第40話 オリジナルは高い

「君に運転資金として五千万円の枠を渡す」



 岡崎輝は大金を渡されたときのことを思い出す。

 あれは世界で初めて出現した日本沖縄県にある第一ダンジョン。モンスタースタンピードが終わり、街が破壊された時の話。時渡封元によるダンジョン運営講習が終わった日のことだ。


「ありがとうございました。ふぅ……」


 虎に変身している岡崎輝は野太い声でお礼を言う。輝が持つ変身能力はどうやら精神的負荷が和らぐ効果があるらしく、グロテスクな場面になると変身するようにしている。


(小説とか漫画だと平気な主人公が多いけど、私は百々目鬼の影響で怖がりになっちゃったから、慣れるのに相当な時間が必要なんだろうなぁ。って、そもそも死に慣れるのもどうかと思うけど……)


 彼女と敷童幸恵は時渡の講習でダンジョンの動かし方、モンスターの作り方、トラップ、ダンジョンの存在意義、戦闘訓練、そして――人の死を学んだ。

 ダンジョンを運営する。ちょっとでも考えれば分かることではあるが、敵はモンスターではなく人であり、それを迎撃するのがダンジョンのお決まりで定番だ。

 輝はモンスターとの戦闘訓練で肉を裂く感触に怯え、人が人でなくなる映像に感情が混乱した。


(私が関わっていることは殺人だ。絶対に許されない悪の道だ。親が知ったら悲しむだろう。友達が知ったら近づかないでと離れるだろう。早々に知って辞退すればよかったのかもしれない。しかし、時渡さんの話を聞いたら他の人にやらせるより私のほうが最適だと思ってしまった。大きな事が出来ると考えてしまった)


 期待が輝の胸を圧迫したのを見計らったかのようなタイミングで時渡は、


「五千万円の枠を渡す。このお金を使い岡崎くんのオリジナルダンジョンを作ること。ダンジョンの機能を使うにはダンジョンコントロールコアを使い、機能に無いことをしたい場合は相談してくれ。クレジットカードも渡しておく。好きなように使って構わないのだが、使った分は運転資金から引かれていくため上限はある。計画的に使うように。そして給料だが、運転資金が岡崎くんの給料という意味でもある。つまりだ。君はダンジョンという店の店長になったということだ。おめでとう。がんばればがんばった分だけ給料が上がり、贅沢が出来るということだな。君の年齢で店長になれるなんてそうないことだ。期待しているよ、ぜひがんばってほしい」


 と大事なことをしれっと説明した。


「うぇえ!? ごごごご五千万円!? ダンジョンの店長って所謂ダンジョンマスター!? てっきり私の仕事は事務とかサポートのほうだとばかり」


 とんでもない金額を提示され輝は素直に驚いた。また、そういえば働くと言った自分は具体的にどんな仕事をするのか聞かされていなかったことを思い出した。


「ああそうだ。伝え遅れたが、本来想定していた流れは、選ばれた人間は必ずダンジョンマスターになってもらうのを前提に、見返りとして何をしたいのか要望を聞き届け特殊なチカラを与えるということにしたかった。まさか一人目でこの世界の裏側に触れていた人物が現れようとは思いもしなかったよ。興味深いことに惹かれてしまってね、色々と話を進めさせてもらった」


 どうやら自分のせいで用意していた順番を狂わせてしまっていたようで、自分は悪くないと思う一方、なぜか恥ずかしい気持ちも出て「なんかすみません」と返事をした。


「謝る必要はないさ。過程がどうあれ君をこうやって招待できたのだから成功さ。それにだ、ダンジョンマスターになれば、君が求めた視られる呪いの修業の場にもってこいだし、百々目鬼という妖怪を呼び寄せることも出来るかもしれない。給料も入るし君にとっては良いこと尽くめではないか?」

「ええ、はい。至れり尽くせりですね」


 輝は自分の運勢がプラス方向に進んでいると再確認した。これまでの人生とその延長線を想像すると絶望しかなかったので、通っている高校の進路希望が不安で仕方なかったのだ。

 病院は行ったの? がんばりなさい。親に相談しなさい。慣れなさい。男はそういう生き物なんだからちょっと触られたぐらいは我慢しなさい。社会に出ると今以上よ。女として魅力がある証拠ですよ。担任の女の先生は私のころはもっとひどかったのよが口癖だった。

 改善できず引きこもり気味になり本を漁る日々。頭にキノコが生えそうな生活を選択するか、屈辱の我慢を覚えないといけないのか。そんなすべてを履いて捨て、夢をもたせてくれたことに感謝しかない。

 ダンジョンを作る理由も聞いた。

 魂がうまく循環しておらず、溜まり続けるとエネルギーが大災害を発生してしまうため、エネルギーの消化目的を念頭に置き、社会的弱者が這い上がれるシステムを作りたい。ファンタジーを信じる人達に希望を与えたい。生きる目的になればいい。そして世界には見て分かる圧倒的悪の存在が必要だ、とも。

 学校に通いながらダンジョンのことも学び、関係する本を読んで知識をつけろと指示があって、輝の頭はパンク寸前。感情を抜きにして知識を詰め込み、忙しい日々を送ってきた。

 本を読んできた意味を知って輝は納得した。


(五千万円でどこまで作れるのだろうか。大金だなぁ。節約すれば欲しい物を買ってもいいんだよね)


 買いたかった物を頭に浮かべていく輝。もちろんダンジョンのことも一緒に考えたため妄想の中はぐちゃぐちゃだ。


「目標を立てようじゃないか。君が考えるダンジョンの実現にはどれぐらいの期間が必要だ?」


 時渡が質問してきたので妄想を辞め考える。


(第一ダンジョンの作成は二日で終わっていた。一応参考にさせてもらうと一週間もあれば普通のは作れそう。でもオリジナリティーを出したい。そうだ! 作品を読んでてひらめいたことがあったんだ! あれがやりたい!)


 輝はアイデアを話し計画を練っていく。時渡の反応も良く面白いと言ってくれた。


「設定が複雑だが挑戦しがいのある案だ。努力しよう。第二ダンジョンのオープンは一ヶ月後とする。大忙しとなるぞ! がんばりたまえ」

「はい!」


 返事良く言うとそれぞれ作業に入った。オープン一週間前から徹夜が続き、ふらふらになりながらもなんとか完成。満足感の中打ち上げをしているとき、目が飛び出るほどの絶望を知らされた。


「岡崎くんよくがんばったね。お疲れ様。はいこれをどうぞ」


 茶封筒を渡された輝は不思議に思いながら中を開けると、第二ダンジョンオリジナルシステム構築費四千五百万円と書かれていたのだ。


「ヒィ!?」


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