第43話 セーフティゾーンにて

「あー? よく分かんねえな。バイクで例えてくれ」


 びっくりすることに、世紀末リーダーがパワーレベリングスーツの説明を理解できなかったようだ。


「は? 嘘だろ……。小学生でも分かると思うんだが」


 剣道リーダーは困惑した声で聞き返す。


「なんだてめえこら! 俺たちが学校に行ってないからってバカにしてんのか! お前らと環境がちげえんだよ! 次クソなこと言ったら刺すぞ! 分かったんならさっさと説明しろ!!」


 バカにされたと感じた世紀末集団は剣道集団ににじり寄り圧を掛ける。中には蹴られた者までいた。

 険悪な雰囲気が辺りを包み込む。失言したと察した剣道リーダーは、


「手を出すのはやめろ、話さないぞ!」


 と制止した。


「ハッならボコして吐かせるだけだが?」

「言うと思ってるのか?」

「人間は弱いからな。すぐに仲間を売るやつを何人も見てきた。めんどいからとりあえず聞いただけだ。調子に乗るとそいつらを失っていくだけだぞ。分かったんならさっさと言え」

「くッ」


 分が悪いと剣道リーダーは思った。剣のために己を鍛えその過程でツライ経験もしてきたが、まっとうな人生のレールを歩いているので、拳を使っての喧嘩に慣れていない。

 対して世紀末集団はバイクに乗りながらダンジョンに突撃し、剣道集団に持っていた武器を当てながら進んでいったイカれた奴ら。当然殴る蹴るの喧嘩慣れしているに違いない。


(せめて木の棒でもあれば)


 辺りを見渡しても武器になりそうな物はなく、ここは落ちてきた者たちのための説明部屋としての機能しかないのだろう。残念だが答えてやるしかない。が、書いてあったのは丁寧な説明なのになぜ分からないのか。それが分からないと剣道リーダーは思った。


「バイクのことは知らんから簡単に言うぞ。モンスターを倒したら魔石が手に入るから、お前が着ているスーツを強化するか金に変えるか選べってことだ」

「スーツを強化する? 何言ってんだお前。糸と針でチクチクしてイカした勲章付きの特攻服みたいにしろってか? そんなんでテレビで見た恐竜みてーなやつと戦えるかよ!」


 世紀末リーダーはナメられたと激昂して剣道リーダーの顔を数回ぶん殴った。


「てめえ俺をガキだとおちょくりやがって! これで分かったか! ザコはザコらしく大人しく従っておけばいてー目に合わなかったのにな。ああ!?」


 顔を両腕でガード態勢に入った剣道リーダーに向かって吠える。


「――――くない」

「あ?」


 聞き取れなかった世紀末リーダ―は聞き返す。


「全然痛くない。蚊のほうが存在感あるぞ?」


 剣道リーダーは首の音を鳴らして効いてないアピールをする。それを聞いた彼は頭の中で何かが切れた音がした。笑ってるような怒ってるような表情を浮かべ、


「強がり言ってんじゃねえぞごらああ!!!」


 言葉に似合うほどブチギレた。先程よりも多く殴る蹴るを剣道リーダーにお見舞いする。

 しかし状況が変わった。まるで剣道の防具を着ているような安心感を得た剣道リーダーは、己が鍛えてきた感覚を取り戻し、相手の攻撃をいなす見事な足さばきを披露した。


(よくよく見てみれば対して強くないな)


 少し手首を動かすだけで竹刀払いや小手狙いが飛んでくる剣道と比べて、世紀末リーダーの攻撃モーションは遅いと見切った彼は、隙きを突いて慣れない拳を当てていく。一撃、二撃、三撃。

 数えれば試合の数は相当なモノを経験してきた彼。場をいち早く支配してしまい、今や一方的に攻撃をする立場に転じた。


「がああ! ちょこまかとうぜええ! てめえのパンチもまったく痛くねえんだよへなちょこやろうが!」


 しびれを切らした世紀末リーダーは飛びかかり、剣道リーダーの頭を両手で掴むと、勢いに乗せて顔面に膝蹴りをかます。想像するに痛々しい音が響いた。


「はッどうだ? 顔面鼻血ブーで倒れてろ」


 何人も病院送りにしてきた危険な技。鼻が折れシャツに赤い滝の絵を描いてきた世紀末リーダーは勝ち誇る。凶悪凶暴だからこその立場なのだ。彼を知る者は沸点が低すぎて近づきたくないと言う。

 膝蹴りを食らった剣道リーダーは顔を抑えふらつき後退する。

 泣き言を期待し笑みを浮かべる世紀末リーダー。


「……やはり痛くないな」

「なにい!?」


 手を顔からどけた場所には血の一滴もなく、言葉の通り無傷とみていいぐらいピンピンとしていた。


「おかしいおかしいおかしい! なんだお前は!」


 自分の中の常識を否定された彼はつばを飛ばし化け物を見る目で否定した。

 かたや言われた方は冷静に語る。


「聞け。いくら俺のパンチが弱かったとしてもお前にあれだけ打ち込んだんだ。効かないはずがない。それでもお前も痛くないと言った。つまりだ、着てるこのスーツが防いでくれているんだ」

「はあ? たかが服だろ。意味分かんねえ」

「非常識がダンジョンの特徴なんだろう。なるほどなるほど。強化の意味も理解した。これならお前らも怖くないしドラゴンにも勝てる。おいみんな! 先を急ぐぞ!」

「ちょ、待てよ!」


 ダンジョンの攻略方法を知った剣道集団は世紀末集団を払い除け部屋から出ていった。

 残された彼らも先を越されたくない気持ちで後を追う。

 部屋はしばし静かになったが、再びドサドサと上から落ちてきた者たちで賑わいだ。

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