四章3


「ワレス隊長!」


 目を輝かせて近づいてきたのは、アブセスたちの一隊だ。


「アブセス。無事だったか」

「はい。さきほど急に一部の兵士が狂いだし、あっというまです。みるみる、このありさまに。今、隊長を救いに行くところでした」


 アブセスの目には期待の色がある。ワレスが来たからもう大丈夫。きっと、ワレスが解決してくれる。さあ、指示をしてくれ、という目。

 ワレスはその視線を受けとめることができなかった。


「アブセス。この砦はもうダメだ。せめて、この事態をほかの砦に知らせなければならない。魔術師たちの援護を借りて、なんとかして砦を脱出しろ。ここからカンタサーラ城までなら、食料なしでもたどりつける。まっすぐ西へ行け」

「そんな……」


 失望のまなざしが痛い。


「おれはここでヤツらを食いとめる。急げ」


 アブセスは歯を食いしばった。

「わかりました」


 彼らとともに牙をむいてくる悪魔たちを切りふせ、ワレスは一階までおりた。扉を守っていた魔術師のなかに、ダグラムの姿があった。


 ワレスが説明しようとするより早く、

「あなたの思考を読みました。私が彼らを命に代えても、カンタサーラ城まで送り届けます」

「頼みます」

「ええ。ですが、この扉をひらけば、すぐ外で待っている魔神の手下どもが押しよせてきます。結界が解けてしまいますから、ここはもっとヒドイ惨状になりますよ」

「しかたない。どうせ結界を守っても、このままでは……」


 ダグラムはうなずいた。

 「スノウン。私に力を貸しなさい。ロンド、あなたはワレス小隊長を守るのですよ」


 近くにいた灰色のかたまりが返事をし、フードをあげると、ロンドの切長の目があらわれた。

「わかりました!」


 ダグラムが扉をひらく。

「結界がやぶれます!」


 目の前に閃光が走った。

 空間に亀裂が生じ、むっとたちこめる獣気のような気配が、城内に押しよせる。扉の外は悪魔でいっぱいだ。闇のなかに赤く光る目が、無数に輝いている。


 本丸の上部は渡り廊下で内塔につながっている。そこから四、五階をぬけだした元城主や大隊長たちに、逃げ遅れて結界の外にいた兵士たちが、次々と毒牙にかけられたのだ。


 結界が解けたとたん、それらは津波のように城内に押し入ろうとする。

 ダグラムが手にした杖を高くかかげる。まぶしい光が彼女を中心に周囲の人間たちを包みこむ。


《ロンド、今のうちです》


 ダグラムの思念のあと、ロンドが続ける。


《ワレスさん。あなたの部下たちは司書長の結界で守られています。歌いますよ。耳をふさいで》


 ワレスが両手で耳をふさぐと、ロンドの歌声があたりに響きわたった。以前に一度だけ、ワレスも聞いたことがある。人の心を自在にあやつり、魅了することができるというセイレーンの歌声。


 扉の前を埋めつくしていた獣の群れが、眠そうに目をしばたたき、バタバタと倒れていく。そのあいだにダグラムたちは外の闇にかけだした。


「子守唄です。とうぶんヤツらは目覚めません。今のあいだにここを閉めてしまいましょう」


 ロンドが扉に手をかけたとき、外からとびこんでくる者があった。アブセスだ。


「隊長!」

「どうした? 何かあったのか?」


 アブセスは首をふって微笑んだ。


「私は隊長と残ります!」

「バカ!」


 怒鳴ったが、もう遅い。ダグラムたちはとっくに行ってしまっている。


「カンタサーラへはラグナたちが行ってくれます。私はワレス隊長といたいのです」

「おまえは……バカだ」


 ワレスは愚かなほど素直な部下を抱きしめた。

 アブセスは清々しく笑っている。


「はい。バカです」


 ワレスたちは扉を閉めると、かんぬきをかけた。


「もう一度、結界を張るのか?」

「私たち魔術師に、それほどの力は残っていません。広い範囲に結界を張るのはムリです。ぶじな者を集めて、一室を守ることくらいしか」


 ワレスたちのまわりには、起きている者はほとんどいなかった。ロンドの仲間の魔法使いが二人と、アブセス、それにワレス。あとはみんな、悪魔も人間も、ロンドの声を聞いて眠っている。

 だが、すでに新たな災いは近づいていた。結界が解け、別の扉から入ってきた魔神の手下が、廊下の端に姿を現した。


「この人数では危ない。東の扉を守る仲間と合流しましょう」


 ロンドに言われ、ワレスたちは走りだした。

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