第43話 【解剖王】ドクター

“触れれば波紋が生まれる”

“怒るように熱い”

“力強く大地に立つ”


 彼らの事は理解していた。でも――


“巨大な牙。全身を覆う鱗。蛇のように細い瞳”


 これは何?


「リーベ?」


 彼女は、ハッとして幼馴染みの声に意識を向けた。


「終わったよ。僕だけで十分だった」


 辺境の村から離れた洞窟に狂信者達は村人を拐う事件にミリオンとリベリオンが出撃を言い渡された。

 ミリオンは迅速な動きと、現地の教会職員との連携により、事が始まる前に一件を沈静化させた。

 オルセルの懸念。狂信者を先導している者の可能性からリベリオンは待機していたが、問題なく終わったらしい。


「後は我々が本部へ連行します。この様な辺境の地にまで、執行官殿が赴いて頂き、本当に感謝します」

「いえ。最近は狂信者の動きも活発になっています。【星読み】は己の目が、届き難い所にこそ本命が居ると思っている様です」

「オルセル様の慧眼には感銘致します」


 教会の職員はミリオンに一礼すると、リベリオンにも一礼して連行の指揮に戻った。


「さて、帰ろうか」

「うん……」


 これで良い。私のスキルは使うべきじゃないのだ。発動すればどれだけ被害が出るのかわからない。特にこの地は……何が下りてくるのか解らなかった。

 14年前から何も変わっていない。本当に私は役立たずだ。


「やっぱり、何か食べてから帰ろうか?」


 リベリオンの少し暗い様子にミリオンが気を使う。


「……オルセルさんに怒られちゃうよ?」

「大丈夫だよ。ちょっと長引いた事にすれば良いから。今回はスキルを使わなかったけど黒の部屋には入るんでしょ?」

「……うん」

「君のやることが全部君のためなら僕は止めない。けど今は、役立たず、とか思ってるでしょ?」

「……そんなことないもん」


 昔から図星を突かれるとそっぽを向く幼馴染みにミリオンは苦笑する。

 その時、連行で騒がしく暴れる狂信者の姿が目に入る。薬物でも使っているのか、眼が充血して、拘束に苦戦している。


「ごめん、ちょっと待ってて」

「うん」


 そう言ってミリオンは駆けて行く。


 私は本当に役立たずだ……


 自分の手を見る。綺麗で傷一つない掌。しかし、血に濡れた掌がフラッシュバックした。その血はミリオンのモノ――


“彼と過ごす日常を手に入れたいのなら共に来なさい”


 14年前にそう言うオルセル様の手を取った。そして、


“君が一位だ。私でも、ガイナンでもない。君のような者が一位でなければならない”


 程なくしてそう言われて流されるままに、執行官になってそれで……それで? 日常に戻れたのだろうか?


「必要なのは環境ではなく生物としての教示だよ」


 いつの間にか私を見下ろす男の人が居た。教会の人とも、狂信者とも違う。


「人の意識の隙を突くのは昔も今も変わらない。僅かな注目を誘導する事で万の眼でさえ曇らせる事が出来る」


 なんだろう……威圧のある視線ではないのに声が出ない。


「君は実に勿体無い。己に並ぶ存在がいない故に自らの力の本懐が見えていない。その気になれば無限に己を進化させる事も可能だと言うのに」

「だ……れ……です……か?」


 何とか絞り出た声は聞こえたのか解らない程に小さかったと思う。けど、男の人は正確に聞き取ったようだった。


「私かね? 私の名はドクター。皆からは【解剖王】と呼ばれている。皮肉も混じっているが、私個人としては気に入っている」


 ドクターの視線はヒトを見ると言うよりも実験体を見るようだった。


「君には生物としての殻を破る権利を持っている」

「か……ら……?」

「生物と言うモノは実に面白い。あらゆる段階を得て今のような世界に順応した結果がスキルなのだろう。生態的な方の解剖はあらかた済ませていてね。次は意識の解剖を進めている。君たちには被検体を連れて行かれるので、代わりに君で試そう」


 そう言って手をかざした男の人から、私のスキルに何かを植え付けられた。

 それはとても強くて、今まで感じたことのない荒々しさに意識と身が引き裂かれそうになる。

 コレを今……表に出したら駄目だ――


「ほう。君は思った以上に意識の強度は高いらしい。まぁ良い。もう一つの解剖と平行して様子を見るとしよう」


 そう言って男の人は消えた。


 無数の記憶。

 漆黒の鎧。

 存在は不滅。

 死にたくない、と記憶達は剣に恐怖していた。


 本部に戻ってから私は、荒れるソレを知り、鎮める為にスキルを使った。無論、何が起こるのか解らないから黒の部屋に入ってから。


 ソレは力の濁流だった。まるで今までのがちっぽけだと思える程の全能性に呑まれ、意識を失った。

 次に意識がを取り戻した時は、ボロボロのガイナンさん、リオン君、夜叉さんの声によってだった。






「ふむ。やはり『竜薬』が完全を成すのは“強い意識”と“肉体の素質”の両方か」


 実験が完全となれば【竜殺しの英雄】が生まれない世界となる。


「ドクター様。サンドロス方面の情報です」

「いや、あちらは把握しているよ。アルバートが居るのでね。私の作品には五感を共有出来る様にしてある」

「! それ程のお力を……素晴らしく思います」

「大した事ではない。にしても……お嬢様の破天荒ぶりを見るのは久しぶりだ」

「貴方様がそこまで喜ばれるとは。何者なのです?」

「頂点の血縁者だ。王位には興味はなかった様子だがね」


“ドクター。ヒトってスゲーな!”


 無邪気に助手を勤める彼女には新鮮な発見や発言を幾つも貰った。久しくなっても、まるで変わらない様子に不思議と頬が緩む。


「お迎えに行きますか?」

「お嬢様は他に準ずる様な方ではない。無理に会う必要はない。それよりもミルドルへ行く」

「すぐに準備を致します」


 狂信者はそう言って旅の準備を始めた。

 実験の結果は揃った。我らの帝王を起こすには十分だろう。


 人が人を支配する為に王が必要であるように、世界を支配する『ドラゴン』にも王は必要なのだ。


「後はバルバトス様がどこまで楔を残してくれたか、だな」


 ドクターはバルバトスより『コスモス』が失敗した時に動くように指示をされていた。

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