行く先々で教団の者がいる可能性もあるからな……だが、俺たちには《転移》がある」


 俺が進む先に誰もいないことを確認すると、ホワイトヘルごと《転移》する。


 すでに何回か試したので、ホワイトヘルも慣れたようだ。


「私は……もっとゆっくりでもいいのですが」


 エリシアは少し不満そうに言った。


 それじゃあ俺の気が持つか分からない。


 今はまだ帝都に近く人も多いから連続では使えないが、場所によっては一気に旅程を短縮できそうだ。


「今日はまず、リュシオンっていう街に向かうつもりだ」


 歩きなら二日の距離だが、このペースなら夕方前には着くだろう。


 そんな中、前方から声が響く。


「衛兵を呼んで! 魔物よ!!」


 見れば、近くの農民のような者たちがこちらに逃げてきていた。


「ゴブリンでも現れたか? ……いや、あれは」


 農民たちを追うのは、人の背丈の五倍もの体長がある巨大な蛇だった。


「デススネークか」


 帝都付近に出る魔物としては、最強クラスの魔物とされている。一体で小さな村の住民を全て殺した記録も残っていた。


「いかがしますか、アレク様?」

「冷静だね、エリシアは」

「何度か、神殿であの大きさの死んだ蛇を」

「もっと怖いのと戦っていたわけか……まずは俺が闇魔法で仕掛ける。仕留めきれなかったら、エリシアが剣で」

「かしこまりました」


 俺たちはヘルホワイトから下りて、民衆と入れ替わるようにデススネークに向かう。


「お、おい、あんたたち」

「ここは任せて、逃げてください!」


 そう言って、俺は手を前に向ける。


「──《|闇斬(シャドウカッター)》!」


 俺は闇属性の魔力を薄くしたものを、デススネークに放つ。《風斬》を応用した魔法だ。


 デススネークの皮は厚く、鉄のような硬さがあるという。


 さすがに一発では──


「倒せた!」


 デススネークは体を斬られると、その場でばたりと倒れた。


「お見事です、アレク様!」

「あ、ありがとう」


 ……すんなり倒せたな。冒険者でも長期戦になる相手と聞いていたが。


 近づいてみるが、動く気配もない。完全に死んでいる。


「近くで見るとやっぱりでかいな……」


 魔物との戦いは初めてだ。赤い血を見て罪悪感も感じたが、野放しにしていれば近くに住む人々が襲われていただろう。


「アレク様、こちらどうしましょうか?」

「皮と牙は高く売れる。肉は美味しくないし、毒腺もあるから手を付けないほうがいいかな」

「なら、解体はお任せください」

「できるの?」

「家畜から何でも……本当に何でも解体できます」

「そ、そう頼むよ」


 すると、エリシアは慣れた手つきでデススネークを解体してくれた。


 俺が水魔法で血を洗い落として、風魔法で乾かしていく。


 そんな中、農民たちがやってくる。


「ありがとうな。本当に助かったよ」

「これ食べて、ありがとうね」


 皆、俺の近くに果物を置いていってくれた。


 いいと遠慮したが、置き去っていく。

 素直にもらっておくとしよう。


 解体が終わり、ヘルホワイトに蛇皮を積むと俺たちはその場を後にした。


「デススネークの蛇皮は高く売れるからな。早速いい収入になりそうだ。それに……こんなに果物もらっちゃった」

「後で美味しくいただきましょう。リンゴは少し焼くと美味しいんです」

「へえ、それは楽しみ」

「感謝の品ですし、美味しさもひとしおですよ」


 そうして俺たちは、最寄りの街リュシオンへと再び進むのだった。

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