第15話 覚悟完了

「難しい問題だ」


 ジークとニールの協力を得られなかったエルディルとエナは宿に戻り、長距離通信の魔法道具にて、即座にオルセルに連絡を取っていた。


『……やはり実在したか』


 この通信の魔法道具は使い捨ての代物であり、エルフでも緊急時以外には使わない貴重品。しかし、今はそんな事を考慮している場合ではなかった。


「ファブニール殿によれば、敵は『ドラゴン』の中でも上から数えた方が早い個体らしい」

『国一つを容易く滅ぼしておきながら……それは散歩に等しい行為とは……加えて更に上がいるのか』

「名は言わなかったが『ドラゴン』を束ねる存在にして当時は勝てる存在は一つしかなかった」

『【竜殺しの英雄】か』

「ああ」


 ニールの話では、その頂点生物の絶対者の片腕を【竜殺しの英雄】は切り落としたとのこと。


『……スキル【竜殺し】。協会にも記録が残っている。ジーク・フリード。フリード家の長男。15の時に協会の神託を受け、スキルは【竜殺し】と判断された』

「これまで、彼以外で【竜殺し】持ちが現れた事例は?」

『ない。今回が初めてで、立ち会った者達も困惑したそうだ。聖剣バルムンクを召喚し、『ドラゴン』に対してもあらゆる恩恵を得ると言う』

「……過去に【竜殺しの英雄】がどのように戦ったのか記録は何もない」

『そちらの話では、人々は祈っていただけなのだろう? 彼らは決して負けない剣士を願ったハズだ。記録に残すまでもなく、必ずドラゴンを滅すると』


 まるで夢物語だ。願うだけで最強の剣士を召喚するなど、今の世界では考えられない。


「……それだけ、人は心から願ったと言うのか」


 それも、数多の種族が何世代にも渡って祈ったのだろう。ドラゴンの消滅を。


『なんにせよ、この件を動かすには【時空師】に連絡を取るしかないな』


 【時空師】ガイナンは、ジークの師であり、この街に居を構える協会の執行官である。


『ガイナンにジーク・フリードを説得してもらう。そうすればファブニール殿も動いてくれるだろう』


 現状で考えられる最善の策はそれ以外に考えられない。


『こちらは全力でガイナンを探す』

「……我々はミルドルへ向かおう。何かしらの手がかりが掴めるかもしれない」

『一日で着ける距離ではないぞ?』

「それでも、ここにいるよりは出来る事がある」


 今後の予定とやり取りを決めたオルセルとエルディルは世界を救うために出来ることをするしかなかった。






「良かったのか?」

「何がだ?」


 エルディルとエナを追い返す形となったジークはニールの問いにぶっきらぼうに応える。


「我は貴様の返答は解っていたが、それでも打算も考えると思ったからな」


 先程のエルディル達の提案を上手く使えばジークは今の生活を抜け出す事も出来たのだ。


「オレはな、都合良く利用しようとする奴が大嫌いなんだよ。この【竜殺しスキル】を手に入れてから手を差し伸べてくれたのは師匠くらいだ」

「ん」


 と、ニールは自身を指差す。


「なんだ?」

「ん」

「……はいはい。お前で二人目だよ」

「わかって来たじゃないか♪」


 そして、ボフっとジークのベッドに飛び込んだ。


「お前! そこはオレの寝床だ!」

「細かい事は気にするな」


 もぞもぞと整えた上かけ布団の中に入ると、ポイポイ、と服を投げ出す。


「ほら……おいで」

「服を着ろ!」


 どういう早業だ! と、肩から上を出しながら添い寝を催促するニールに脱ぎ捨てた服を投げ返すジーク。


「服を着たら一緒に寝てくれるぅ?」

「……はぁ。ベッドはやるよ。オレは居間で寝る」


 今日は良くも悪くも心はいつもより荒んでいない。それはやっぱり、ニールが居てくれるお陰なのだと自覚した。認めたくはないが。


「ゲット」


 と、背後からニールがしがみつく様に抱きついて来る。背中へ直に伝わる、ふくよかな胸の感覚に気を取られた隙にそのままベッドへ投げ込まれた。


「痛って……家の中で馬鹿力を出すんじゃねぇ!!」


 ベッドに仰向けになって怒りのままに感情をぶつけようとしたジークの上にニールは馬乗りになる様に乗る。


「ば、馬鹿ヤロウ! 服を着ろ!」


 白い肌に豊満な乳房。一糸纏わぬニールの綺麗な裸体にジークは眼を思わず反らす。


「いやはや。我ながら完璧な姿なのだな♪ 昔は皆が、綺麗だの美しいだの言ってくれたが、やはり『ドラゴン』と言う事から気を使ってくれていたのだと思っていてな」


