第14話 一年生 春
「――先生! 救護、治癒を!」
「それが、高橋先生が今日は早上りしててね、今、治癒が得意な子を呼んでるんだけど」
「頭部裂傷による出血が心配だけど、他は打ち身のようね。それにしても、この子のあの力――」
「それは後で良いでしょう! 治療が先です!」
「それもじゃが、この幼女も診てもらわんとな」
茉莉が幼女を抱えてやってくる。
「――咲良ちゃーん」
昇降口から駆けてくる少女を見つけ、莉杏先生は安堵の息をついた。
「来たようよ。救急車も呼ぶけど、応急処置はあの子で十分でしょ」
言って、莉杏先生はスマホを取り出し、一団から距離を取る。
駆け寄ってきた少女はと言うと、浴衣に打ち掛け姿で、乱れた髪にマスクをしていて、みんなの元までたどり着くと、ゲホゲホと咳き込んだ。
「天恵先輩も咲良ちゃんもひどいよ~。部活するのに、なんで呼んでくれないの~?」
批難がましく咲良を睨み、またゲホゲホ。
「
「それより
「おお、ナマ紗江ちゃんだ。写真で見た通り、ちっちゃいねー。
あ、環ちゃん、睨まないで。すぐ治すから。
――選択<癒精>、接続~」
その声と共に、スマホから溢れた黒色のラインが絹の胸の魔道器官を撫でて円を描き、次いで「喚起」の声と共に、緑の燐光となって紗江を包み込む。出血が止まり、肌にあった痣や擦過傷も消えていく。
遠くから救急車のサイレンの音が聞こえてきて、一同はほっと安堵の息をつくのだった。
紗江が担架で救急車に乗せられ、幼女を抱えた環が付き添いとして同乗すると、救急車はサイレンを響かせて学校を後にした。
莉杏先生は残された一同を見回すと、
「はい、それじゃあ。絹ちゃん、
天恵ちゃんは異界内の報告書ね。
指示を出して、各々に移動させる。
そうしてこの場には、莉杏先生と咲良だけが残り、二人は昇降口まで歩いて。そこにある自販機で立ち止まり、莉杏はコーヒーを買う。
「咲良ちゃんは?」
「では、お茶でお願いします」
「オッケー」
鼻歌でも歌うように小銭を白衣から取り出して、ホットのお茶をプッシュ。落ちてきたそれを咲良に投げ渡した。
「……機嫌、よさそうですね」
受け取りながら尋ねれば、
「そりゃあね。みんなが無事……とまでは言えないけど、五体満足で帰ってこれたのよ?」
と、缶コーヒーを握る手の人差し指を立てて振ってみせる。
「……白々しい」
呻くように呟いてしまう咲良。
「じゃあ訊くけど、貴女はどう思ったの? あの時、最後まで意識を保っていた貴女は?」
人差し指で胸を突かれ、咲良は観念したように頷く。
「精霊を通して感じた感触と光は、同じものに思えました」
「でしょう? 私も異界を破って溢れ出た光に、同じものを感じたわ」
「だとして、先生はどうするつもりです? 内地への返り咲きに、穂月を利用しますか?」
警戒感も露わに、咲良は半身に身構えて尋ねる。
威圧された莉杏はきょとんと小首を傾げた。
「ああ、それでそんな顔してたのね。
――安心なさいな。そんな事、微塵も考えてないわ。そもそも穂月家のお膝元で、その唯一の嫡子をどうこうできると思う? 女伯はね、貴女が思う以上に怖い人なのよ?」
莉杏先生は肩を竦めて、コーヒーをひと啜り。唇を湿らせて、さらに続ける。
「そもそもあの儀式だって、私は神器を調査したかっただけで、その使い道までは考えてなかったわ。
――お役所としては、
「つまり先生は穂月を利用つもりはない、と?」
いまだ警戒を解かない咲良に、
「正直に言えば、知的好奇心から、色々聞きたい事、手伝ってほしい調査はあるけどね。あの感じじゃあ、完全にあの子に取り込まれてそうじゃない? 外部からのアプローチは無理そうでしょ。
それでもまだ疑うなら、あの子が退院してから、一緒に穂月にご挨拶に行きましょ。大事になっちゃったから、女伯様にお詫びに伺わないといけないの」
「……わかりました」
さすがにあの女伯にまで嘘を突き通せるものではないと納得し、咲良は警戒を解いて、ぐいっとお茶を煽る。話している間にすっかり温くなってしまっていた。
「ところで――」
莉杏先生は飲み終えた缶をゴミ箱に放り込み、再度、咲良を覗き込む。
「あの子を入れるの? 帰宅部に」
「そのつもりです。本人もそれを望んでいます。天恵先輩も隠桐も了承しています」
うなずきで応えれば、莉杏先生は人差し指を立てて片目をつむる。
「天恵ちゃんにも伝えておくけどね、じゃあ、これからは古式派にも気をつけなさい。
あの輝きは、教職員室からも見えたはずよ。
これまでは現代派があなた達に勝手に因縁つけてただけだったけど……古式派は周到よ」
「……肝に銘じます」
「じゃ、私は茉莉ちゃん待たせてるから、行くわね。穂月家への訪問日はまた追って。
あなたはGWは帰省しないんだったわよね?」
「はい。いつでも大丈夫です」
「りょーかい。あーお腹空いたわー」
手を振り去っていく莉杏先生の背中を見送り、咲良もまた一礼して踵を返す。
「例えなにが相手だろうと……私があの子を守ってみせる」
それがあとを託され者の使命なのだと、咲良は固く誓った。
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