第10話 火の海に消えた国
鉄腕グローブ。それは『ドワーフ』と『エルフ』によって作られた魔法道具である。
見た目や重量は布そのものであるが、一定の衝撃が加わると瞬時に硬質化し、対象に鋼鉄の固さを伝える。
作業現場や戦闘でも使える事から汎用性は高いが、値もそれに比例して一般では手の届き難い代物だ。
「野郎……ノアから買いやがったな」
ノアとはこの砂漠であらゆる商品を仕入れるとされる商人の事である。
レバンが鉄腕グローブを着けてたのは、今まで見たことがない。ナメプしていたのか、それとも今日まで持っていなかったのか。どちらにせよ、ニールには心底腹を立てている様子だ。
鉄腕グローブでニールの顔面に先制攻撃を決めたレバンは、へっ、と笑った。
「バカが。減らず口を黙らせてやるよ」
更にラッシュ。顔面へ容赦なく鉄腕グローブで連打する。ニールは特に動くこともなく、5秒ほど無防備にその攻撃を受け続けた。
「どうしたぁ!? 何も出来ねぇか?!」
ビビって動けねぇか! レバンは勝利を確信し一度連打を止めニールの様子を見る。
「んー、
ニールは我関せず、と行った調子で右を見る。ちなみに無傷。
「
そして、次に左を見て何か納得するように品定めする。
「テメェ……ミンチにしてやる!」
殴られてるにも関わらず嘗め続けるニールにレバンは再度ラッシュを仕掛ける。頭に血が上り、無傷である事には気づいていない。途端に拳に痛みが走る。
「何――」
見ると鉄腕グローブが削られた様に裂けて、素の拳で殴った箇所から血が流れていた。
「……は?」
何故グローブがガキ一人殴った程度で裂けている? ノアのヤツ……偽物を掴ませやがったな!!
レバンはニールを見るとその顔にはいつの間にか鱗が存在していた。ドラゴンの鱗は世界のあらゆる鉱石よりも硬く表面を荒く変化もできる。鋼鉄程度では逆に削られるのは必然だった。
「三つ目のスキル――」
「よっしゃ!
ニールはレバンの背後を指差す。
鋼鉄のラッシュを受けてニールは傷一つついていない。あまりに異質。しかし、レバンは、
「う……うおおおお!!」
持ち前のプライドから奮起しニールへ殴りかかる。スキル『見切り』があるかぎり攻撃は当たらな――
と、真下の死角から捻る様なアッパーがレバンの下顎を打ち上げる。身体は回転しながら高々と宙を舞った。
そして、ニールから見て中央で仕合を観戦していた巨漢の『鬼族』がレバンを受け止める。
「ナイスキャッチ、デカブツ」
ニールは『鬼族』を指差しながら少し乱れた髪をフワっと後ろに整える。顔の鱗は消していた。
『勝負あり! なんと! 勝ったのは【再生】ファブニール! 大判狂わせ! 一体どんなスキルを持っていればこんなことが出来るんだぁ!?』
会場が大いに湧く。街に存在する組織のスカウト達は、レバンにあっさり勝利したニールの能力に彼女の身辺調査を部下に命令していた。
『ふふん。我に賭けてたヤツは稼げたか? ソイツは運が良いぞ!』
全員に声を送り、いえ~い、と笑うニール。そんな彼女の浴びる光をジークは羨ましいと感じていた。
『ほれ、次だ。我に勝てる者はいるかな? 我に勝てたら我の勝ち分を全部やろう!』
『あ、ニールさん。勝手に決めないでください。次の仕合もあるから』
『えー、ふむ。じゃあ今日の出場者全員と我が戦ろう。勝ったヤツが総取りってことで』
観客達は、更に湧くが出場者達は殺気立つ。
「レバンのヤツは嘗めてた」
「所詮はルーキーだったって事だ」
「あの嬢ちゃんは少し調子に乗ってるな」
「最初は誰が行く?」
「……」
「相変わらず無口だねぇ。【死人】の旦那は」
この仕合会場でトップクラスの実力者達は各々でニールを見定めた。
「俺が行くぜ」
そして、観客に混ざって出番を待っていた『狼人』が前に出た。
『で、でたー! 【銀狼】の出撃だぁ!』
片眼が傷で塞がる彼は【銀狼】の異名を持つ『狼人』のフェリンクスである。スキルは『氷点下』。対象の物体の温度を限りなく下げる能力であり、仕合者の中ではトップ3に入る実力者だ。
「ふふん。よし、こい! ワンコ!」
ニールは相変わらず、ふふん、と笑い、指をクイっと不適に挑発する。
それに気づいたときにはミルドル王国は滅んでいた。
国中が一夜にして焼け野原となり、王都が灰塵と化した様を観測したのは【星読み】のオルセル。
彼はふと、乱れた星の動きが気になり、スキルを発動。すると、あり得ない結果を目の当たりにした。
「馬鹿な! こんな……こんな事が現実にあると言うのか!!」
間違いであって欲しいと願い何度も結果を出し直した。しかし、それは紛れもない現実に起こった事である。
「オルセル様。現地に近い者より報告がありました……」
「! どうだった!?」
青ざめた顔の報告官はソレを読み上げる。
「ミルドル王国の滅亡を確認。領土内は全て焦土と化し、王を含む国民の生存確率はゼロ。国内は高温のため侵入しての調査は特定のスキルホルダーを待つ必要があります。しかし、生物が生存できる環境では……」
オルセルは卓上に手を叩きつける。報告官はびくっと身を強張らせた。
「……すまん。報告はそれで以上か?」
「い、いえ……観測班が……その……」
「なんだ? 言え」
「は、はい! その……ドラゴンを確認しています」
それは、その様に表現するしかない故に、空想上の生物の固有名詞を使ったに過ぎなかった。
「全長100メートルは越える個体が、燃えるミルドルに居る様を確認しています」
「……その場に留まっているのか?」
「恐らくは……程なくして姿を消したそうですが……」
オルセルは緊急権限を使い、世界に散っている“執行官”達へ緊急招集の通達を送った。
後にミルドル王国は一夜にして火の海に消えた国として歴史に刻まれる事になり、当事者たちには世界の命運を賭けたリミットが刻まれる事になる。
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