第32話 消し去れ!最強の台風

「こんなに強い風は初めて。本当に台風を消すことなんてできるの? 期待してるところ悪いけどあてぃしのチカラじゃムリムリよ? そもそも普通の台風でさえ無くしちゃおうなんて考えたことなかったわ」


 風来坊小町が事の大きさに実力が追いつかないと判断し、不安気に私を見る。

 現在地は千葉県勝浦市にある八幡岬公園。太平洋の大海原を一望できる絶景スポットになっており、普段は多くの観光客で賑わいを見せる場所だ。

 現在は天候が悪く、波は荒れ、日本全体に蔓延はびこる異様な雰囲気が客を遠ざけ一人としていない。私と風来坊の貸切状態だ。

 私は腰に手を当て、ゴヒュゥと突き抜けていく強烈な潮風を気持ちよく浴びる。


「大丈夫、心配は無用だ。今から君に強化魔法バフを掛ける。これによって能力が向上し、普段の君とは比較にならないチカラを使うことができるだろう」

「それは楽しみね! んんんんッウズウズしてきたあ! 武者ぶるぅぅぅいブルブルゥ!! よっしよっしよっし! 早くやりましょう!」


 風来坊は自分で自分を鼓舞すると、感情が高まったようで、先程までの不安の雲は

 風が吹き飛ばしてしまった。

 風も噂も移り変わりが激しいモノだ。風来坊の性格を表すにはピッタリの言葉だろう。


 私は風来坊に手を向け無詠唱で強化魔法バフを掛けた。強化魔法の効果は脳のリミッターを外して潜在能力を引き出す作用がある。

 人間は普段潜在能力を30%ほどしか使っていない。車で例えると、どんな道でもアクセルペダルをベタ踏みする人がいないように、生きてきた経験を元に、チカラを制御して生活している。

 その無意識のリミッターを解除して、100%に近づけるほど、爆発的な強さを発揮できるのだ。

 潜在能力を無理やり引き上げると普通は身体が付いてこれず、骨や筋肉、神経がぶっ飛んでしまうが、魔法が負担を軽減する処理を行ってくれるため、短時間の運用を可能にする。


 慣れの問題でもあるのだが、強化魔法バフを掛けられた者は効果時間がすぎると糸が切れたようにしばらく動けなくなるので使う場面が難しい。


 異世界のダンジョンで戦う最前線の冒険者は、潜在能力をフルに発揮できるようにガチガチに鍛えた熊のような巨体をした猛者が多かった。経済的余裕がある者は自己回復手段を用いて強化魔法バフを継続しており、私は後者だった。

 今回は連続使用する場面は訪れないだろうから終わった後のことを考えなくていいだろう。


「よし、少しだけ風のチカラを使ってみてくれ」

「うん! うわびっくりした! そよそよのつもりがびゅって出た! おもしろーい!」

「気に入ってくれたかな? ではここからは時間との勝負になる。作戦を再度確認するぞ。風来坊くんは上空へ行き、台風に集まる風を対流圏界面を突破させ成層圏に流す。私は台風の中心から吸い上げられる海水を抑え込み、台風の代わりに暖かくなった海面を海中と撹拌こうはんさせ冷やす。二人同時に実行することで、超大型台風は急速に弱まり消滅させることができるだろう。風来坊くんの活躍に期待している! 事は重大で役割は重い。君の小さい肩に日本のすべてが乗っていると言っても過言ではない。プレッシャーがあるだろう。逃げ出したいだろう。しかし君はここに立って正面を見ている。勇気を讃えよう。さあ風来坊小町よ。英雄への道は目の前だ。台風を払いのけ、日本を救うのだ!」


 私は数々の戦士たちに激励の言葉を述べ、戦場に送り出してきた言葉を言ってから、ふと疑問に思った。女の子にこんなこと言って喜ぶのだろうか、と。思い返すと小さな女の子にはこれが初めての経験だ。まあ妖怪だから見た目と年齢は異なるのだが……。


「や~、大層なご鞭撻べんたつどもです。あてぃしは英雄には興味ないかな。

 そんなんじゃなくって、ただ知り合いだとか話し相手、面白い噂がなくなるのはイヤだなって。風を使う者として自然現象を邪魔するのは間違ってる。本当は傍観するべきなんだ。けど、ま。風は気まぐれってことで」


 風来坊は照れ隠しにおどけて言った。

 そして「んじゃー行ってきまっす!! びゅーーーーん」と残し台風の目に向かった。

 風来坊を追いかける風が私の髪をなびかせる。


「フッなるほど」


 奇遇だな。実は私も気まぐれで台風をどうにかしてやろうと思ったんだよ。

 色々と準備をしてきてその全てがパーになってしまう可能性が高いが、自然現象なら受け入れるのが私の考えだ。地球の体調管理みたいなものだからな。

 やるとしたら防災対策だ。しっかりとやって住処を守る。防災グッズや対策工事で雇用も生まれるしな。


「さて、行くか」


 私は崖から飛び降りると風魔法を使い同じように台風の目に向かった。

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