第13話 一年生 春
旧講堂の
応えるように咲良はうなずき、
「準備は万端です」
と、
二人の背後に並ぶ、一年生に安心させるよう頷いて見せれば、彼女達の隣に居た莉杏先生が進み出る。
「異界口の規模から、難易度は上洲
「莉杏先生、三十分経っても変化がなければ、後詰の突入を頼みます」
莉杏先生はうなずきを見せるが、すぐに首を振り、
「わかったわ。でも、必ず紗江ちゃんを連れて帰ってきなさい!」
天恵の胴丸に鎧われた胸を叩いた。
「その為のボクらですよ。
――ふたりとも、行くよ!」
脆くなった床板を踏み割りながら、天恵達が進んでいく。
「頼んだわよ。帰宅部……」
その声に背中を押され、三人は異界口に飛び込んだ。
視界の暗転、そして落下感。
着地と同時に天恵は錫杖を両手で構え、咲良は鳴刀を、環は大太刀を抜き放つ。
目に映るのは、視界いっぱいに蔓延る小鬼と、一体の大鬼。だが、それらは天恵達の方を見ること無く、まるで怯えるように一点を見つめていて、
「――お嬢様!」
鬼達の向こうで真っ白な光に包まれた紗江に、たまらず環が声をあげる。
その声に反応して、鬼達が振り返る。
「――散開! まずは小鬼を仕留めるぞ!」
天恵の指示で環と咲良が左右に駆け出す。
「唸れ!」
「吠えろ!」
「奏でよ!」
三人が同時に声を上げ、
「――
紡がれた言葉に魔法器官が高鳴る。
それだけで近くにいた小鬼が消し飛んだ。
新たに現れた三人を脅威と取ったのか、大鬼が小鬼を押し退けて拳を振りかぶる。
「ボクが受ける! 二人は小鬼を!」
指示に従い、咲良と環は小鬼の群れに突っ込んだ。
大鬼の拳が来て、天恵は下段に構えた錫杖をすくい上げるようにその拳に合わせた。
「お――ッ!」
原初の唄を受けて、胸の士魂と刀槍交叉は強く輝き、左足を下げて半身を反らした天恵は、大鬼の拳を上方へかち上げる。
力の向きを反らされ、大鬼はたたらを踏んで後ろに倒れ込む。それを好機と、天恵もまた小鬼の群れに飛び込み、端から打ち据え、殴り飛ばして行く。
「環君、今のうちに紗江君の元へ!」
「はい!」
倒れた大鬼を跳び越え、環が紗江にたどり着くと、紗江は宙に浮かんで純白の光に包まれていて、その足元には異様に髪の長い幼女が倒れ込んでいた。
「……これは
まるで呼吸するように収縮する白い光は、紗江が苦悶の表情で身じろぐたびに明滅する。
「アぁ――ッ!」
紗江のその声に合わせて、光の中に具足のような、大きな手足の影が浮かび上がる。
途端、紗江の制服が解けて、装束へと変わった。それは穂月に伝わるものに良く似ていて、違うのは緋袴がなく、上衣の前垂れが長く伸びて、素足を晒している点。しかし、全体的に紗江の身体にフィットしているように見えた。
「紗江ちゃん……」
どうして良いのかわからず、環は紗江に手を伸ばしかけては止めを繰り返したが、背後から迫る小鬼の不快な鳴き声に、とにかく紗江を守らねばと、踵を返して大太刀を構える。
「ここは通しません!」
襲いくる小鬼を薙ぎ払い、裂き、突き刺し飛ばして環は吠えた。
咲良もまた鳴刀を響かせ小鬼を屠り、舞うようにして外周から削っていくのだが、
「――天恵先輩! 小鬼の増殖が止まりません! 恐らく脱出条件は大鬼です!」
声を張り上げれば、天恵が錫杖を振り上げて応える。
「さすが
――とはいえ、数を減らさないと押し切られてしまうか……」
大規模魔法の喚起を選択肢に挙げ、時間を稼ぐ為の指示を飛ばそうと、咲良と環に視線を巡らせる天恵。
と、気づく。
環の背後で紗江を中心に、無数の
そして、異界内に音が鳴り響いて――
「――恐らく脱出条件は大鬼です!」
咲良のその声に、紗江はゆっくり目を開く。
突然身体を襲った激痛は嘘のように消え去り、直前に負った傷の痛みも、今は感じない。
(――咲良様、来てくれたんだ……)
あれほど不安だった心が、ひどく落ち着いている。
目の前では、環が小鬼を相手に大立ち回りしていて、
(タマ姉、マジで強いじゃん)
口元が思わず緩んでしまう。
天恵が大鬼を相手に防戦を強いられながらも、確実に屠っていき、
(天恵先輩は、さすがだね。動きが慈雨様にそっくり)
そんな彼女も、しかし焦りの表情を浮かべている。決定打を打つ機会が得られないのだ。
(――なら、わたしはわたしができる事をしないとッ!)
わからない事だらけだったけれど、すべき事だけはわかっている。
すぐそばで倒れた幼女を見下ろし、
(――この子を守って、みんなで帰るッ!」
身体は自然に動いた。
どうすれば良いかは、胸の輝きが教えてくれる。
両手を前に差し出し、そこから上下に弧を描いて旋回。左右に開いて、呼気を発すれば、白く輝く
脚甲と沓に覆われた両足で地を踏みしめると、魔道器官が明滅し、周囲に
空間が揺らいでドドンと太鼓の打音。それはどんどん拍子を上げていき、次いで凛とかき鳴らされた、手鈴の音が加わって響き渡る。さらに龍笛が加わり、音が周囲を染め上げていく。
『ア――』
空間が揺れて、音程の違う、三つの原初の唄を奏で、楽器に合わせて
その中心で、紗江は胸の前で拳を握り、
(ああ、綺麗だね……)
見据える先で、大鬼がこちらに気づき、天恵を牽制して距離を取る。それを守るかのように、小鬼達が雪崩を打って紗江目掛けて駆け出してきて、環が表情を引き締めて迎え撃とうと身構える。
紗江が右手を打ち振るって右に伸ばせば、手甲に鈴鉄扇が握られる。
凛と響いたその音に乗せて、紗江は唄い上げる。
「――
瞬間、
異界が砕けて旧講堂の景色が現出する。
広がった事象干渉領域は、押し寄せる小鬼を呑み込んで虚空に縫い止め、押し退けるようにして大鬼まで一本の花道ができる。
「あ――ッ!!」
それは地声のままの単音からなる原初の唄。
駆け抜ける紗江は、
「フッ!」
地から天へと鈴鉄扇を振り上げる。
笛の音がか細い余韻を残して止み、太鼓の拍子がゆるやかになって、鈴の音と共に最後の一音を奏でると、
大鬼を鎧っていた鈍色の甲殻がガラガラと地に落ち、その内部の黒色が、ぼちゃりと音を立てて流れ落ちる。
小鬼達もまた、同様に甲殻だけ残して霧散していた。
「……でき、た」
残心を解くと、胸の輝きも消え、すっと身体から力が抜けていく。具足が不意に消失し、装束もまた解けて、元の制服に戻っていた。
「――穂月!」
「紗江君!」
「お嬢様!」
三者三様に呼びかけて、駆け寄ってきた天恵達が紗江を支えた。
ゆっくりと身体を横たえられて、天恵に膝枕される。
「紗江さん!」
「紗江ちゃん!」
「紗江!」
一年組もやってきて、紗江を覗き込んでくる。
「えへ、みんな。ただいまぁ。ちょっと、疲れたなぁ」
そう言って紗江はゆっくり目を閉じる。
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