 ニールはジークの手を取るとそのまま自分胸に手を当てさせた。


「なにやって――」

「しっ!」


 赤面するジークにニールは真剣に告げる。


「『ドラゴン』の弱点は……頭でも首でもない。この心臓だ」


 ジークはニールの胸の奥にある脈打つ臓器の感覚を掌に感じ取った。


「何を失っても『ドラゴン』は再生するが、この心の臓だけは再生できない。覚えておいてくれ」

「……それ、オレに言っても良いのか?」

「ああ。【竜殺し】は知ってるし、いずれ知ることになるからな。我が教えてもなんら問題はあるまい」

「……ニール」


 ジークはここまでのニールの行動に一つだけ質問する事にした。


「お前には家族はいるんだろ? 『ドラゴン』が明日に目を覚ませば戦う事になるんじゃ無いのか?」

「ふふん。それは我が味方と前提した話だな」

「……はぐらかすなよ。真面目な話だ」


 ジークの真剣な眼差しにニールは少し困った様に笑う。


「我はつまはじき者だ。生まれながらに持つ魔力の特質は『再生』だった。『ドラゴン』としてはなんともお粗末な代物だよ」


 破壊と威厳。『ドラゴン』に必要なのはこの二つだった。しかし、ニールの『再生』はソレからは、かけ離れた能力だったのだ。


「人間の様に育てられた自分が、実は『ドラゴン』と教えられ徹底的な壁が出来て、育ての親とは対等に愛せなくなった。それでも血縁者である祖父には家族として見てもらえると思っていたのだがな……」


“ファフニール。お前は“粗悪品”だ。キアンもさぞ残念だっただろう”


「それでも、老害どもをギャフンと言わせる為に色々と極めたのだがな! でも……我の力は『ドラゴン』には通じず、認められる事はなかった」


 初めて見せるニールの様子に、ジークは彼女も自分と同じ境遇だったのだと悟った。


「お前も……苦労してきたんだな」

「ふふん。もっと気の効いた事を言えよっ! 乙女が傷ついてるんだぞぅ!」


 ニールはそう言うがやはり少し強がっているのがわかる。今も感じ取れる心臓の鼓動が彼女の心を読み取らせていた。


「お前の気持ちは良くわかるよ。知ってるだろ? オレだって同じだ」

「……ふふん。及第点としておこう」

「なんの採点だよ」


 一番理解してくれるハズの者たちから弾かれた者同士、ふざけた世界だよなー、と笑いあった。


「よし、それじゃ。お礼に我の初めてをやろう」

「……は? お前は何を言ってるんだ?」

「え? いらないの?」

「いや……そう言う事じゃなくて……」

「今の我の姿は自身でも美少女と思っている。さっきから貴様のナニが反応してるからな♪」

「勝手に脱がそうとするんじゃねぇ!」

「照れるなよぅ♪ それ♪ ほほう。これはこれは」

「あぁ! もう! 『竜殺し』! 発動しろ! おい! なんで発動しない!?」

「そりゃ、襲われてると言っても敵意は欠片もないからな♪」

「襲ってるって言ったな!? コラァ!」

「まぁ、良いじゃん。我も初めてだが知識はある。安心して身を任せるが良い」

「ぬおぁ!?」

「…………」

「――おい……そこで止まるのかよ」

「いや……やはり、いざとなると覚悟がな……」

「じゃあ! どけ!」

「ま、いっか。覚悟完了。えーい♪」


 お互いに奪われて失った。






「クソ……クソクソクソクソクソがぁぁぁ!!」


 意識を取り戻したレバンは荒れに荒れていた。

 あのガキ……絶対に許さねぇ! 殺す……どんな手段を使ってもぶっ殺してやる!


 そんなレバンから腫れ物を扱うように普段つるむ仲間達も距離を置いていた。


「失礼」

「あぁ!?」


 そんなレバンの元に一人の男が現れた。


「貴方様は力を欲しているのですね?」

「今すぐ消えろ。殺すぞ」

「貴方ではファフニール様には敵いますまい」


 レバンは男の顔面を怒りのままに殴りつける。男は顔を歪ませて派手に吹き飛ぶと倒れた。


「殺すって言ったよなぁ?」

「構いませぬ」


 すると、男は痛みなど無い様子でスッと立ち上がる。その顔はレバンの一撃で歪んでいるが、それさえも意に返さない様子だった。


「……お前『狂信者』か?」


 男の異常な様にレバンは一気に血の気が引いて冷静になる。

 すると、狂信者の男は一つの瓶を差し出した。


「これを飲めば、きっと貴方様の望みは叶うでしょう」

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