第20話 四体のドラゴン

 ニールは翼を広げて上昇すると『浮上岩山』の先端部分へ急降下。そのまま砂海へ頭から落下に近い形で直進する。


「ガァ!」


 砂海へ激突する前に自分の周囲を魔力で保護し、軽く『咆哮ブレス』を吐いて砂面を軟化させるとそのまま砂中へ潜り込んだ。


 なるほど♪ なるほど♪ 『浮上岩山』か。よくもまぁ――


 潜り続けるニールは、砂中深くへ進むと体勢を整えてピタリと止まる。


「随分と偉くなったモノだな? 我を呼びつけるとは」


 ニールは声に魔力を乗せて音波として発する。目の前は砂しか見えないが、その先にいる『浮上岩山』に話しかけた。


『申し訳ありません……声を発するには……歳を取りすぎました故……』


 『浮上岩山』。ソレの正体は岩山を背負う巨大な魔亀だった。ニールは音波と宿す魔力からその姿を把握。先ほどのクラーケンなど丸飲みに出来る程に巨大な姿を見えずとも捉えていた。


「我の鱗一枚程度のチビが、こんなに巨大になるとは。時の流れもバカには出来んなぁ」

『……最初は何かの間違いかと思いました……しかし……生きている内に再び会える日が来るとは……』

「ふふん。貴様は砂鮫から必死に逃げていたなぁ」

『……お戯れを……ファブニール様も……あの日以降、どこへ?』

「我は眠るのが嫌でな。星を渡っていた。ちょっと黒い渦に巻き込まれて戻るのに時間がかかっちまったけどな♪」

『ご無事で……なによりです……』

「ふふん。丁度良かった。もう諦めていたのだが、貴様は知っているだろう? 『ドラゴン』が消えてから今日までの……世界の歴史を」

『知る限りで……よろしければ……』

「良い。話せ」


 ニールは諦めていた情報を求めて『浮上岩山』と話を始める。






「よーし! アンカーセット! リフトの準備をするぞ! 登れるスキル持ちは――」


 レバンを乗せた大型船は、巨大な弩弓から発車されたアンカーにて『浮上岩山』の上手付近と巨大なロープで繋ぐ。

 そのロープを利用してリフトを作り、採掘と回収を同時に行う規模の大きな動きを馴れたように始めていた。


「――――」

「レバン。お前さんは、回りの警戒を頼むぜ。今回は普段の何倍も安心感が違うわ」


 船長が乗組員にリフト作成の指示を出す中、レバンに声をかける。

 しかし、レバンは何かを捜すように『浮上岩山』を見上げていた。


「――――ハハァァァ」


 わかる……集中すれば余計な情報を排除し、特定の生物の鼓動を眼に映す様に詳細に把握できる。

 レバンの眼には自分達の反対側へ何らかの荷物を運んでいるジークとギルムを捉える。


「ジーク……フリード」

「ど、どうした? レバン――」


 船長はレバンの出す雰囲気があまりにも人間離れしたモノであった為に、思わずたじろいだ。

 すると、レバンは弾けるように、アンカーのロープに上がると、そのまま走り上がって行った。


 無能が居るなら……あのガキも近くに居るハズだ! 殺す……殺す殺す殺す殺す殺す!


「捻り潰してやるよぉ!」


 なんだ? なんだ? と行動を予測できないレバンを他の船員達はただ見送った。


「……そんなに早く登りたかったのか?」


 アンカーロープを凄まじい勢いで駆け上がり、あっという間に『浮上岩山』の先へ消えたレバンに船長はそう言った。






『貴女様が……この星を去ってから既に……8000年近い時が流れております……』

「そんなにか? 我の体感では200年程度だと思っていたが……星の外は時の動きが、こっちとはだいぶ違うみたいだな」


 良い事を知れた。ニールは今後の参考にする事にした。


「【竜殺しの英雄】は我らドラゴンが眠った後にどうなった?」

『……【竜殺しの英雄】は……人々から『ドラゴン』に次ぐ脅威と見なされ……誰もが畏怖するようになりました』

「……実に……腹立たしい」

『人々は……『ドラゴン』が消えて、最初の100年は剣に祈りを捧げていました。しかし……『ドラゴン』の事が世代を越えて忘れられると……【竜殺しの英雄】は……動かなくなり、多くの者達から攻撃されたようです……』

「…………」


 もはや……純粋な願いなど有りはしなかった。仕方がないと言えば仕方がないのだが……それにしても……


「……ちっ。少しだけ共感しちまったよ」


 老害共が他の種族を下等と言っていた意味。それは言葉通りに、本当に下等だったからだ。


「自分達を救った英雄をそこまで卑下するとは……」

『……ファブニール様。貴女は……代わらずにお優しい』

「……我もまだまだ青いな。バルバトスに“お嬢様”扱いされるわけだ」

『【天秤王】に……お会いになられましたか?』

「うむ。あのジジィ。皆を起こすとか言ってる。明日には世界が変わってる。楽しみにしててくれ」

『そうですか……では、貴女様を含め……四体の『ドラゴン』が……既に動いているのですね』

「ん? 四体?」


 その情報は初耳だった。一応は、星をぐるっと回ったの時に同族の気配を探ったが、バルバトスが接触してくるまでは何も感知しなかった。


『全員が……一度、私に時代の流れを聞きに来ました』

「バルバトスの他に誰が起きている?」


 ニールは今の時代に動いてる他の『ドラゴン』に関しての情報を求めた。






「ジーク、ちょっと聞いて良いか?」

「何ですか?」


 ギルムは二往復目に塩を担いだ所でふと、疑問に思った事を問いかける。


「あのお嬢ちゃんの『飛行』スキルで作る翼だ」


 『飛行』スキルを持つ者は翼を発現させる。それは、羽毛を持つモノから蝙蝠のような無毛のモノまで様々だ。中には水や火と言った物質を翼にする例も確認されている。


「あの翼は見たことがない。最初は蝙蝠かと思ったら鱗があるしサイズも浮遊するには小さすぎる。浮遊するための特殊効果も乗ってるんだと思うが……停止した状態から滑空も出来るだろ? 該当する生物が思い付かなくてな」


 ギルムの疑問は当然だった。なにせ『ドラゴン』なんて存在しないのだから。


“どうやって飛んでるかって? ふむ……考えた事はなかったな。貴様らは歩く時にいちいち、考えるか? ふふん。まぁ翼は方向転換用の舵で、基本は魔法で少し風を寄せてから速度をつけてる。人型でここまで器用に飛べるのは我くらいなモノさ”


 何気なく『飛行』する原理について聞いた時の返答がソレだった。


「あー、トカゲです」

「トカゲ?」

「はい。トカゲです」

「そうか……トカゲかぁ。トカゲって翼なんてあったか?」

「ある種類も居るんじゃないですか?」

「……そっかぁ……トカゲかぁ……」


 ジークの返答にギルムは少し疑問に感じている様だった。


 ギルムはジークにとって信頼できる数少ない人物の一人だ。ニールの素性を知っても笑って、『ドラゴン』かよ! と酒の肴でもしそうな豪気に溢れる『ドワーフ』である。


「ん?」


 塩を持った所で進行先に人影が現れた。二人は足を止める。


「あれは――レバンか?」

「無能野郎……あのガキはどこだぁ!?」


 少し雰囲気が変わったレバンはジークを見て叫ぶ。

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